裏路地にて

 ジョスランのナイトクラブ、入店の際には店からの選別も受けねば入ることも出来ないという「トートゥス・トゥース」は、この街の若者達には大人気どころか、入店できれば仲間に自慢できてカーストの上位に上がれるぐらいの若者にとっては聖地でセレブな店である。

 店名がローマ法王ヨハネ・パウロ二世の言葉という所で罰当たりこの上ないが、ラテン語の言葉の意味が「あなたに全てを捧げる」であるので、実はジョスラン的には間違いのない言葉であろう。


 もちろんこの言葉を当て嵌めた場合の「あなた」はジョスランであり、全てを「あなた」に捧げるのは「客」だ。


 そして、全てを捧げてもいいくらいに人気がある店は、店としても環境を大事にしており、店の周囲が繁華街でしかなくとも、店の周囲の路地には路地にありがちなごみの散乱や吐しゃ物などの汚れ物など一切ない。

 まるで、ドラマか映画の舞台装置のように清潔に保たれているのだ。

 客は永遠の出入り禁止を店から受けたくないからと気を付けているし、近隣の店の従業員どころかオーナーまでも、「トートゥス・トゥース」のオーナーに目を付けられたくないからと自発的に路地の清掃までしているのだ。


 店のシャッターに落書きをした若者は謎の死を遂げ、トートゥス・トゥースの悪評を広めようとした競合店は放火による全焼でオーナー共々店員も非業の死を遂げたと聞く。


 知れば知るほどジョスランの恐ろしさが身に染みるが、私は裏路地でも清潔である空間に身を隠せることをジョスランに感謝したいと考えていた。

 バークとバークを連れ出した狼人間の動向を覗き見しようと、私は路地裏の物陰にしゃがみ込んで身を隠しているのだ。

 じっと動かない所で虫や鼠が足の上やお尻の下を通ったら嫌ではないか。


 バークと狼人間は裏路地の袋小路となった場所に立っていた。

 外灯が彼等の上に光を投げかけており、まるで舞台の上での芝居のようだ。


「俺と話したい人がいるって?俺は君をティリアのクランで見たことは無かったが、君はどこに所属しているんだ?」


「へへ。これから所属するんでさあ。俺達ぁね、職探し中でさぁ」


 酔っぱらったような喋り方の男の口は虫歯やヤニで真っ黒であり、私のところまで吐きそうになるほどの口臭が漂って来た。

 アゲハチョウの幼虫が怒った時のような臭いは強烈で、歯どころか、歯茎も完全に腐っているのだろう。

 しかし、全く涼しい顔をしているバークには、さすが、としか言いようがない。


 ただし、狼人間の口臭で私もバークも感覚が鈍っていたようだ。

 バークは後ろから三人の男達に飛び掛かられ、すんでのところでその男達のかぎ爪から逃れたが、今まで会話していた男に対しては大きく隙が出来たのだ。

 狼人間はバークの左横腹を薙ぎ払うようにして切り裂いてきた。


 ドオン!


 バークは皮膚を裂こうとする爪を銃の側面に当てて身を守り、爪から逃れるやその銃を狼人間に撃ち込んだ。

 44口径の銃弾を真正面から受けた狼男の頭は弾け、バークはそこで身を完全に翻して三人の狼人間達へと銃を向けた。

 私を殺そうとした、あの銀色で武骨なリボルバー式の銃だ。


「まああ。人狼と狼人間は一目で違いが分かるものなのね」


 人狼は完全な狼に変身してしまうが、目の前の狼人間達は筋肉が膨れ上がり獣のように体毛が濃くなってしまうだけの変身なのだ。


「B級映画のモンスターそのものね。全く美しくないわ!」


 三匹の狼男達は再びバークに一斉に飛び掛かり、バークは一番近い一匹をすぐ後ろの一匹に蹴り飛ばしてから銃を放った。

 二匹は一時に頭部を破裂させた。


「あと一匹!」


 しかし、あとの一匹は消えていた。

 バークは目を瞑ると息を潜め、残り一匹の気配を探ろうとした。

 私も目を瞑り、裏路地に充満する臭いを嗅ごうとしたが、私の鼻は一番近くの悪臭を放つそれの臭いを一番多く吸い込んでしまった。


「うえっ!」


 死んでいる獣人達の体臭が一気に自分に押し寄せ、私の胃は苦い汁をせり上がらせたのだ。

 すると、バークは私のうえっという声に私に向けて銃をぶっぱなし、私はぎりぎり避ける事が出来たが地面に尻餅どころか背中から転がった。


「きゃあ!」


 転がって見えた風景は、トートゥス・トゥースの向かいの店の屋根の上に隠れ潜んでいた増兵が攻撃態勢を取っているという姿だ。

 彼らは私が叫ぶ間もなく、完全に奴らから背を向けているバークへと飛び掛かって来たのである。

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