日曜の夜はナイトクラブへ
私はドンの膝の上で気丈に振舞う事が出来たからか、ドンからご褒美としてルビーのイヤリングを貰った。ピアスみたいに小さくて華奢な一粒ものでもあるが、鳩の血のような、という称号が付く最高級の品だった。
「きれいだろ。君は絶対にピアスを開けてはいけないよ。ピアスの穴を開けない限り、私は君に素敵なイヤリングを贈ろう」
ドンがイヤリングに拘るわけは、宗教的とかデーモンとしての矜持などではなく、純粋に食人的変態としての要望である。
ピアスの穴をあけると穴の部分が少ししこりで固くなる。
柔らかい耳たぶに固い部分が出来たら美味しくないと言うだけだ。
私は二度と変態に耳たぶを舐められたくは無いが、イヤリングの金具に青酸カリを塗っておいたら殺せるかな、と、本気でその時は考えた。
「それはもしかしたらお爺様からのプレゼント、かな?」
私の耳にはルビーのイヤリングが飾られ、ナイトクラブのライトが私に光りを投げかける度にキラキラと輝いていた。
黒のレース地のミニドレスは体に沿うような形のお尻を隠したぐらいのミニであり、丸出しにしている足元は素足にロングブーツという組み合わせだ。
私はドンの命令通りパエオニーアを引っ掻き回すために彼の経営するナイトクラブに大人の姿で遊びに来たが、オーナーであるジョスランにすぐさま捕まって彼に王様の椅子にご招待されたのである。
彼はシルクの白いシャツに本革の黒いパンツ姿で、学校ではしていない金の細くて繊細なネックレスを何本も首から下げていた。
彼に案内されたフロアの奥まった所にあるVIP的空間には、一般客を遮るための衝立のようなものもあり、ベッドにもなりそうな背もたれがとても大きなソファとテーブルセットが置いてあるというものだった。
そしてジョスランによって私達は二人きりだ。
ジョスランは取り巻きを全部ここから追い払ってしまったのだ。
大きなソファに座る私の隣でジョスランが恋人のようにして座っており、彼は自分が数秒前にした質問の答えを今かと目を輝かせて待っている。
「ええ、そうよ。このイヤリングは八歳の子供の耳を切ったお詫びの品よ」
彼は私が耳たぶを舐められた話を聞いて大喜びしただけでなく、私によくやったと手を叩いて笑って見せた。
「偉いよ。あのケチん坊のドンからたった数滴の血で贈り物をせしめるなんて」
「あなたは酷いわ。私はもしかして右耳を失っていたかもしれなくてよ」
「それは無いね。ドンも君が食べたくて仕方が無いんだ。僕のキスの跡が見えて我慢が出来ないと君を舐めちゃった。でも、威厳は保たなくてはいけないから、うん、君に何かクエストぐらい与えたでしょう」
私は何でも知っている吸血鬼にウググと言葉を詰まらせた後、実は昼から心細くて仕方がなかったこともあってジョスランに全部語ってしまった。
「あら。引っ掻き回す相手に全部教えちゃっていいの?」
「いいの。あなたを引っ掻き回す事は不可能だもの。でも、バークを誘導する事は出来るわ」
「僕に?僕を殺させたい?」
「いいえ、バークには彼の望みの行動を取らせてあげる。そして、あなたはそんな面白い事に首を突っ込まずにいられないから、結局は巻き込まれてくれる。どう?私はドンのクエストの言葉通りは実行できるわ」
ジョスランは学校で見せる姿ではなく、夜の男そのものの軽薄な笑い声を上げ、私の持つグラスに透明な赤い液体を注いだ。
「私はお酒は!」
「お酒じゃないよ」
「ち、血は飲まないわよ!」
「血、でもないよ。血に炭酸じゃあ、こんなにきれいな透明感になら無いでしょうよ。これは地獄の果実からなるシロップ。ハデスにさらわれたペルセフォネが食べてしまったザクロの実。ザクロの果汁から作られたシロップだよ。それをソーダで割っただけ。飲んでごらん」
私は恐る恐る一口飲んでみた。
「おいしい!」
「よかった。単なるグレナデンシロップなんだけどね」
ジュスランはグレナデンシロップ入りのソーダを喜んでいる私からクラッチバックを奪うと、勝手に開けてその中からスマートフォンを取り出した。
「情報は、ここ?」
「ええ、ロックは解除してあるからお好きにどうぞ。バークの婚約者の事件のあらましを知る事が出来るわ。私はそれを読んで彼の婚約者を殺したのが彼の言う通りにエージじゃ無くてがっかりだったけれど、あなたはそれを読んで六人兄弟の誰が犯人だと考えるのかしら?」
ジョスランはニタニタしながら私のスマートフォンを操作し、そこに入れてあるNY警察の事件ファイルと検死報告書を読みだした。
バークの婚約者のクロエ・ミドーが殺されたのは三年前の四月十三日。
検事になったばかりの彼女は帰宅途中に暴漢に遭い、身ぐるみはがされたどころか体を全てバラバラにされて状態で公園に捨てられていたのだ。
遺体からはいくつかの内臓が紛失しており、発見時には公園に生息するカラスなどの野生生物に啄まれていたためとされていたが、心臓を取り出した痕もあり、加害者が持ち去ったものと見て現在も捜査中。
デーモンだからこそ、この遺体の放置の仕方はデーモンでは無いと言い切れた。
「残念ながら君の身内の誰でもないね」
「やっぱりそう思う?嫌がらせだったら死体はバークの部屋に捨てるはず。こんな公園なんかに捨ててデーモンという存在を世間に広める行為なんかするわけ無いのよ」
「そうそう、報告を読めば一目瞭然。でも、すごいね。ルビーだけじゃ無くて、こんなものを閲覧できる権利まで手に入れたのか。シロップソーダで家族の敵という僕に魂を売る八歳児のくせに」
私はジュスランの評価に抗議の気持ちで唇を尖らせてみせてから、ソーダ水のお代わりをするべくグレナデンシロップの瓶を自分に引き寄せた。
シロップ瓶の底にはジュスランも飲む事の出来るおまじないが施してあった。
「これは、何の骨」
「わかっている癖に。どこの骨、と聞きなさいよ」
「このグレナデンシロップの瓶底に沈んでいる骨の破片は、ど、どこの骨なのですか?」
「うん?ただの涙骨。とってもきれいな涙を流したんだよ。この先地獄しかないって覚悟を決めた時にね」
「そう」
私は大きく溜息を吐いていた。
そして、私こそ地獄の底にいるのだと天井を見上げたそこで、こんなお店に顔を出してはいけない人の姿を二階部分の通路で見かけた。
バークは私達に気が付いていないが、彼の隣には人狼では無い狼人間が立っており、その男はバークと何やら語り合うと、二人はそのまま出口の方へと歩いて行った。
「ねえ、ジョスラン。人狼と狼人間ってどうして仲が悪いの?」
警察ファイルが壺だったのか読み耽っている男は、私の質問に対して心あらずのような感じだが親切にも答えてはくれた。
「お犬族は狼が人型になったものだし、化け犬人間族は人間が狼になったものだからだよ。本質が違えば違うものになる。お犬族は犬本来の性質を持っているから純粋だが、化け犬族は汚れ切った人間の魂が獣へと変化した姿だ。ドブネズミ以下のゴキブリだね」
「じゃあ、ええと。私はちょっと夜風に当たってくる!」
私はVIP席を飛び出していた。
バークがあの男を人狼だって思って油断しているかもしれないもの!
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