金曜日は課外授業
リ・トライ、だって
「さあ!今日の放課後は保安官事務所の見学をしましょう!」
翌日に再会したジョスランは少々ハイだった。
片頭痛で休みだと聞いていた彼が、元気いっぱいでスクールバスの前に現れた事も驚きだが、スクールバスをジャックしてしまった事にも驚いた。
しかし、低学年の六人しか乗っていないバスであった事と、私以外の五人の子供達がジョスランを神のように崇めている事から、彼のバス乗っ取り行為に乗客は喜びの嬌声をあげただけであった。
ジョスランはバスが発車すると、とことこと通路を歩いて来て私のすぐ横に座り、私は自分の横に座る彼にだけ聞こえるようにして囁いた。
「何をやってんのよ」
「君はデーモンでしょう。やられてお終いはいけないよ。ちゃあんと可愛い盾も連れて行くんだ。再戦の為の敵陣視察は必要でしょう」
「盾って。勝手に子供を連れまわしたら問題になるわよ」
リサにアリスにヘイリー、そして、シャーロットにシルビアの親達は、医者だったり弁護士だったり町長の孫だったりと、この町ではハイソサイエティ系の上に有名なモンスターペアレントでもある。
「この子達のママさん、君のママにもだけど、ちゃあんと話は通してあります。大丈夫。全員のママさんが、子供の帰りが二時間ぐらい遅くなるのならありがたいばっかり!と喜んでいたよ。特に僕が一軒一軒回ってご令嬢をお返しに行くと言ったら、みーんながみんな、遅くなってもいいからって」
モンスターにはモンスターが有効らしい。
「あなたを自宅に招き入れる危険性を何も知らないって怖いわね」
「そうだねえ、君こそ昨夜は僕を招き入れてくれたのだものねえ。こんな無防備がデーモンでいいのかなって、親切な僕は君に教育を施してあげたくなっちゃったのさ。四本足ぴょんも可愛かったし」
私は自分を恥じて、むぐぐと口を閉じるしかない。
「うん。悔しいね。それでいいよ。デーモンたるもの、それもドンの孫娘である者が、人間に負けてそれでお終いでは名が廃る」
いえ、悔しいのはあなたの物言いに関してなんですけど。
でも私は長生きしたいからと怖い人には黙ることにして、追従する下僕のようにして頭を上下させた。
「ふふ。ドンさんの若い頃を見るようだ」
え?
ジョスランは私の横から立ち上がった。その後の彼はバスが保安官事務所前に止まるまで、リサの隣に座ってみたり、アリスとヘイリーという仲良し組を二人一緒に揶揄ってみたりと、バス内の少女達全員の相手をしていた。
モンスターペアレントの苦情避け?
「マメな男。あの目的の為なら何でもするところは学ぶべきよね。」
でも、本音を言えば、昨日は私の人間違いでしかないので、ジェット・バークに仕返しなんか一つも考えていない。
私は人間を殺したくも無いし、魔物ハンターであるらしいバークには、前世の私とヴィクトールが受けた不幸を繰り返すような、ろくでもない魔物の処分をして欲しいとも願ってさえいるのだ。
まあ、少しだけお近づきになりたい、という気持ちもある。
彼がヴィクトールの肉親であるならば、現在のヴィクトールの状況を少しでも知り得たいのだ。
家族と呼べる人がいない彼は寂しがり屋で、私を彼の部屋に閉じ込めてしまう事も良くあったが、彼は紳士だったからか私には性的な事は何一つしなかった。
ただ、自分の悲しさや辛さを私の背中に顔を埋めて語るだけだ。
私は私の存在だけでも彼の助けになるようにと、いつまでも彼に寄り添っていたのである。
私を失った後、彼は本当に一人ぼっちになってしまったはずだ。
「はーい。着きました。良い子のお友達は手を繋ぎ合って降りて下さい」
七歳から十歳までの幼い六人の子供達だろうが、自我はある。私達は嫌々ながらもペアを組み、バスから降りた。後は保安官事務所の受付という関所を通り、ぞろぞろと新任保安官尾部屋を目指して事務所の廊下を歩くことになった。
私の胸には花形のビジターカードが貼り付けてある。これは昨日と違って朗らかで優しいスーお姉さんが早朝から頑張って作ってくれたものらしい。
グールとして生きなければならない身の不幸でありながら、彼女はなんと健気で一生懸命なのであろうか。彼女の存在がデーモンのはずの私の心を清めてくれた。
こんな彼女を小馬鹿にしていたとは、私はなんと恥ずかしい行為をしたものか。
「最高だよ、君。僕は君に借りばかり増えていく」
「いいえ。そんなことはありません。わたくしこそジョスラン様あってこそだと思っております。保安官の動向はわたくしが責任を持って監視し、あなたにお伝えいたしますわ」
「困ったな」
「あの」
「いやあ、困ったよ。僕は君に幸せになって欲しいだけなのに。いいかな、僕を守ってくれることは嬉しいけれど、君の安全こそ第一に考えてくれる、かな?」
「も、もちろんですわ!ああ、でも、ご心配なさらないで。ええ!わたくしが好きでやっている事ですから!ええ、ええ!あなたを絶対にお守りしますわ!」
私は真後ろで繰り広げられているろくでなしの本領発揮に、まだまだ子供でいられる自分であることに感謝していた。
絶対に、何も知らずに大人になってからジョスランに出会ったら、私はきっと彼に瞬殺されて喰われてしまっていた事だろう。
子供らしくない子供の舌打ちにびくりとすれば、そんな振る舞いをしたのは私と手を繋いでいるシャーロットだった。
「グールごときがいい気になって」
シャーロットの黒い目は人外の輝きにギラリと光った。
きっちりと編み込んだアッシュブロンドの髪はキラキラとして、小柄な体と小づくりな目鼻立ちは妖精のようでとても可愛いが、改めてデーモンの目で彼女を見つめれば、彼女の姿が灰色でぼさぼさの髪を逆毛た老婆に変化した。
どうやら彼女も私と同じ人外であったようだが、それもバンシーの一族だと知って背筋がぞっとした。
バンシーの普段の外見は人形のように可愛らしいが、気に入らない相手にはひどい呪いもかけられる種族であるのだ。
彼等が家の前で悲鳴のような雄たけびを上げれば、その家には不幸という名の死霊を呼び寄せてしまうのである。
あ、彼女の家はセレブご用達の葬儀屋でもあった。
どうしてあんなにもエイボン葬儀社がセレブの葬儀を執り行えるのかと不思議であったが、きっと仕事が欲しい時にはセレブの家の前で家族の誰かが泣いていたのだ!
やばい、やばすぎる一族の子供とペアにさせられたぞ!
あの吸血鬼様は!
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