子供は親の鏡なり
私とペアにさせられたシャーロットは、バンシーの一族だった。
彼女はバンシーという高位の魔物らしく、さらに高位の魔物であるジョスランに対して憧れめいたものを抱いていたらしい。そのせいか、ジョスランと和気あいあいと語り合うスーに対し、並々ならぬ悪意を抱いているようなのだ。
「あの、グール如きが」
シャーロットが見下したように吐き捨てたのも無理はない。
グールは魔物ランクでは思いっ切り下級であるのだ。
それは彼らがこの間まで単なる人間でしかなく、グール化しても他の魔物のように魔力など持ちえないからだろう。そして彼らは哀れな存在だ。彼等は吸血鬼に襲われた人間が吸血鬼化も死体化もできなかった結果であるが、そのために吸血鬼が持つ血への渇望の代りに飽くなき食欲に支配されねばならないと聞いている。
グールが唯一食べられるものは人の肉。
つまり、ゾンビと同じことだ。
「デーモンと同じ死肉漁りでしかないくせに」
「ちょっと!!」
シャーロットの再びの言葉に私は彼女を睨み返した。
しかしシャーロットは私の睨みなどどこ吹く風と言う風に鼻を鳴らし、さらに私とスーを小馬鹿にする言葉を重ねた。
「フラーテルに加えられたからと言って、自分の身の程も知らないとは」
フラーテルは人外が自分達を指す言葉だ。
とりあえず魔物であれば、兄弟、と考えるのであろうか。
ちなみに、人外が人間について語る時に使う名称は、パーニスである。
フラーテルの食べ物だから、人間をラテン語のパン呼びとはあからさまだが、魔物は人間よりも考えが浅い時が多くあるので、こんなあからさまなもので良いのかもしれない。
「シャーロット。スーの加護は誰がしていると思っているの?」
シャーロットは子供のくせに私に流し目をすると、子供にはできない百歳の老婆がするように底意地の悪そうな風に口を歪めた。
「あなたへの加護もね。でも、その加護もいつまで持つか。ジョスランはお遊びがすぎるだけよ」
私はシャーロットの意見に、そのとおりだ、と頷くしかない。
「本当に、あなたへの寵愛はいつまでかしら。一昨日の夜。うふふ。私はあなたの家の前で泣いてやったの。気が付いていた?」
「昨日の私の不幸はお前のせいか!」
私はシャーロットの手を振りほどくと彼女の首へ両手を伸ばし、シャーロットも私の首へと両手を伸ばし、互いに首を締められないようにと互いの両手を掴みあった。
「この一皮むけば皺くちゃのババア子供が!」
「ポッと出のクリーチャーが!悪魔(デーモン)でも無いくせにデーモンを名乗っておこがましい。名無しクリーチャーは名無しのままでいなさいよ」
「何ですってぇ!」
デーモンはそれなりに歴史もある血筋も真っ当な化け物のはずだが、吸血鬼やバンシーなどと比べると人間にも人外にも周知が低い。
いろんな技が使えるからこそこれだという種族名を人間から与えられておらず、よって人外世界でデーモンと自らを呼称したのが間違いだったかもしれない。
私達は実は単なる多種族の混ざりものかもしれないが、古来から日本にいるらしい鬼もこちらではデーモンと呼ばれているし、能力的には私達と近い。
だから私達が自分達もデーモンと呼ぶのは正しいと思うが、上級の名のある人外には未だに名無しの下賤な成り上がり者扱いだ。
私はデーモンである自分を否定していたはずが、人の家の前でバンシー泣きをしたバンシーへの怒りか、デーモン至高主義となっていた。
「バカにするのもいい加減にしなさいよ!泣くしか出来ない非力者が!」
「成金なだけの馬鹿力しかない馬の骨が!」
私達は指をかぎ爪のようにすると、互いの顔に向かって突き出した。
「うわああ、何をやっているの、子供達!」
私達が互いに傷つけあわなかったのは、私達が猫のようにして摘まみ上げられたからである。
私達を摘まみ上げたのはこの事務所の責任者で、彼は私達を彼の両手にそれぞれぶら下げた姿でジョスランを睨んでいた。
「君が有名なジョスラン・パエオニーアか。こんな所に何をしに来た」
私はバークにぶら下げられながら、バークの殺気にヒヤッとなった。
けれど、目の前で悠然と笑う変態はどこ吹く風だ。
ジョスランは物思いにふける感じで自分の頬に右手の指先を当てて、揶揄うような口調でバークに返した。
「うーん。単なる挨拶?それから、新任の君にサービスかな。」
「サービス?」
「そう。子供は親の鏡。子供の振る舞いは親のカーストさえも現わしている事もある。可愛いこの子達のお遊戯は、この町の仕組みを理解するのにとっても判り易かったんじゃないかな」
私は得意そうなムカつく男から目線を逸らし、だが彼の言葉を元にして改めて子供達を見回した。
すると、ジョスランの言った町の仕組みがはっきりと見えたのである。
町長の孫である母親を持ち、女の子の中で一番年下のリサは脅えているだけだ。
そのリサを自分の背に隠して守ろうとしているのは女の子達の中で一番の年長者のシルビアだが、まあ、なんと、彼女は人狼だ。
え、人狼が人間を守っている?
そして、私とシャーロットの諍いをただ喜んでいたアリスとヘイリーは、うわお!セイレーンじゃないか。
騒ぐだけのその他大勢のクリーチャーとも言い表せる!
私が初めて知った事もあるが、大体がジョスランの言う通りだと彼を見つめれば、彼はなんとも得意そうな笑顔をしていた。
では私とシャーロットを掴んでぶら下げたままのバークをどうなのかと見上げれば、なんと、彼も私と同じように目を丸くしていただけだった。
いや、彼は私と違うものも見たのかもしれない。
ちくしょう、と、彼は吐き捨てたのだ。
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