下っ端デーモンと上級吸血鬼
「僕に助けを求めたのは嬉しいけれど、僕は今夜のディナーにはありつけなかったようだ。ああ、僕は明日には干上がっているかもしれないね」
「約束通り、明日はわたくしの血を採ってもよろしくてよ」
大人の女性の姿に戻しているが、その体にはジョスランの着替えとして置いてあったシャツを羽織らせて頂いている。その着替えが殺人を犯した時の返り血を浴びた時のために用意されたもの、と考えると、肝を冷やすばかりである。
そして明日の約束。
もうこれは吸血鬼に隷属してしまいました、という大失態でしかない。
それでも怖くても悔しくても、今の私は本気でこの怖い吸血鬼様に頼るしかない境遇なのである。
「ええと、本気でありがとう。でも、あなたこそ感謝するべきよ。あんな判り易いお出掛けで明日オコナ―が死体になっていたら、あなたはその日のうちにあの保安官にくし刺しされていたはずだわ」
「わーお!ちっちゃな君に出し抜かれた間抜けが?僕を?」
ジョスランの横顔は美しいはずが、口を耳まで裂けたようにして笑っているからか、ピエロ人形のような不気味さしか無かった。
「吸血鬼の使い魔が裏切りをしているのだもの。吸血鬼こそ危険じゃ無いの?」
「ああ、スーか。あいつは僕達の子飼いじゃないよ」
「違うの?グールでしょう」
「まあね。グールは、下級の、それまた年若い吸血鬼による失敗作だけどね。あの子は人間として生きようとしている面白い観察対象なんだよ」
私はスーがジョスランに対して特別感を持っていたような所と、初対面のはずの私への増悪の理由を知った気がした。
「あなたは他の魔物から小馬鹿にされる対象のあの子を庇ったりしていたのね。グールは最下層の種族だもの」
「そう。僕が彼女のご主人様を滅ぼしてね、君が人間でいたいなら見守るよって言ってあげたんだ。彼女は僕の下僕じゃ無いのに、僕の為になんだってしてくれる最高の下僕になっている」
私は物凄く最低な男に貸しを作ってしまった自分を嘆くしかない。
私は哀れなスーと同じだ。いいえ、自由意志が無いだけスーよりも下だわ。
「はい嘘泣き終わり。さあそろそろ君ん家だ。お犬様になろうか。色は、う~ん、どぎついピンクで!!」
「ピンク!!どうして!」
「僕のお犬様だったらピンクだ。嫌なら緑でもいいよ。いや、紫、それとも」
「ピンクに変身しますわ!」
私はぎりっと歯噛みすると、彼の望むだろう恥ずかしいどピンク色したスタンダードプードルに変身して見せた。
「すごい。お犬族よりも完璧で可愛い姿。デーモンって色んな技を持てていいよねぇ。あのドンさんはどんな御業を持っているのだろう。知っている?」
私は犬で良かった。
とりあえず人の言葉が喋れない。
「さあ、行くよ!」
私は車を降りたジョスランの後をワンワンとついて行った。
私の自宅の玄関前に立った彼は学校の先生らしくインターフォンを押すと思ったが、まるで自分の家のようにドアに手を掛けただけで開けてしまった。
どうやったの?
家の中に若集がいるけれど、ドアには鍵がかかっているはずだわ。
それに、セキュリティーが掛かっているから、勝手に開ければアラームが鳴り響くはずじゃ無いの?どうして静まり返っているの?
「お入り」
私はびくびくしながら彼が開けたドアをすり抜けて彼の横に立った。
頭を撫でられ、さらに恐怖でびくびくっと体が震えた。
「本当にお犬様だ。お犬族よりも完璧なワンちゃんで可愛いな。いい子のワンちゃんにはご褒美をあげるよ」
ジョスランは笑顔でしか無いのに、どうしてさらにぞくりとするのだろう。
完全に脅えた私はフルフルと震えて動けなくなり、ジョスランは屈むと脅えている私に囁いた。
「吸血鬼を招くってこういう事なんだよ」
ひいいいいい。
私はジョスランからの逃げ場を失ったという事か!!
「あ、飛ばない。ねえ、ぴょんしよう。それが見たかっただけだから。ほら、四つ足でぴょん。そしたら今日は許してあげる」
「何だあ、貴様は」
私は今日ほどデーモンの若集に愛情を感じた事は無い。
勝手に玄関ドアが開いて侵入してきた私達への応対として、居間で寛いでいた三人の若集が玄関へと出て来たのである。
出てきた彼らは、ジーンズにTシャツ姿というどこにでもいる二十代の青年の服装だ。だが、顔や腕にお揃いみたいにトライバル柄の刺青が刻まれていることで、どうみても彼らはどこにでもいる単なるギャングだ。そんな安っぽい外見の彼らに対して、ジョスランは十九世紀の伯爵のように優雅に微笑んだ。
「僕は学校の先生をしている。知っているよね。では通して。君達のお姫様の忘れ物のお届けだ。無体な事をすれば、わかっているよね」
「はは。女の腰ぎんちゃくしかできない優男が!」
スキンヘッドに唇と鼻にピアスがある男が、ジョスランの胸を右の手の平で押しのけるという暴挙に出た。本当に暴挙だ。その男はそのまま手の平をジョスランの胸に付けたままがくりとなって、膝を床に打ち付けて座り込んでしまったのである。
死んではいないが意識も無い。
私の目から見ても、完全に力を失った前後不覚状態だ。
「吸血鬼は血だけを吸うわけではない。生命エネルギーそのものを吸いつくすことも出来るんだよ。実は触れる事も無しに。そっちは君達で試してみようか?」
ジョスランはそっと男の手を払いのけ、男はそのまま石造のように床に横倒しになった。残った二人のデーモンは、当たり前だが恐怖に棒立ちになっている。
「ふふ。あんまりおいしくないから、やっぱり君達はいらないね」
ゴトン。ゴトン。
棒立ちの男達は棒立ちのまま二人同時に倒れた。
私は上級吸血鬼の成せる業を初めて知ったと脅えるしかない。
この人はただの変態では無かった!
どうしよう!
借りを作っちゃったよ!
いやいや、家に招くっていう、大失敗をしてしまった!!
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