助けは人の為ならず
とりあえず、私は蛇から足の速そうな生き物、でも、人の銃に狙われない生き物の姿、つまり、スタンダードプードルに姿を変えると自宅目指して駆け出していた。
しかし、辿り着いた時点で自宅には入れなかった。
今日に限ってエージはリリーを誘って外食に出ているらしく、私へのボディーガード兼ベビーシッターとして彼の若集が我が家にいたのだ。
幼い子供をデーモンの若集に預けるとは何事か。
彼らは目の前のローズが黒貂の化けた者とは気が付いていないし、私が化けたスタンダードプードルにも何の疑問を抱かないだろう。
だが、このスタンダードプードルに遊びで銃弾を撃ち込む遊びはするだろうし、大人の女の姿に化ければもっと喜んで危険な遊びを仕掛けるだろう。
では、ローズの姿だったら。
エージにどうしてこのような事になったのか詰問されるのは必至だ。
そこで私は助けを別に求めた。
子供は何かあれば学校へ、だ。
ジョスランは彼目当てにやってくるいけない子を待っているので、八時ぐらいまで学校にいるはずなのだ。
田舎の為に小中高が同じ敷地内という事で、ジョスランは高校の理科の授業も受け持つこともある。そのせいか彼は高校の生徒達の間でも人気者で、彼と話がしたい子供達が彼の元を人目を忍んで訪れるのだ。
「もちろん在校中は何もしないよ」
何もしないが彼は子供達に悪い遊びを教え込み、自分のシンパに仕立て上げ、そして、卒業後は彼の何時でも狩れる獲物リストに載せられる。
子供を持つ親には最悪の魔物だろう。
そんな最悪な魔物に助けを求める程に落ちぶれた私の方が情けないが、背に腹は代えられない。
そう、グズグズしてはいられない。
私の目の前にはミッドナイトブルーのマスタングが駐車されており、大昔の車なので駐車場に停められている他の車、今風のセダンやSUV、そしてピックアップトラックやバンの中では異彩を放っている。
ジョスランだったらヨーロッパ車の最新型が似合いそうだが、彼はアメリカで初めて買った車だからとこの車を手放さない。
「この車のトランクには何百人も乗せてきているからね。思い出、だよ」
つまり、簡単に処分できない犯罪の証拠車だってことだ。
そのジョスランの車がまだ駐車場にあるのだ。
さあ、嫌でも彼に助けを求めねば!
「わお!僕の車の前に変なお犬様がいる!」
私の方が驚いて四つ足のままジャンプした。
その姿が面白かったのか、気取った吸血鬼のはずのジョスランが馬鹿笑いをし出し、なんと地面にしゃがんでのけたたましい笑い声をあげている。
「パエオニーア先生、どうかされまして?」
ジョスランがしゃがみ込んだ事で彼の後ろから現れたのは、中学校の方の有名な女教師だった。
歴史を教えているアメリア・オコナ―だ。
彼女はギリシャ語やギリシャ神話どころか、なんと、ギリシャ哲学にまで通じている才女だとジョスランの一番のお気に入りの人でもある。
茶色い髪に茶色の瞳は地味なものかもしれないが、肩までの髪は艶やかで清潔感があり、瞳は知的に輝いているのだ。
壁画のような鼻の形は小作りな顔には少々直角すぎて大き過ぎるかもしれないが、それでも全体的に見れば彼女は美人の部類に入るだろう。
そんな彼女は水色の綺麗な色の春物コート姿で、学校で見かける時と違って化粧にも色が入っていて華やかな姿となっていた。
私ったらジョスランの狩りの邪魔をしている?
不興を買ったら殺される、やばいやばいやばい。
私はカニみたいにして横にじりじりと動いて逃げてしまおうとしたが、私の体は犬だったから上手く横に動かなかった。
すると、え、ジョスランが私に対してこれ見よがしに、彼の右足で何かを踏む動作をしてきたのだ。何を?
「忍法影縫い」
え?
「嘘だけど」
え?冗談?
ジョスランが意味わかんなすぎて、私は本気で体が動かなくなった。
「ジョスラン?どうなさったの」
ジョスランの本性など何も知らないだろう美しき女教師は、自分の今夜のデート相手の肩に無防備に手を置いた。
するとジョスランはその手を普通に優しく握りしめ、なんと、彼女にごめんと普通の男のようにして謝ったのだ。
「ジョスラン?」
「ごめん。叔母から預かっていた犬が脱走して来ていた。この子をベビーシッターに預け直してきていいかな?」
「あら、それなら私も一緒に。一緒に出掛ける約束でしょう」
私はオコナ―に対して歯を剥いて見せた。
ジョスランはぶふっと噴き出し、そして立ち上がると映画の一場面のようにしてオコナ―を抱き締めてしまうではないか。
「この子はとっても狂暴なんだ。君に噛みついたりしたら僕が泣いちゃう。ねえ、今夜はいつものレストランで待っていてくれる?この子がこんなじゃ今夜の遠出は無理そうだ」
「うふふ。わかったわ。いいわよ、いつもの所で。あなたを待つ間に高いワインを飲んじゃっているかもしれないけれどね」
「大丈夫。この穴埋めに僕が何をしたらいいのかも色々考えておいて」
「まあ!ってきゃあ!」
私は再び牙を剥いていた。
この甘い三文芝居をいつまで見せるつもりだ、という意志表現である。
ジョスランは私の頭を軽く叩くと、自分の殺人車のドアを私へと開け放った。
そして、オコナ―に軽くウィンクして見せた。
「君は幸運の人だよ」
確かに。
今夜は彼女は死体にされないようだ。
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