全校集会

 変態(ジョスラン)はこの町の重鎮であるパエオニーア家の一員であるという自負からか、あるいは単なる考え無しの快楽殺人者だからか、同僚の死体を公園のトイレに投げ捨てていた。

 死体は犬の散歩をしていた近隣の住人に見つかり、死体の所持品から金目のものが奪われていたことから強盗殺人で片付けられた。


 多分財布も金も下水道にそのままぼしゃんだろうが、強盗殺人に見せかける頭はあったようだというか、自分の獲物としてリストに載せたく無いという彼の美意識によるものかもしれない。


 また、ジョスランは吸血鬼の癖に煩い同僚の血は飲まなかった。

 ナイフで被害者を滅多刺した後に、私への嫌がらせのためなのか、被害者の肺の一部を一つまみ抜き去っただけである。

 どうしてこんなにも私が事件のあらまし詳しいのかは、変態が事細かに私に教えてくれたわけではない。全校集会で大事なエミリー先生を失ったと語る校長の子供向けのソフトな事件のあらまし話を聞いてもいるし、私の横に座るエミリーが一生懸命に自分に起きたことを私に語ってきてもいるからである。


 良くナイフが内臓まで達したなと思う脂肪で弛んだ体に、ジョスランよりも太い指でジョスランよりも大きな顔を覆って泣く姿は哀れよりもうざったく感じ、引き裂かれた胸元だって痛々しいというよりも汚らしく感じた。

 最初は哀れと思っても、おんおんと声を出して泣き続ける中年女性がずーと隣に座られたら、誰だってもうやめて欲しいと思うものでは無いのだろうか。


「ううう。愛していたのに。愛していたのに。あああああ、あの人だけを愛していたのに」


 エミリーの太い左手の薬指には、金色の結婚指輪、それも永遠の愛を誓うはずの葡萄の蔦のモチーフで飾られているものが嵌っていた。


――ああ、死なないでくれ。ああ、俺のせいだ。


 私は前世の恋人の叫びを思い出し、自分がダークサイドに落ちてしまったような気持ちに急になり、久々に同情心というものが湧いて出た。


 エミリーは結婚して十五年ほどの夫がいるのだ。

 いくら存在が鬱陶しいからと言っても、性格破綻者の吸血鬼に殺されて良いはずが無いだろう。


「あなたのあの人もあなたを失って辛いはずだと思うわ」


 エミリーは両手から顔をガオって感じで突き出すと、天からの啓示を受けたかのようにして喜びの声を上げた。


「ああ、そうよ、彼もきっと私を愛していたんだわ。私への思いが言えないとこんな行動を!ああ、私が早く夫と別れていれば彼をこんなに悩ませることも無かったのに。ああ、愛する人が一人ぼっちだわ!」


 エミリーの愛する男は自分を殺したジョスランしかいないらしい。

 私は子供だろうが大人であろうがエミリーを理解できないとウンザリするしかなく、ウンザリしても隣の死霊の煩さをどうにもする事が出来なかった。

 死者との会話はデーモンの能力の一つらしいが、私はこんなものはいらない。

 小説や映画のように主人公を助けてくれる言葉など死霊が発する事など無く、大体が殺されて混乱したままわあわあ騒ぐか、今のエミリーのように生前の想い人への言葉を自分勝手に紡ぐだけなのだ。


 誰も人がいなければエミリーの霊を霧散させてやれるのに。

 私以外のデーモン族の子供や人狼族の子供も全校集会で講堂に集まっているので、私が術を使えば彼等にそれを気付かれてしまう。

 ジョスラン以外に校内には大人の人外だっているのだ。

 私がデーモンハーフという事は人外社会での周知の事実でも、私の能力の一片でもその他の人外に知られるわけにはいかないのである。


「ああ、ジョスラン。きっと、彼は今後は私を殺した罪を背負って一生独り身で苦しむのね。ええ、それこそ愛よ。私はあなたを許す。ええ、だって私達の永遠の愛の為のあなたの行動ですものね。ああ、あなたの胸にこれからいつだって飛び込んでいけるのね!」


 さっさと飛び込んで行けと、ウンザリした私は舌打ちをしながら足を組んだ。

 そこで私は周囲に注目されてしまった事と、私の目の前となる壇上で物凄くハンサムな男性が呆気に捕らわれた顔で私を見下ろしているという事を知った。


 焦げ茶色の短い髪は柔らかそうにほんの少しだけウェーブがかかり、意志の強そうな眉の下で大きく輝く瞳は、まるで太陽の光を帯びているような黄色がかった緑色だ。

 まっすぐな鼻梁に、厚すぎず薄すぎないが真一文字にした時には誰の言葉も聞きそうもない頑固さも見える唇、そして、角張過ぎない形の良い顎。


 私は、あの顎の形を、感覚的に、知っている?


 私は電気に打たれたようにして、彼の姿にビクンと震えた。

 ただし、私は八歳の幼女なので、彼は私が脅えたと思ったようだ。

 彼は私に向けていた呆れた表情をくしゃっと笑い顔に戻すと、両手を交えながら自己紹介を始めたのである。


「ええと、初めまして。私はパスクゥムに赴任して来たばかりの連邦保安官のジェット・バークと申します。君達の大好きな先生が無情な暴力を受けたことは本当に許せないし、君達はとっても怖い気持ちをしていると思う。これからは私が君達を守ろうと頑張ります。君達も何かあったら私に頼って欲しい」


 私は目を見開いていた。

 子供用に砕けた話し方をする壇上の彼は、前世の私が愛したヴィクトールと同じ声をしていたのだ。

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