パラディンスキ家とこの町

 パスクゥムという名の田舎町は、信心深く道徳的な住民によるものか、住民間の親和性が高くて、とても平和だ。

 ここをホームタウンにしている一族、それも三家族も、大きな企業を経営しているという点もパスクゥムを住み易い町にしている理由であろう。

 我がパラディンスキ家にパエオニーア家、そして、ティリア家だ。

 この三家族が多大な寄付を町につぎ込むお陰で、町は福祉関係も充実しているのだ。それがあるからか、彼等は数年しないでこの町に戻ってくる。

 田舎は嫌だと都市部へ行った若者は、都市部での生活に高い住居費や税金を払う事も必要であることを初めて知る。さらに高額医療費の為に簡単に病院に通えない実情を体験することになれば、誰が田舎者と馬鹿にされるだけの都会に残ろうと思うだろうか。

 

 それに田舎だろうとこの町は遊べるのだ。

 町を牛耳る三家族が、工場や働く場所以外に巨大ショッピングセンターや映画館などの遊行場も用意しているどころか、若者が好きそうなアンダーグラウンドな店に力を入れているのだ。

 町の若者が出戻るどころか、彼等が都会で知り合った友人知人を次々に町に呼んで移住させてくるのだから、我が町の住みやすさは理解していただけると思う。


 ただし、町の人口はそんなに膨れ上がることは無い。

 町の名がラテン語で牧場を意味している通り、この田舎町は牧畜が盛んでもあるが、本来の意味が三家族の為の畜産場なのである。

 ここは、デーモン族のパラディンスキ家、吸血鬼のパエオニーア家、そして、人狼のティリア家のディナーの為の町なのである。


「あら、食べないの?ローズ」


 私は朝食の皿の上に乗っている目玉焼きに大きく溜息を吐くと、今生での母親であるリリーに向かって右眉をあげて見せた。

 青い目に金髪という美しいお人形の外見そのものの女性は、彼女の娘である私の生意気な行為に対して頬を赤く染めた。

 リリーは私のこの仕草が大嫌いなのだ。

 これは、パラディンスキ家のドンであるヴェイレム・パラディンスキが、下の者に対して良くやる仕草なのである。

 そして、この仕草の真似ができるのはパラディンスキ家では私だけ。

 純粋なデーモンで無い私が一番デーモンらしいと、当主の彼がお気に入りなのだ。


 私と同じ真っ黒の髪に真っ黒の瞳、そして、誰もがうっとりとするような美貌を持った三十代にしか見えない男は、滅多に外に出ないが外で起こっている事は何でも知っている。

 外に出る時は年相応に見える老人の姿に変化するが、貴族めいた鼻の形も彫りが深く長いまつ毛で飾られた瞳も皺や老年で魅力が隠せるものではなく、彼はその姿でも誰をも魅了して狩りもしている。

 男も女も両方いけるとは節操がなさすぎるが、純粋に餌としての狩りなのだとすれば性別に拘ることこそ無意味なのかもしれない。


 そんな魔物が八歳になったばかりの私にご執心なのだ。


 私はそのうちに彼のディナー皿に乗るのでは無いのかと警戒しきりだが、彼はそんな私の心情を知っているからこそ私を気に入っているという変態だ。


「ああ。私の子も孫もぼんくらばかりだが、ローズはデーモンの矜持を持ち得ている。誰をも信じず誰をも破壊に導ける。なんて素晴らしい性質だろう」


 一族全員が集まる食事会でそうぶちまけられた日には、私はこの男は全て知っていて私を試したのかと邪推したほどだ。


 いや、知っているかもしれない。

 知っていて私を煽っているのかもしれない。

 血統書付きの犬の血統を守るように、ドンは望む性質を持たないデーモンを粛正して減らしたいと考えているのかもだ。


 だって、彼は血も涙もないデーモンそのものなのだから。

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