聖女の『真実の愛』後編
別室では笑みを浮かべた国王が待っていた。一切の動揺を見せずにアリアがカーテシーをすると、我に返った面々が慌てて次々と挨拶をする。
ガリレオが国王から一番近い席に座った。顔色が悪いことに気付いた国王はアリアに視線を送る。心得たようにすぐさまガリレオの元へと行き、手をかざすと淡い金色の光がガリレオの身体を包んだ。ガリレオの顔色がある程度よくなったのを確認すると聖魔法をかけるのを止め、取り出したハンカチで甲斐甲斐しく汗を拭った。親しげな二人にシュンメルは訝しむが国王に鋭い視線を向けられ疑問を口にすることは叶わなかった。
「もう大丈夫だ。ありがとうな」
「いえ」
ソファーに座ったアリアの頬は心なしか赤い気がする。二人の間にある自分の知らない絆を感じ取ったシュンメルは不快感を覚えた。自分が知る限りアリアとガリレオにここまで親密になるような接点はなかったはずだ。辺境の地は王都から遠い、シュンメルさえガリレオに会うのは久方ぶりだった。
それなのに何故、と浮かんだ疑問の答えはすぐに国王からもたらされた。
「自分達の処遇より二人の関係が気になるようだな。ならば先に教えておこう。アリアにはそこの聖女のかわりにガリレオの治癒を任せていた。毎日、王城の
王城にある
「さて、そんな忙しい彼女がいったいいつどのように聖女に危害を加えたのだろうか」
国王の目がミーナに向けられる。ミーナは何も言えず救いを求めるようにシュンメルを見たが視線を返すこともされず、慌ててヒューガや他の面々を見るが視線を逸らされるばかりだ。ミーナは覚悟を決めて国王に向き直った。
「ア、アリア様にされたことは気のせいだったのかもしれません。でも! シュンメル様との『真実の愛』は本物です!」
勢いよく立ち上がり宣言するミーナにシュンメルは思わず「馬鹿が!」と言いそうになった。
だがすでに多くの生徒達の前で宣言してしまったことを思い出す。逡巡した後決心してシュンメルも立ち上がった。
「叔父上には申し訳ないと思っていますが、私はミーナを愛しています。それに、ミーナが『真実の愛』に目覚めればその力で叔父上を助けることができるはずです。だから」
「婚約者も己がすべきこともないがしろにした上で成り立つ愛が『真実の愛』か」
「「……」」
黙り込む二人に国王は目頭を揉み、溜息を洩らす。ガリレオに視線を向けるとガリレオは片方の口角を上げ、頷いた。
「わかった。シュンメルとアリア嬢、ガリレオと聖女の婚約は破棄。そして、シュンメルと聖女、ガリレオとアリア嬢の婚約を新たに認めよう」
シュンメルとミーナが手を握りあい喜びの声を上げる横で淑女らしからぬ声をアリアが漏らした。
ガリレオがアリアをからかうように声をかける。
「余命幾許もない俺の妻になるのは嫌か?」
「まさか! ち、ちがいますっ。そうではなく、その、私でいいんですか?」
「王太子妃候補でも無くなったアリアが扉を毎回使うよりは俺の側にいたほうが効率が良いだろう」
「そ、それはそうですが。何も妻でなくても。……だから、修道女になろうとしたのに」
アリアの口から小さく零れた落ちた言葉をガリレオは聞き逃しはしなかった。
彼らしくもないほうけた表情を浮かべている。ガリレオの表情を見て聞かれてしまったことに気が付いたアリアは顔を真っ赤にして口を押えた。
「まったく。強引にでも理由付けしたというのに」
「変にかっこつけようとするからだぞ」
からかうような国王の言葉に舌打ちで返したガリレオがアリアに向き直った。自然とアリアの姿勢が伸びる。
「アリア。俺は年若いお前に相応しい男じゃねぇかもしれねぇ。剣一筋で生きてきて、女の喜ばせかたも碌に知らねぇ、いつ死ぬともしれぬ男だ。それでもお前が許してくれるなら、俺の妻となってほしい」
一回りも下の小娘に頭を下げてまで告げるガリレオに、アリアの瞳から涙が零れ落ちた。隣にミーナがいるにも関わらずシュンメルは思わずアリアに目を奪われる。
アリアが頷きガリレオの傍まで行くと、衰えて尚逞しい腕の中に引き寄せられた。突然始まった弟のラブシーンを前に国王が気まずげに咳ばらいをする。アリアは慌てて離れようとしたがガリレオは離れることは許さないとばかりに膝上に抱え直してしまう。
タガが外れた獣はどうしようもないと国王は諦めて首を横に振る。調子にのったガリレオはとろけるような笑みを浮かべアリアの額に口づけを落とした。さすがの国王も動きを止め、まじまじと己の弟を見る。
ガリレオの口づけが瞼、頬、手、そして唇に落とされようとした瞬間国王のわざとらしい咳払いが聞こえた。が、ガリレオはあえて聞こえないふりをして唇を重ねた。
同時に、
二人の唇が離れる瞬間、眩い黄金の光が二人を包みこんだ。しばらくすると光も落ち着き、茫然と顔を見合わせるアリアとガリレオ。
「今のは……まさか……」
「ガリレオさ、ま?」
ガリレオは拳を握っては開き、続けてアリアを横抱きしたまま立ち上がると部屋の中を歩き始める。黙って見ていた従者は突如持っていた剣を己の主に投げつけた。周りがギョッと目を剥く中、ガリレオはそれを難なく片手でキャッチすると迫ってきた剣を受け止めた。アリアを抱えたままのガリレオとそれでも手加減をしようとはしない従者の攻防が続く。
アリアは気付いた。
二人とも瞳孔が開き切って、口元に笑みが浮かんでいる。これ、本気のやつだ。と
いち早く正気に戻った国王が手を叩くとさすがに二人の動きが止まった。アリアは安堵の息を洩らした。
「聞くまでもなさそうだが……」
「ええ兄上。これは例のアレ、
「さすがにそれ以外ありえないだろうな。となると、いろいろ手続きをせねばなるまい」
「兄上……俺は嫌ですよ」
「しかし、民は納得するまい」
「だが、それでは辺境の地はどうするのです?」
「それこそ、扉を使うしかあるまい。それとも、おまえが常にいなければ戦士たちは使い物にならないのか?」
「は? そんななよっちぃ鍛え方を俺がしているとでも? あ……っとその前にまずこっちだな」
国王の挑発に乗ってしまったガリレオが我に返り慌ててアリアを下ろす。膝をついてその手を取ると乞うように見上げた。アリアはすでに理解しているように苦笑して、国王にちらりと視線を送るとガリレオに向き直った。
「先程の言葉に付け加えさせてほしい。アリア、俺とともにこの国を支えて欲しい」
「私の返事は変わりませんわ。ガリレオ様と、この国を生涯支えさせてくださいませ」
立ち上がったガリレオがアリアを引き寄せ抱きしめる。『真実の愛』を目にした国王が祝福の拍手を送る。歴史的瞬間に出くわしたシュンメル達は片膝を付き臣下の礼をとった。その隣でミーナだけが現状を理解できずに茫然としていた。
今後の話し合いの為、国王を先頭にガリレオとアリアが部屋をでた。
残った面々でミーナに説明をする。ようやく理解したミーナは発狂したように叫び、ガリレオに追いすがろうとしたがシュンメルが後ろから羽交い絞めにした。
聖女も王太子という立場もすでに『真実の愛』に目覚めた二人のものとなった。もはや、どうにもならない、否してはならないのだ。
『真実の愛』を邪魔しては今度は自分達が処罰対象となるのだから。
聖女の『真実の愛』 黒木メイ @kurokimei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます