聖女の『真実の愛』
黒木メイ
聖女の『真実の愛』前編
「『真実の愛』の為、
卒業パーティー中に起きたこの国の王太子による突然の宣言。パーティーに出席している者達は、『真実の愛』『王太子と公爵令嬢の婚約破棄』『王太子と聖女の婚約』という情報過多によりパニックに陥った。
宣言をした
「承知しました。『真実の愛』の為ならば潔く私も身を引きましょう」
粛々と頭を下げるアリアにシュンメルの眉がピクリと上がる。アリアの従順な態度を鼻で一笑すると怒りを灯した瞳で睨みつける。
「今更そのような態度をとっても、貴様の罪が許されるわけではないぞ」
シュンメルの言葉にアリアの頭が微かに反応し、ゆっくりと頭が持ち上げられる。アリアの表情には恐れも怯えも一切浮かんでいない。ただ無機質にシュンメルを見つめ返すのみ。アリアの態度にシュンメル達の怒りボルテージが上昇する。
限界に達したシュンメルがアリアに罵声を浴びせるよりも前に彼の側近の一人ヒューガが一歩前に出た。
「シュンメル様に変わり、私があなたの罪を明らかにしましょう」
ヒューガが前に出たことで落ち着きを取り戻したシュンメルがニヤリと笑みを浮かべる。
アリアの表情は一切変わらないが、ヒューガはその余裕もこれまでだと眼鏡を押し上げ書類を取り出した。
「一つ、聖女に対する侮辱罪。一つ、聖女の所有物に対する器物破損罪。貴女の罪について詳細をまとめたこの書類は後程国王陛下に証拠として提出するものです。これだけでも貴女が王太子妃として相応しくない証拠となるでしょうが……貴女の大罪は何より聖女の『真実の愛』を邪魔したことでしょう」
アリアが『真実の愛』を邪魔したという発言に黙って聞いていた周囲の人々が騒めく。
この国において
今代の聖女ミーナは『真実の愛』を得る為に学園に入学してきた。
ならば、その聖女の真実の愛を邪魔した
「いくら貴様も聖女候補だったとはいえ、真の聖女であるミーナの『真実の愛』を邪魔することは許されない。だが、今までの功績を考慮し、処刑は勘弁しておいてやろう」
シュンメルがミーナとの『真実の愛』を知らしめるように肩を抱き、アリアに告げる。ミーナは頬を染め、シュンメルに見惚れていた。
それでも、アリアの表情は変わらない。
「かしこまりました。では、私は婚約破棄の処理が済みましたらすぐにでも辺境の地にて修道女として生涯を捧げたいと思います」
処刑は免れたとはいえ、アリアの口から辺境の地という言葉が出て周囲から悲鳴が上がった。辺境の地は、騎士団に所属している大の男でも赴任するのを嫌がると言う土地。昼夜問わず魔獣がうろつき、常に命の危険が隣り合わせにある場所だ。そこに自ら行くと言うアリアに聞いていた女生徒達は顔を青冷めさせ、中には倒れる者もいた。
アリアの取り乱す様子を見れなかったのは残念だが、これで顔を合わすことも無くなると思うとシュンメルは清々しい気持ちになった。アリアの申し出に許可を出そうとした時、扉が開く音が会場に響く。
邪魔をされないようにとこの日を選んだにも関わらず誰かが横やりを入れに来たのかと思い視線を向ける。
会場に足を踏み入れた予想外の人物に皆が驚きの声を上げた。
「叔父上!」
従者に付き添われ現れたのは一人の男性。シュンメルに似通ってはいるがどこか野性味を感じさせる端正な顔立ちの美丈夫。威厳あるオーラと筋肉隆々とした体型。身体を支える杖と顔色の悪さがなければ病を患っているとは誰も思わないだろう。
国の英雄とも呼ばれている現国王の弟、ガリレオの登場にその場にいた皆が興奮の声を上げる。
病を患ってからは戦場に立つことは無くなったが、今でも指導者として多くの戦士を育て上げ辺境の地を守っている。シュンメルにとっては幼少期からの憧れの人物でもある。
卒業式に来ると聞いていなかったシュンメルは、現状をすっかりと忘れガリレオに駆け寄った。その頬は皆と同じく興奮で赤く染まっている。
「よぉ、シュンメル。ちっと遅刻しちまったが…卒業おめでとう」
「いえ! 叔父上が来てくれただけで嬉しいです! ありがとうございます! とりあえず、こちらに座ってください!」
従者に変わってガリレオを支え、空いている席へと誘導しようとするが、ガリレオは断った。
一度辺りを見回したガリレオは、ようやく目的の人物を見つけると柔らかな笑みを浮かべた。英雄が初めて見せる表情に男性は驚き、女性はうっとりと見惚れる。ガリレオは歩き出そうとしたが、ふらりと体が揺れた。従者が手を出すよりも早く動きガリレオを支えた人物がいた。
「っと、わりぃ」
「いえっ……それよりも、なぜそんな身体でここに来たのですか!」
「なぜって……決まっているだろう」
ガリレオがバツが悪そうに苦笑する。
咎めるような視線を向けたアリアだったが己が注目を浴びていることに気づいて、さっと表情を繕う。ガリレオは笑いを堪えながらアリアの頭を一撫ですると、表情を一変させてある人物に顔を向けた。
真顔のガリレオはそれだけで威圧感を増す、視線を向けられたミーナは青を通り過ぎて真っ白になっていた。会ったことも無いはずの二人の異様な雰囲気にシュンメルも含め周りは困惑する。事情を知っている様子のアリアは静観していた。
最初に口を開いたのはガリレオ。
「久しいな。
ビクリとミーナが身体を揺らした。予想だにしなかった発言を聞いて一斉にミーナに視線が集まる。動揺を隠せないシュンメルは二人の間に入り疑問を口にした。
「ちょ、ちょっと待ってください! なぜミーナを婚約者と呼ぶのですか?! ミーナには婚約者はいないはずです。彼女が言っていました。学園に入ったのは『真実の愛』を探す為だと!」
「へぇ……それはそれは。ミーナ嬢がそんなことを?」
ミーナは足元を見て震えるばかりで何も答えようとはしない。シュンメルは縋るようにガリレオを見た。ガリレオは肩を竦めて返すが、引く様子の無いシュンメルに仕方が無く話始めた。
「ミーナ嬢は平民出身ではあるが、聖女という立場と潜在能力を買われ兄上の勅命の元、一年前俺の婚約者となった。大方、『真実の愛』に目覚めた聖女の力で俺の身体を治癒させようと考えたんだろうな。だが、彼女は聖女の力に目覚めるどころか、まともに聖魔法を使うこともできなかった。このままじゃあ時間の無駄だってんで、俺の婚約者として学園に入学させ、聖魔法と貴族のマナーを学ぶことを優先させたんだよ」
衝撃の事実に周囲は顔を見合わせる。特に衝撃を受けたのはシュンメルだろう。
ミーナは本来ならば、学園で聖魔法を学び、辺境伯の妻として将来の為にマナーや人脈を得なければならなかったのだ。決して、『真実の愛』を探す為ではなかった。
いくら聖女とはいえ、病床にいる婚約者を放置し、貴族のマナーを学ぶこともせず、婚約者のいる男性達と意図的に懇意にしていたという事実は受け入れられるものでは無い。
おそらくアリアはそのことを知っていたのだろう。
アリアが過去にミーナに苦言した言葉を思いだす。
『異性の方とばかり懇意にするのはいかがなものかしら』
『平民出身とはいえ、マナーを学ぼうとせずに学園に何しに来ているのですか』
『王太子殿下とはもっと距離をあけて接してください』
どれもこれも侮辱ではなかったのだと思い至る。浅はかだったのは自分だった。
シュンメルは何も知ろうとせず、多くの目がある場所で取り返しのつかない宣言をしてしまった。
この国の英雄から
「どうやら、聖女様は学園で『真実の愛』を見つけてしまったようだな。邪魔をして俺も処分されたくないから婚約を破棄するとしよう」
聞かれていた!全て承知の上でガリレオはこの場に立っている。そして、おそらく父上も全てを知っているのだろう。知っていて今まで黙っていたのだろう。自分達は試されていたのだと気が付いたシュンメルはもはやまともに立っていることもできずに膝をついた。
ミーナも側近達もまずい状況だということは理解しているようで慌ててシュンメルの周りに集まる。
ミーナはシュンメルを心配して手を伸ばすが、その手は払いのけられた。真実の愛を誓い合ったはずのシュンメルに睨みつけられて絶句する。シュンメルは唸るように言葉を紡いだ。
「なぜ黙っていた? なぜ、叔父上の婚約者だと言わなかった?! 知っていたら」
「知っていたらどうだというのです? 何かかわったというのですか? 『真実の愛』とはその程度のものだったと?」
「アリアっ……おまえもおまえだっ! 何故、知っていたのなら言ってくれなかったのだ」
「言いましたわ。何度も『婚約者がいる方と懇意にするべきではない』と」
「……っ、それでわかるわけないだろう!」
「公の前でガリレオ様とミーナ様の事を口にできるとでも?」
「それは…」
「せめて、二人きりで話をする機会さえいただけていたら……。それも、今更ですわね」
とうとうシュンメルは黙り込んだ。アリアはそれ以上追い詰める事はせず、これ以上の醜聞を避ける為、移動するよう促した。
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