第16話 最終話 運命の伝説の意味

『海原さんに元気をもらっているファンの方が沢山いらっしゃいますね! これからもずっとファンの人達のために歌い続けていてくださいね』




「絶望で自暴自棄だったあの頃、不思議だけど、美羽に逢ったことで前向きに生きていこうと思えたんだ。音楽以外に趣味の釣りやサーフィンだってやってみようと思えたし、街に出て好きな服を買いに行ったり、ごく普通の若者なら当たり前のことを、やっとやってみようと思えるようになった。それまでは食べることも生きることも本当に適当だったからな──。

 でも、一番大きかったのは、真実の愛を知ることができたことだよ」


「裕くん……」


「美羽はディズニーの方の『人魚姫』だったのかもな――。


 俺に思い切り笑うことを教えてくれた。どんな困難に遭ってもを上げずについてきてくれた。正しい事のために恐れずに立ち向かったり、健気けなげに俺を信じて待っていてくれた。


 あの人魚姫は強い女の子だっただろ? 王子が持ってくる幸せを待つんじゃなくて、自分で努力して作り上げるような。美羽に似てるよ。


 だけど、逆に原作の『人魚姫』では、修道女と王子が結ばれる話だとしたら、それもまた分かる気がするんだ」



「ええ? どういうこと?」


「修道女を選んだのは、王子にとっての運命の人だったからだよ」


「それじゃ、人魚姫が可哀想よ! 王子様を助けたのは自分なのに、他の女性と王子様が結ばれるなんて」


「そうかもしれないな。でも、好きになるのは理屈じゃないからな。そっちの話では、いくら命を助けて貰っても、王子の心に響いたのは人魚の方じゃなかったんだろうな……少し分かる気がするよ。

 どんな出会い方でも、たとえ命を助けられた相手だとしても、自分が探してた片割れじゃなければ、残酷だけど運命の相手ではないんだ──あれ、なんかよく分からなくなってきた」と、ハハハと笑った。



「でも、裕くんと私が愛梨沙ちゃんに教えられたこともたくさんあったね」


「教えられたこと?」


「うん。絶望は人の心も体もマイナスに動かしてしまうけれど、たった一筋の希望さえあれば、そこから全てがプラスの方向に進んでいくこと。

 ほら、愛梨沙ちゃんにも本当に好きな人ができたみたいだし。

 それに、もう余計なお節介はよーく考えてからしないと、だね!


 自分が良いと思って他人にしたことでも、その人を傷つけてしまうこともある。すごく反省したし、勉強した。一人よがりはダメね! 裕くんにも迷惑掛けちゃったし……」



「美羽、続きの話は俺の車の中でしないか?」


「え?」


「――つまり、これからデートに行こうってこと。俺も仕事を終わらせたから。美羽も時間はあるんだろ?」


「え、うん。今日は仕事がお休みだから……でもどこに?」



「行ってからのお楽しみ」

裕星がフッと笑った。





 夕暮れ時の海岸線はオレンジ色の雲が海を染め、太陽が山の向こうに沈んでいくのが見えた。



「今から海に?」


 少し開けたベンツの窓から潮風が吹きぬけていった。


「あの逗子の海岸、あそこがすごく綺麗で静かだし、気に入ったんだ。

 これからもサーフィンや釣りに行こうと思ってたんだけど……その前に、美羽とゆっくり海でデートしたいなと思ったんだよ」



 美羽は黙って裕星の横顔を見つめた。


「何度か車を走らせていて、この景色を一緒に見たいのは、やっぱり美羽しかいないと思ったよ」


 すると裕星が手元のスイッチで運転席と助手席のウィンドーを開けた。

 すると、開け放されたウィンドーから風が勢いよく飛び込んできて、美羽は風で乱れた髪を抑えながら、キャッと叫んだ。


「悪い悪い、もうすぐ浜辺だから、ゆっくり走るよ」とスピードをグンと落とした。


 まだ少し肌寒い5月終わりの夕暮れどき、逗子海岸の浜辺から見える広い大きな海原には、サーファーたちがまばらにあちらこちらで波に乗っているだけだった。


 海岸にも人影は少なく、犬を散歩させている女性や、ジョギングの男性が時折水際をすれ違って行った。



 車から降りると、裕星は夕焼け色に染った海を眺めながら呟いた。

「綺麗だろ? 海がこんなに穏やかだと心も穏やかになれる」


 美羽がそっと裕星の傍に寄り添うと、美羽の方を向いてフッと笑った。

「俺の人魚姫にずっとしてなかったことがあったな――」


「人魚姫? また何を言ってるの?」


「なんだ、忘れたの? 昼間言ったばかりだろ? 美羽は俺にとっての人魚姫だって。俺たちは一緒になる運命なんだ。だから、ほら、王子が人魚を人間にするために――」


 美羽は首をかしげて「裕くん、とうとう裕くんまで童話に入り込んじゃったの? 王子さまが人魚を人間にするって、何言ってるの?」


 察しの悪い美羽にごうを煮やして、裕星が顔を近づけ「んっ……」と唇を突き出し瞼を閉じている。


「裕くん、何してるの?」



 すると、裕星は美羽を見つめてニコリと微笑むと、美羽の顎をくいと持ち上げた。驚いている美羽に、裕星はそっと口づけたのだった。


 しばらくの間、紫色の夕闇の中に紛れ、二人はしばらく逢えなかった互いの気持ちを確かめ合うようにきつく抱きしめ合っていた。

 まだ肌寒い夕刻の浜辺で、人影のない海岸に寄せるさざ波だけが二人の耳に心地よいメロディを届けていたのだった。





 運命のツインレイシリーズPart12『人魚伝説編』終

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