第15話 本物の人魚姫は君
「実は、あの時、愛梨沙が骨折して通っていた病院で父母が医者に呼ばれて聞かされたのは、あの当時、家で飼っていたペットのウサギのことなんです」
「うさぎ?」
二人は声を揃えて驚いている。
困ったように笑いながら杏里は続けた。
「父母が骨折して外で遊べない愛梨沙のために、あの頃ペットを飼ってあげたんですが、そのウサギの寿命についてお医者さんに訊いていたんですよ。
ハムスターは1,2年しか生きないですし、すぐに死なれてしまうのは愛梨沙も可哀そうなので、ウサギはどれくらい生きるのかと訊いていたんですよ。
それは私が一緒に聞いたので確かなことです。一般的にウサギは8年前後しか生きられない、と教えてくれたそうなんです。でも家のウサギは知り合いに頂いたもので、もうあの時4歳だったんです。なので後4年くらいの寿命ですと言われたようで……」
「――あ、それで4年」
裕星は愛梨沙が言っていた自分の命の期限と同じだったことを思い出した。
「そうなんです。その4年しか生きられないウサギの命を、自分のことだと勘違いしたみたいなんですよ。あの時はまだ子供でしたし、ちゃんと聞いてなくて誤解したんでしょうね。
それに骨折は大怪我でしたから、もう自分は大きな病気になってしまったんだと思い込んでいたのかも……。
それに……その2ヶ月後、父と母が私達を乗せるために新しいクルーザーを買って試運転に出かけたとき、不運なことに船の事故で海で亡くなってしまいましたから。
そんなショックな出来事が全部重なって、あんなことになってしまったんだと思います。
姉の私にも悩んでいたことを隠していたので、まさか、海原さんたちに自分の命が4年しかなくて、4年経ったからもうすぐ死んでしまうなどと言っていたなんてつい先日まで知りませんでした。
ペットのウサギは実は平均寿命を超えた今でも生きています。ヨボヨボのおじいちゃんですけどね」と笑った。
そして、改めて二人に向き合うと深く頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした! どんなに謝っても謝り切れません。精神的にも皆さんにご迷惑をおかけしていたなんて……。
なので、美羽さんから熱心に送って下さる花束の意味がやっと分かったんです。愛梨沙に生きる希望を持ってほしいと送って下さっていたこと……。そのお陰で愛梨沙は歩行訓練を始められたんですから。
今では、美羽さんはやっぱり天使だったと感謝しているみたいです。
でも、散々勘違いでお二人を振り回してしまって、愛梨沙は恥ずかしくて海原さん達と顔を合わせられないと昨日もずっと悩んでおりまして、もう会いに行かないと言って、一日中部屋に閉じこもっていたんですよ。
なので、あの後、夜中に海原さんとの約束の場所に行ったと聞いて驚いてしまいました。
きっと、夜になって暗くなれば、海原さんに気まずい自分の顔をはっきり見られなくて済むだろうと思ったのでしょう。ワガママにもほどがありますね! 本当にごめんなさい!」杏里はまた深々と頭を下げた。
「美羽さんにもこんな酷い事をしてしまいごめんなさいと、愛梨沙が謝っておりました。許して頂けますでしょうか?
そして、愛梨沙はお二人のお蔭で今では少しなら遠出もできるほど歩けるようになったんです。本当に海原さんは王子さまでした! 美羽さんは心の綺麗な天使のような方で、お二人は本当にお似合いです!
今日はお手紙では言い尽くせないお詫びをしに、ここに参りました。美羽さんにも直接お会いできて、謝ることが出来てよかったです。皆さま、本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした!」と何度も頭を下げ、いつまでも上げようとしないでいる。
美羽が杏里に近づいてきて優しく杏里の肩に手を置いて微笑んだ。
「どうか頭を上げてください。私、嬉しいんです! 愛梨沙ちゃんが良くなって、これからは元気で生きていけるってお聞きして。こんなうれしいことはありません!
何も悪い事なんてしてないですよ。私たちも愛梨沙ちゃんの人魚伝説に一緒に入り込めて楽しかったです!
愛梨沙ちゃんだってずっと一人で苦しんでいた4年間だったんですもの。今度は毎日幸せな気持ちで前に進んで行ってほしいです」
「俺はそんな人魚の話なんて気にしてなかったけど、愛梨沙ちゃんが本当に良くなってよかった。もう謝らないでください。美羽の言うように、愛梨沙ちゃんだって辛い4年間だったろうに。
良かった! これからは愛梨沙ちゃんにいつでも遊びにおいで、と言って下さい。
僕らは君たちのことを今でも恩人の娘さんとして、そして大切なファンとして、感謝しているんです」
裕星も照れたように笑うと、安堵感からか大きくため息を吐いて、良かったと何度も繰り返して
杏里が事務所を後にすると、裕星は美羽と顔を合わせて微笑みあった。
愛梨沙が人魚の話のように悲劇にならなくて良かった。昨夜の愛梨沙の事を、もしかして幽霊を見たのかもしれないと怯えていた美羽も、自分のあの時の弱腰を思い出してフフッと噴き出してしまった。
すると、裕星は社長が出て行った部屋で美羽と二人きりになると、笑いながら話し始めた。
「俺はてっきり『人魚姫』ってハッピーエンドなのかと思っていたよ」
「裕くん、人魚姫のお話知らなかったの?」
「ああ、知らないから、愛梨沙ちゃんに言われてどんな話なのかとビデオ屋に行って借りて観た『人魚姫』では、ハッピーエンドだったけどな……」
「それって、もしかしてディズニーの『リトルマーメイド』だったんじゃない? ディズニーではほとんどのお話が子供たちのためにハッピーエンドに作られているのよ」
「なんだ、そうだったのか? 俺はてっきり王子と人魚は結ばれるから、そんなに悪い話じゃないのになと思っていたんだよ。
それに、あの船での遭難のことを思い出したんだが、俺が遭難した時に聞いたあの声は、確かに美羽の声だったんだ――」
「私の声?」
「ああ、あれは俺がまだラ・メールブルーに入るかどうか迷っていたとき、ライブハウスでバイトみたいに歌を歌っていた時の頃だよ。
美羽だったとも知らず、ずっと赤いドレスの女性のことが頭から離れなかったんだ。
そして、いつしか美羽の言葉が、生きることに絶望した時や、もう歌を歌うのを止めてしまおうかと思った時、ふと頭の中に浮かんできていたんだ。だから、本当は美羽こそ俺の命の恩人だったんだよ」
「私が裕くんの命の恩人?」
「ああ、あのライブハウスで週に一回の俺の出番がある金曜の夜に、いつも遠くで俺だけを見ていてくれた美羽がいたから、俺は、その人のために歌いたい、前向きに生きていこう、ともう一度考え直すことが出来たんだ。
――そして、ずっと断り続けていたラ・メールブルーに入る決意を固めたんだ。
あの時、美羽と二度目に会った時、俺に言っただろ?」
裕星はあの時美羽に言われた言葉を思い返していた。
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