第2話 不思議な因縁

「まだ寝てたの? ほら、カーテンを開けるよ。お日様が出てて今日はとってもいい天気よ」

 姉の杏里あんりが部屋に入るなりカーテンをスルスルと開けた。


「──お姉ちゃん、おはよ」


「おはよう。今日くらいは車椅子で浜辺まで下りてみない?」

 杏理が窓を開けながら振り返った。


「……行きたくない。今はまだ海は見たくない……」


 杏里は困った顔で愛梨沙ありさを見つめていたが、ちらりと布団の中から見えていた本を見つけて、「あらあ? またその本読んでるの? それって童話でしょ? 小っちゃい頃、パパが買ってくれた本よね? あなた、小さい時からずっとその本ばかり読んでいたものね」と微笑ほほえんだ。


 隠したはずの本を見られて、愛梨沙は気まずそうに布団の上にモゾモゾしながら出した。

「このお話とっても好きなのよ。この主人公が自分みたいだから……」


「ああ人魚姫ね? そうね、あなたの足はまるで人魚みたいに――でもね、愛梨沙ちゃん、お医者さんが言ってたわよ。もうあなたの足は……」


「お姉ちゃん、行こう! 今日も街の方に連れて行ってくれない?」


「分かったわ、行きましょう。今日は日曜だしお店も賑やかでしょう。お散歩日和の天気だしね」

 そう言って微笑むと、ベッドの脇の車椅子を枕元に近づけた。








 ***JPスター事務所社長室***



「新年一発目のコンサートも成功だったし、夏のコンサートの準備も順調だ。僕らそれぞれのドラマや映画の仕事も入って、今年は幸先良さそうだね!」

 リョウタが興奮冷めやらぬのか、珍しく大声になっている。


「そうだな、俺も裕星も今年は映画とドラマの仕事が入るし、仕事に恵まれてる年だな」

 光太もハーブティ片手に満足そうに言った。


 裕星は黙って二人の話を聞いていたが、陸がいないことに気付いた。

 するとリョウタが「あれ? また陸はどっかに行ってるの? 今日は夏のライブのセトリの打ち合わせをするから事務所に集まるって言っておいたのに」とムッとしながら辺りを見回している。


「ああ、陸は後から来るだろ。あいつはマイペースな奴だからな」裕星が笑った。



 突然、トントンと皆がいる社長室のドアをノックして入ってきたのは――美羽だった。


「え、美羽さん?」

 リョウタが驚いて声を上げた。


「あの……突然来ちゃってすみません。でも、特別な用事ではなくて、皆さんの休憩中に間に合うように来ました」と笑っている。


 社長の浅加が後からやって来た。

「おお、美羽さんか。何か用事でもあったのですか?」


「はい、今日は皆さんに差し入れを持ってきたんです。実はさっきまで近くの教会でバザーのお手伝いをしてたんですが、そのとき作ったクレープが沢山余ったので、せっかくなので皆さんに召し上がっていただこうと思って」


 美羽がテーブルに広げたのは、様々なジャムやチョコレート、クリームとフルーツなどを挟んだクレープが綺麗に色とりどりのラップに巻かれたものだった。

 どうぞどうぞ、と言われて初めに手を出したのはリョウタだった。


 するするとラップを解いて口に入れた瞬間、「うん、美味~い!」と満足げな顔で美羽に微笑んだ。


「皆さんもどうぞ!」と勧めると、「これは何が入ってるの?」とあちこち吟味しながら、やっと光太も手に取った。

 裕星は「俺は甘いものはあんまり得意じゃないんだけどな」と言いながら、チョコとバナナに生クリームが載ったクレープに手を伸ばした。


 そこにちょうど今、陸が集合時間30分遅れでやって来た。


「いやあ、悪い悪い! お疲れさん! 渋滞にハマっちゃってさ」と言い訳しながら頭を掻いて入って来るなり、「あれ、美羽さん? お久しぶりです」


「陸さんは遅刻常習犯なのね。今日は皆さんに差し入れにクレープを届けに来たんです。一ついかがですか?」と美羽が残っているクレープをいくつか差し出した。


「おお、サンキュー! うん、美味い美味い」陸は言われる前にもう既に口の中に入れている。



 浅加も美羽のクレープを頬張りながら、伝達事項を話し出した。


「お前ら、実は今日事務所にファンレターが届いたんだが、まあいつも大量に届くんだが、今回のファンレターはちょっと特別でな、実は俺の知り合いの娘さんが直接持ってきたんだよ」


「知り合いの方ですか?」光太が訊いた。


「俺の古い友人で個人で貿易商をしていたんだが、その娘さんでな、妹さんの方が子供のころから足が悪くてずっと寝たきりなんだ。今年16歳になるが、未だに一人では外に出られないらしい。

 それに可哀そうなことに、俺の友人と奥さん、つまり彼女らの両親が共に4年前に海の事故で亡くなって、当時残された家族は子供二人だけだったから、葬式はやらず親族だけで密葬にしたそうだ。家政婦と当時まだ中学2年生だった姉が足の悪い12歳の妹の世話をしていたそうなんだよ。

 今はもう会社が他人の手に渡ってしまったらしいから、彼女たちの生活も大変だっただろうな――。


 ずっと気になっていてな、娘さんたちはどうしてるだろうかと、ふと頭に浮かんだばかりだったよ。

 そう思っていたところに、上の娘さんが今朝、直接手紙を渡しに来てくれたんだ。

 足の悪い妹さんが書いた手紙だそうだが、どうも彼女はラ・メールブルーの昔からのファンだそうでな、このところ体調がよくないらしくて、お姉さんが心配して彼女に一度だけでもお前らに会わせてやりたいと思って、手紙をわざわざ届けに来たらしい。


 本当なら一人のファンの為にこういうことはしないが、両親の死後、希望を失って妹さんの足もだんだん悪くなっているらしい。だから、みんなには申し訳ないが、彼女を訪問する約束をした。

 話によると、彼女はラ・メールブルーのメンバーの中でも裕星のファンだそうだ。

 妹は裕星の出るテレビ番組をいつも観ていて、ポスターや雑誌に至るまで全て揃えているほど熱烈なファンだと言っていたよ。


 ドラマが始まる光太は忙しいだろうし、リョウタはラジオ番組があるし、ちょうどいい、裕星、行って来てもらえないだろうか? 阿刀田あとうださんという方の娘さんなんだ」


「ちょっと待ってください、俺は? 俺は暇っすよ!」陸が慌てて声をかけた。


「陸、お前はいい」


「へいへい……」

 陸がガッカリしたように引き下がった。


「社長、個人貿易商の阿刀田って方……、もしかして、昔俺が海で遭難した時に命を助けてもらった方の娘さんだと思います。あの時の子がそんなことになっているとは……」

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