黒龍と熊猫 7
その一族には、三世代にひとりふたり白髪の巫が現れ――その建築物の奥深くで、宝を守っている……とは、都市伝説の付録だった。
そこまですると、あまりにファンタジーに過ぎるだろうと苦笑する思いでいたものだが、資料として見せられた写真には歴代と思しき、白髪の子供の姿が写っていた。子供の自分の写真しか手に入れることができないのは、彼または彼女らは、長じるにつけ『城』の奥に籠りきって人前に出てこなくなるせいだという。
実を言うと、少しだけ――憧憬にも似て、夢物語を信じてみたくなったのだけれども、知識をもってして考察すれば、事実はいともあっけない。遺伝的にそういう性質の出やすい家系もあるのだろうし、極端に色素の薄いようであれば、直射日光を避ける生活をするようになっておかしい話ではない。
それは、窮屈な生活であろうと――少しばかり、同情を覚えもしたのだが。
実際に対面してみれば、とても小柄で神経質そうな繊細な面差しをしてはいたもの――瞳に灯る輝きはくっきりと強く。
その揺るがぬ意志をもってして、しかし彼は確かに、一族の担った役目を負うていた。
チェッカーの針が振れたのは、決して彼の動揺を現していたわけではないが。
「なぜ?」
返された疑問符は、シォンの言葉そのものへの理由を問うているわけでないとわかる程度には、緊張を帯びていた。
「言っただろう? 僕は、初見でおよそ驚かれるか――でなければ、侮られるんだ」
他人の外見に頓着しない性質、あるいは左右されない主義であると理解することもできただろうが、実際にはそうではない。ならば、事前に外見を含むシォンの情報を知っていたと考えるに易かろう。にもかかわらず、既知であることをおくびにも出さないとなれば、怪しむにいわんをや。
「君にも君の事情があるだろうから、僕は君の仕事を止めはしない。けれど――心構えと、できるだけの準備はしたいから」
目に映る、作業を進める手の動きは淡々として――言葉を探しているのだろう吐息の気配と比べ、彼の思惑を図るのは難しい。
「俺の今の立場は、国の諜報部員なんじゃなくて――すでに、軍の一部の高官の私兵にされちゃってるんだろうと思う……」
やがて、それでも最小単位のカートリッジを選び、時に剥き出しになる配線を繋ぎ変える手を止めることなく――ため息とともに、こぼれた告白。
「たぶん、見たままを報告すれば――国を覆すために利用できないかと考えるような、愚かな夢想家の集まりだね」
気付かなかいまま使われていたつもりはないが、関心が薄かったのだ……と、硬い声の内に苦く悔恨が滲む。
「俺は、兵役のついでに衣食住求めて軍に身売りするような生まれ育ちだけど――」
それまでに俺に優しくしてくれた人たちが辛い思いをするようなことには、なって欲しくない……それは、真摯なささやきだったけれども――ただね……続く言葉は、逆接を強く帯びていた。
「怪しまれれば、記憶を探られるだろうから、ね」
逃げ切るには……しかしながら、続く言葉は――ぱたりと途切れた。
「シォン、上を確認して――コウモリ……?」
セヤの見上げる視線――こちらに明かりが灯ったために、カメラをズームにしても少々わかりづらくはあるが、金網越しになにかの影が揺れて思われた。
「待って。すぐ確認する」
共有した視界の一部に、上層に一番近いカメラからの映像を引き込むと――コウモリが一匹、あちらへこちらへと、飛び回る姿が見て取れる。迷走しているのだろうか?……既に気の毒なことになった二匹を思って心配したが、その動向を見続けるに――どうやら、先の二匹もしくはどちらかの痕跡を……おそらくは嗅いで確かめているのではなかろうか? それはそれで、胸の痛む思いのするものではあるが――。
可哀相に……と眉を顰めやる――けれど次の数秒、目を見張っていたのは、沈黙していたと思ったパネルの三分の一、その一角に灯る赤い点滅をセヤが見止めるから。
「再起動、してる……?」
セヤの声は、肯定疑問だった――おそらく、コウモリの動きをどこかのセンサーが感じとったのだろう、先ほど停止したはずの防御用のレーザーシステムの一部が再び作動を始めていた。
「このままだと、あの穴からそこに飛び込んでしまわないか?」
今、そこにある亡骸を思えば、セヤに危険が及ぶだろう事態を避けたいのはもちろん――できれば、悲し気なコウモリに、さらに可哀想なことになって欲しくはない。
「なんとか、気を反らしてやれれば……」
思うところは同じだったのだろう、シォンが思案を巡らす間に――セヤは、動いていた。
イジェクトしたカートリッジを叩き割って中のディスクを取り出すと、さらに、手のひらに収まるほどのそれの中央に向けて一本ひび割れを走らせる。
スリングショットにロングレンジ対応したオプションパーツを慣れた仕草で取り付けて――ひびを入れたディスクを弾代わりに装填するつもりであるらしい。
見上げる――途中にある橋を避け、金網に空いた穴を狙える位置を探した。
「大丈夫?」
「行けそうだ――」
張り出しの手摺に腰を預け――少しばかり背を乗り出し、スリングを引き絞る。
ほぼ真上に向けて、撃ち放す。
ひび割れたディスクは、わずかに震えながら飛び、上手く興味を引き付けたようだ――しばし、驚きで固まったと思しきコウモリは、すぐに後を追って上方へと羽ばたいた。
「よかった――」
「これでひとまず……」
ほっ…安堵に、図らずも声が被る。
しかし、それも――つかの間だった。
「……――!」
それは――声に、ならなかった。
ぐるり…視界がまわる。
「……え?」
おそらくは、黒焦げの獣たちを受け止めた際に、既に十分負荷を積んでいたのだろう――手摺が役目を放棄したのだと理解したのは、先に落ちて行く躯を見送るから。
がくん…衝撃で、カメラが揺れる。
「セヤ……!」
思わず呼んだ――悲鳴のようだと、自分の声を他人事のように思った。
がががっ……。
短いノイズを伝えて――映像と音声は、それきり途絶えた。
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