黒龍と熊猫 6
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
立て続けに放たれたセヤのショットは、いたって的確かついたって正確だった。
兵役の訓練だけで培われた技量とも思えないが、本人に質せば単に得物との相性がよいのだと言い訳するだろう。実際、その通りでもあるのだろうが、たつきとしての実用で得られた技能であろうと、手慣れた挙動からは察するに易い。スリングショットは、簡素なものなら子供のおもちゃとしても存在する。場合によっては、有り合わせの材料で生成する事も可能であろうし、素材を選べば充分な威力を保ったまま、銃や刃物の持ち込みを厳しく制限された国であっても使い慣れた道具を持ち込むことも可能だ。
それは、一馬が面白がるはずだ――。
もとより、あの男の人間観察の目は確かなもので、シォンの求めに合致しない紹介をするはずもない。彼の主義は、人格も能力のうち――だ。
もちろん、シォン自身の実感としてもセヤは充分に信用と信頼に足ると思われた。むしろ、出会って以降――シォンに対する言動からすれば、心根の優しい男なのだろうと感じられた。
ならば……。
ひとまず、上の区画のレーザーの鎮圧に成功したセヤに、金網の穴から上手く届きそうな足場を指示する。ワイヤーを使って、少しばかり弾みをつける必要があるかもしれないが、彼になら難しいことではないだろうし――帰路は、おそらく階下の通路を使えるだろう。
コントロールパネルの金属カバー、刻まれた警告文は操作に関するものが八割――残りの二割に目を走らせたセヤが息を呑んだ気配は、もう少しだけ気が付かないふりをした。
シォンの案内に従ってコントローラーを操作する手に、乱れはない。
時おり、対面する壁を見上げ見下ろす仕草は、初見の場所を把握しようとする自然な行動とも――思えないこともないだろう。
「どう進めばいい?」
それでも、見下ろす先で、レーザーの網が消えていくのを確認しながら問う声が硬いと感じるのは、たぶんに主観で補正された印象だろうか?
「梯子で、ふたつ下の足場へ――そこにある橋を渡って反対側の張り出しに。非常時の環境管理システムが使えるか、試してみたい」
了解……簡潔な応答の語尾に、ふっ…自嘲じみた笑みの気配を聞き留めたのも――?
良心に従えと――確かに、彼は言っていた。
秘密なんかない、とも。
セヤ自身、歴史には疎い方だという悲しくも情けない自負はあるが――そういう人間が多ければ、記録にあるものもやがて共通の記憶から消えていくものなのだろう。
指定されたフロアにたどり着き、指示に従ってシステムの再起動を試みる。各所の照明が点灯し――暗視モードだったカメラの画像処理が一瞬混乱したが、すぐにシォンが切り替えて調整してくれたのだろう、数回瞬きを繰り返す間に視界は通常の色と明るさを取り戻していた。
タイプの古い平面モニターと、いくつかの体系ごとに分かれたパネル――その一角に、グラフィック化されたメーターが、おそらく一定の階層ごとに計測しているのだろう結果を示して光っている。
計測器のあると思われる浅い方から半分ほどまでの数値は所謂正常値の範囲内で細かく揺らいでいると見て取って……セヤは、その意味を意識する。
先ほど、レーザー照射装置のコントロールパネルを覆っていた金属カバーの隅に認めた、ハザードシンボル。三枚羽のプロペラにも似た、丸く記された中心から放たれる様を示す意匠――知識がなくとも計算されたデザイン性からその穏やかならざりし気配は受け取れようが、兵役制度があり、さらにそこから選抜されて強化教育を受けさせられていれば、幸か不幸かそれについての知識はあった。
今いる場所も随分と深いつもりでいたが、この建物の根っこは――もっと深くに存在し、厳重に封じ込まれているのだろう。
遺跡と言えば遺跡か……。
ロマンとは、まるで反対方向に程遠い――しかし、それが現実なのかもしれない。
指示された手順で破損した回路の図面と修繕箇所の確認をしながら、つい横目に捕らえてしまうのは――ひとまずの知識を持ち合わせていれば、むやみに不安になっているわけではない。
しかしながら――。
「龍穴どころか、ドラゴンの背の上…って、オチだよ」
どうにも、さすがに視線の意図を見逃してはもらえなかったらしい――ふと、耳元に落とされる、シォンの溜め息に、陥りかけた思考から引き戻された。
「正直を言えば、知らないまま――夢を見てたかった…ってところかな、俺も」
チェックを入れた図面と手順書をゴーグルに読み込ませる間に張り出し脇の手摺から下を覗き込む――まるで底の知れないほどの高さではないが、もちろん見えている床が最下層ではないらしい。
「でも、昔ここに研究所があったことくらい、調べれば出てくる情報だよ――まぁ、隠そうとした為政者のいた時代には、情報がある…って情報の信憑性まで噂レベルの扱いになってたこともあるけど」
そのおかげで、プライベートを興味本位に探られる身にもなって欲しい……芝居がかって嘆いてみせるシォンの一族はつまり、その時まで適正に封印され続け管理され続けなければならない過去を静かに守り続けているのだ。
それでも……と――交換用のシステムカートリッジを物色して下部へと続くらせん階段を降り始めるセヤの耳元で、シォンの声が訴える。
「危険の種類も取り扱い方も知らない連中に、ちょっかいをかけられたくない」
それだけの面倒をどうにかできる力があるわけではないのだから……と。
さらに、うかつな事態が起きれば――例えば、一企業はもちろん一国で収集できる話でなくなってしまいかねないことも確かだろう。
「もっとも、知識を持っているならこんな厄介な場所、捨て置いてもらえるんだろうけど」
尻上がり気味な語尾に――もう一度、吐き出される溜め息。
ちっ…続いて漏らされた舌打ちは、しかし――壁や渡された通路に、飛び散ったかのような焼け焦げを見止めたせいだろう。幸いにして、橋部分は手摺の一部が失われた程度であったが、案の定、壁面やケーブル保護材の一部は、あるいは割れ、あるいは溶けて、その内側の機器まで損傷させるに及んでいた。
「この辺りの破損が、問題の箇所みたいだ――」
辿り着いた作業用の張り出しに、交換用カートリッジと工具類を一旦下ろしてから、周辺を改めて見渡す。さほど広くはないフロアの端の手摺に凭れるように、形容に使ってよければ人間大の黒い塊が引っ掛かっているのは――そろそろ、うっかり慣れかけた鼻はともかく焼けた空気の気配が咽喉を引っ掻く……件のコウモリ達の躯なのであろう。できれば後で、回収してやりたいとは思うが――今は、己の体力気力の為にも近づかない。
「沈黙してそうだけど――周辺が通電してないことは、確かめて」
「了解――それ以前に、このフロアのパネルが生きてるか…だけどね」
フリーズを示す点滅が確認できるので――かろうじて、電力は供給されているらしいが、再起動が有効であるかは、周辺の破損状況を思えば心許ない。もしかしたら、配線を確認して繋ぎ変えるなり……もっと乱暴に、切断してしまうなりの下準備が必要になるかもしれない。
再起動処理を施すに、果たして――三分の一ほどが、反応しなかった。とはいえ、かろうじて周辺の環境を確認するための機能は立ち上がったので、そこから利用して破損個所周辺の回路を繋ぎ変えていく。ユニットごと交換できる部分は、現在機能していないのだからと、予めイジェクトを促した。
それでも、ごくわずかではあるが死角が生じる――作業の性質上、己の安全のためにも放っておくわけにもいかなければ、直接確認の上、手動で処理するしかあるまい。
物理的位置が、かの黒い躯のすぐ脇であるのが少々、心退けるものでもあるが――こればかりは、致し方がない。
「カメラ、このままで大丈夫?」
チェッカーと工具を手に、腹這いになって手摺の隙間から身を乗り出す。
「構わない――僕に遠慮することは無い」
獣の死骸を凝視するものでなし、高所から遠い床面を目にするくらいも平気だと応じる、声に混じる苦笑の気配。
「君ね――今さら、僕の見目を思って気を遣うくらいなら、初対面の段階でもっと驚いておくべきだと思うよ」
明るくからかうような口調は、しかし――不意に声のトーンを変えた。
「それで? 君は、どう報告するつもりか、教えてもらえる?」
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