第6話 胡蝶の夢
立ち入り禁止と書かれた紙が貼ってあるだけの柵を、俺とヒナは跨いで通り抜ける。
「私達、今ワルいことしてるね…」
罪悪感を感じつつも俺たちはなんの整備もされていない道をさっさと進む。
ヒナが、石の階段を小走りで駆け上がる。
「花火、始まっちゃうよ!?」
彼女は興奮混じりに俺に振り向いてそう叫ぶ。
「そんなに急がなくても大丈夫だ。それより転んで怪我すんなよ?」
ヒナは、そんなのへっちゃらだとばかりにニヤリと笑い、再び階段を駆け上がり、とうとう登り切った。俺も後を追って、数刻後に彼女のもとに着いた。
見下ろすと、提灯や屋台の光がまばゆく、人が群れをなして歩いて周っている。俺たちは、そんな人混みから離れ、裏山へ身を移していた。
「アキラくん、疲れちゃった。扇いで〜」
りんご飴を咥えながら、その場にへたり込んでヒナが言う。おうおう、と俺は二つ返事で手持ちの団扇で彼女を煽いだ。
黒い髪が扇いだ風に合わせてなびき、次第に彼女はうっとりとした顔を浮かべる。
淡桃色の着物は、先程まで慌ただしく動き回っていたせいか少し緩んでいた。
そんな彼女の姿目を奪われていると、
…………ッドオォォォン…………
と轟音が鳴る。音の方を向くと黄色に煌めいた大輪が、夜空に染み入るように消えた。
「すごいすごい!!」とはしゃぐ彼女の声が横から聞こえる。すかさず第2、第3と花火は打ち上がり、緑や赤に輝いては、また消える。ふと彼女に目を遣ると、目が合った。
彼女の目の内で花火の光が瞬く。頬の紅色は花火によるものか、それとも紅潮しているのか。
「アキラくん、顔真っ赤だよ?」
頬を赤らめたまま彼女は微笑む。俺は、自分の思いが抑えられなくなった。
「なっ、なぁヒナっ!俺…俺さっ!」
口元の筋肉がこわばり、言葉がつっかえる。
「えっ!えっ!?」
ヒナも突然俺が声を張り上げたので驚いたのだろう。目が大きく、丸くなった。
「俺っ!ヒナのこと、好きだっ!」
言った。俺は言ってしまった。取り返しのつかないことになるぞ。なんて無鉄砲な。
「あっ!?……うん。」
するとヒナは顔を斜め下にそむけ、両手を差し出した。小刻みに震えるその手を、俺の脇の下を通し、俺は彼女を抱きしめる。小さな声で「私も…」と聞こえた。
「ヒナ、こっち向いて。」
「…うん。」
普段の様子が嘘のようにしおらしくなり、恐る恐る、といった具合にこちらを向く。目をキュッと閉じ、唇をやや尖らせていた。
そのまま、俺と彼女は唇を重ねた。
火照った彼女の体温と俺の熱とが混ざり合う。鳴り続ける花火の音よりも、彼女の、俺の心臓の鼓動の音のほうが、ずっと大きいように思え………そこで光景は途切れた。
木組みの天井がそこにはある。柔らかく温かな布団を俺は抱きしめていた。
左向きに寝転がると、パガンが布団の全てを蹴り飛ばしてグゴーッといういびきをかいて寝ている。
だが間違いない、あの光景は…15歳の夏、俺とヒナが、友人から恋人となった日の光景だ。忘れようはずもない。
俺は不安に駆られる。俺が現実だと思っていた全ては長い夢だったのではという考えに支配されそうだった。
「…ンガッ!?」
花ちょうちんが割れたと同時にパガンは目を覚ます。
「おはよ〜……そういえば名前聞いてないねぇキミ…」
「おはよう…ございます。俺は、アキラ…です。」
「アキラ、ねぇ…アキラ、アキラ…」
俺は…アキラは、元の世界に戻れるのだろうか…
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