ハチロク

しおとれもん

第1話「夏休み」

 


    「悪魔の膝骸腱反射」


第一章「夏休み」


 夏虫色のティーシャツを着た少年が大きな白い虫取網を右手でヒラヒラとさせながら駆け抜けて行った真夏の朝、井上陽水の(夏休み)が、脳裏でテロップの様に右脳から左脳へ流れ出した。

「何を取るの?」昨夕に羽化したクマゼミの防音壁の様なセミ時雨に負けないくらいに声を張り上げた。

「ドラゴーン!」何だか懐かしい少年のシルエットが立ち止まりこちらへ振り向いて左手を右方向に差しながら走る!白いキャップが可愛かった。

 横切る間際に聞いたから少年は慌ててコンマ一秒考えオレにそう言い残して2軒目の角を右に曲がった。

 ドラゴン?ドラゴンフライね、オニヤンマか・・・。

篠山教授がそう教えてくださった事を思い出したので、少年と同じ二軒目の角を右に曲がってみたところ、私の眼の前に古民家風の築、近年のリフォーム済み中古住宅が立ちはだかっていた。

(売り家・東西エステート)標識にはそう記述されていたが、キョロキョロと辺りを見回さざるを得ず、ここを右に、確かに曲がった筈の少年を探したが煙の様に立ち消えていては、不思議な感情は長くは続かず二階建ての当該物件を見上げていた。

良く此処まで来られた。波の様に過去が押し寄せ、感慨に耽る。

頭が割れそうに痛い!「大丈夫ですよ一里山さん!」だから痛いんだ右後頭部を手当てしたい!の、に、右手をグガッ!と捕まれている。

 部下の栃榊に!「大丈夫ですよ大曽根さん!」こいつ、なんて力 持ちなんだ!手をあてがいたいのに「バファリンくれえー!」まだ叫べた。

・・・・・。

「GLは何処で取ってるんだ?」ヤケに基礎が高い理由を探していた。

「実はログハウスを建築したかったらしいですね売主は・・・。」

「だから基礎高が1200なんですよ。」仲介業者の話しでは、売主は元々ログハウスを建築予定で駅前の土地を買ったそうだが、いかんせん用途地域が一種低層住宅ではなく近隣商業地域で、準防火制限がついていた。

 ここで建築するには耐火構造にしなければならない他、45分耐火認定のあるフィンランドパインでも木造の丸太組み工法という理由だけで地方自治体に建築確認申請が跳ねられたという。

「しかし、基礎まで打設してあるんだから認可されたんでしょ?」

東西エステート、社長の東西男墨(とうざい なんぼく)が、両掌を結んで畏まり静かな語り口調で語り始めた。

 さすが元プロ野球選手なだけあって、図体は大きい。が、声量は静かにスーパーウーハーなアンダースローだ。打者の手前で急に延びてくる生きた玉を投げていた現役を彷彿とさせていた。

「建築を請け負った工務店は建築確認が否決されたというのに基礎の建築中に倒産したんですよ。しかも不認可のログハウスを建てようとして高基礎を打設したところで力尽きたらしいですね。」経営危機により、ヤケクソで施主から建築資材の料金を貰ったうえでの計画倒産だったから地方自治体も事情を汲み取り建築中の計画変更と言う事で既申請の建築確認を受理した形にして高基礎の上に軸組みを建てたらしいですよ?」

 溜息交じりの東西は言い難そうに前方で組んでいた掌の指をモジモジしながら一里山犬太(いちりやま けんた)の方を見ながら薄ら笑いを浮かべていた。

 施主の年老いた母親は山小屋ではなく普通の家に住めるとあって、非常に喜んでいたそうだが施主の恐妻が買い取ったログハウス資材が勿体無いというので 三田市の大型分譲地に土地を買いさっさとログハウスを建ててしまい、年老いた母親を残してウッディータウンに移転してしまった。

 一人残された母親は虚脱感で食欲不振に陥り脱水から孤独死していた。

「事故物件ですか、それで安いんだな・・・。」

 事故物件は重説に明記するのが必須。この物件を東西エステートが買い取り移転登記して売り出せば売主が東西エステートとなり従前の履歴は重要事項説明書に明記するんは任意になる。

「はい、二階の北側の部屋に腐敗したお母さんが倒れていたそうです。」

「ちゃんと洗いを掛けてあるそうですがフローリングに染みがあって、中々取れなかったからフローリングを張り替えたそうです。よ?」今の説明で根が真面目な社長の佇まいが滲み出ていた。

 何だかホラーめいて来たところで一里山犬太(イチリヤマ ケンタ)は購入を決め、こじんまりとした喫茶店にリフォームした。店舗兼用住宅ではなく一時的に寝泊り出来るカフェタイプの飲食店だった。

 店の名前はショコラカフェ(ベンツ)。

その店名を付けた理由を一里山犬太は敢えて言わなかったが決して思い付きではないと、妻のキリコに真相を暴露していた。

 店舗のリフォームが終わり十一月一日に開店した。

引き違い格子戸風の玄関戸を開けたらバリアフリーの上がらない上がり框が出迎える。照明は控えめにした、これで車椅子の入店は可能だ。

 カウンターには広々とした鉄板が敷いてある。

ランチタイムに神戸ビーフを900円で提供する為だ。

 店内のワイドは約6m、客席は4席とその後方に4人掛けテーブルが2セット配置され明り取りに腰窓が広がり4mのワイドビューがパティオの蹲(つくばい)を強調している。

 カブトムシが樹液に留まるシマトネリコが彩り鮮やかだった。常緑樹を選んでいた。

「ノストラダムスの大予言は当たってますよ。」メガネを掛けた老人が言い切った。

「そ、そうなんですか先生!」ケンタの恩師篠山静夫教授(ササヤマ シズオ)は奇想天外な思考を持ちその影響でオレの思考は笹山教授を尊敬しているだけに真似ているし、そのインフルエンサーに翻弄されている。

「でも先生、1999年7の月、恐怖の大王が降って来る!のに全然降って来なかったんじゃ無いですか?」篠山教授に詰め寄る!呆気に取られポカンと口を開けて一里山を見返した篠山が、スローなテンポで言い聞かせる様に語り出した。

 教授は、裏六甲外語大学の講義が無い時だけに現れる。

「まあ、そうですね。」丸い銀縁がキラリと光った。

「ノストラダムスの時代は1566年です。そこから433年後の出来事を予言したんですよ、つまり世間の歴史は違ってくるんですねえ、。」言い聞かされていた。

「ノストラダムスの死後。の事ですか。」あっ!と驚いていた。気付かなかった。

「諸行無常な訳なんですよ・・・。」

「つまり、ノストラダムスが七の月と言いましたよねえ?」

「当時はセプテンバーが七月だったんですよ!なのに7月の呼称をジュライ変えた人がいる!」

「当時の世界は1年が10ヶ月しかなかったんですよ!ローマ歴の事なんでね?古代ローマはそうでしたね。」息継ぎもせずに語り掛けてくれたが、当時はセプテンバー・・・の先を思い起こすのに逡巡していた。

 ジュリアス・シーザー? カエサル? ソクラテス? プラトン?

「だから一年を調整するために12ヶ月に変更したんだそうです。」今の暦は、7月と8月、つまりジュライとオーガストが割り込んだ形になっている。

 「セプテンバーとオクトーバーが後退する羽目になりました。そんな事とは知らないノストラダムスは当時のローマ歴を使って予言したんですねえ!

だから当たってますよ?」一気に喋って一気にコップのアイスコーヒーを飲んだ!

「ああこれ!ミルクとシロップをください!」コンコン!コップの底が割れそうな衝撃を与えていた。

「七の月、詰まりセプテンバーです。9月の事ですよ!」

「恐怖の大王が降るとは、旅客機の事だったんですね!?」9・11テロ?

「ワールドトレードセンターが崩落した!ノストラダムスにはそう映ったんですねえ。」

「第3次世界大戦は中東から始まると、予言した彼にアルカイダのビン・ラディンを攻撃する米軍が映ったんでしょうね?」開店3年目の篠山教授は矍鑠としていた

「ちょっと頭を捻れば直ぐわかるんですがねえ・・・。」

何故分からないの?と、篠山教授は不思議そうにケンタと店内スタッフを一瞥してごちそうさまと、礼儀正しく仰って帰って行った。

 「パパはカフェ以外に何かヤリタイ事あるのかな? アタシはユーズドカービジネスだね。」白いブラウスを着たキリコが豊かな胸の下辺りで腕組みをしながら上から目線で言い切った破天荒な妻は突っ立っていたし、僕は車イスに座っていたから見下げなければ話しは出来ない事ぐらい察しは付いていたが、男のプライドか・・・。

 木枯らし1号が吹き荒れる中、ビッコを惹きながら一本杖を右手で持ち、アット ステッキなスタイルで、右足の振出しを踵を優先して着地するように意識して歩いた。

 そうすれば左足の振り出しがスムーズに行えるからだ。

寒さで左肘が筋緊張して90度に曲がっていたが・・・。

 新開地行き急行に乗るために岡場駅へ向かう。

これはPTに教えてもらった訳では無くデイサービスの介護スタッフに教えてもらって今、実践している。

 メトロ神戸の串カツを食って自棄酒を飲むために!

 左膝を右肩と左の爪先までのラインを頭で描き、つまり空想だ。

そのラインに左膝を沿うように内角に上げると足が外旋にならずに真っ直ぐ振り出せる。これが、片麻痺の人の歩き方らしい。

 標準の歩容を考えるならばこれに限ると言われ素直な気持ちで受け入れた。


 しかし、全ては順調だった筈?

何処から狂った?全ては・・・。

 全てはキリコの、旧姓鬼瓦桐子の存在!オレの妻!

「オイ一里山犬太!オマエ役立たずだな、商品の中古車ぐらいオークションで落として来るなり客の車を買い取るなり仕入れてこいや!」売る弾が無いなんてカオスなんだよ!背中越しにに罵声を浴びせられオレはギリギリと奥歯を噛み締め苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう・・・。

 普段は赤い半透明のビンに入った芋焼酎を好んで飲んでいた。

水割りを五、六杯、時にはロックで、つん!と鼻に来る濃い薫りを楽しみつまみの目刺しを噛っては染々ゴクリ!と点滴の様に飲み続けた。

 やがて、夜半になり布団に寝転がったが、ドラゴンの老害のような地獄の底から響く様な音が聴こえて来る亡者の唸り声の如く地響きを立ててオレの喉から飛び出て来るイビキにキリコは苦虫を噛み潰していた。

 時折、息がピタリ!と止まった。

「死んだか!?」オレを覗いた刹那にガオー!とやるからキリコみ閉口し、右ストレートを見舞ってくれた。

 血圧は上155の下85がオレの標準だった。

東京に本社のあるハウスメーカーの徳島支店に支店長として単身赴任していた。

 仕事が終われば高知県民が泥ラーメンと呼ぶラーメンを食べ、汁まで飲み干し餃子を注文しては生ビールを四杯ガブガブ飲み帰宅してはルーチンの芋焼酎の飲酒を繰り返していた。

 昨日までの出来事を回想しながら田尾寺駅辺りの(喫茶ベンツ)から岡場駅を目指して一本杖を使い歩いた。麦藁帽子を被って来るんだった。普段から健康な身体のままのつもりだったから時々オレの身体は万能じゃないと思い起こされる。それの刹那が辛い。

 岡場駅改札。「ちょーっとオニさん待ちなはれ!」いきなり自動改札の扉が閉められ額の禿げ上がった横半分白髪の太い枠の黒縁メガネの駅員が駆け寄って、駅長を呼ぶ笛を鳴らしやがった。ピュウワワー、ピュウワワー、二回も鳴らしたから駅員は気が済んだ様にお客さんあんた・・・。

 変な笛の音色で恥ずかしがっていたオレの心は踊った。

「あんさん顔に妻キライと、書いてまんがなアルヨ・・・。」なんだ?コイツ!中国人の真似をする駅員に憤りさえ覚えていた。

「書いて無いよ?」次の出方で発狂してやる!虎視眈々とストレスの発散機会を狙っていた。

 だが、駅員はオレの顔やおでこや耳の穴までもを繁々と見詰めて。

「何を言う天然記念物?」眉をひそめて上から目線でそう言い放った。

サージカルマスク越しの発声は声が篭ってモゴモゴとしか聴こえないからそう言うのか?と改札の手前で立ち止まっていると、手鏡を持って走ってきた駅員に鏡を見せられマジマジと自分の顔を垣間見た。

 「キリコキライ!」目尻の皺とほうれい線が口角の切れ込みまで届く顔面のレイアウトでそう読めた。

「なるほど。」そう言って立ち止まっていると、中国人の駅員が「キリコ消すか?」と、耳打ちしてきた。プンとタバコと金木犀の匂いがしてきた。ロングピースの甘い香りだった。

 そういえば金木犀の香りのする校門を潜り商業科の鈴蘭台西町高校へ通ったものだ。

17歳の頃だった。


第二章「鈴蘭台ラブストーリー」

 

 放課後の校庭を一人走るキリコの姿が眼について躍動する女優のオーラがキリコにはあった。

 ときめいているにも気づかずオレはひとりでに声が出てキリコとすれ違う度に応援し続けた。何で走っているかも分からず、キリコの姿しか見えないオレは完全にイカれていた。

「オイ、ケンタ!」上級生に促されてラグビーボールを右足で蹴った!

ハイパントダッシュ! ラグビー部のメニューでハイパントを蹴ったと同時にボールの着地点まで間に合うようにダッシュし、クルリと踵を返しマイボールを捕球して味方のラインにパスを送る。ハードでアクティブだった。

何故踵を返してボールをキャッチするのかというと、そのまま敵ゴールに向けて自身の身体より前でキャッチするとオフサイドになり、ペナルティーを取られるからだ。

「マイボール!」上を観ながらダッシュ! ボールの着地点に急ぐ、ヨシ!正面を向く!右手にキリコ、左にはレフトウイング! キャッチしたら即、左ウイングへパスだ! ! クルリと踵を返しキャッチ1両手をひろげてボールを待つ! 筈だった! ドーン! ウワッ肩甲骨に衝撃が走った! 

「大丈夫か鬼瓦!」オイオキロ! の声で気がついた。

 ここは保健室?左のベッドにはキリコがこっちを向いて睨んでいる。

「捻挫だよ。」全治一ヶ月なんて高校インターハイに間に合わないと言われた。

 オレはキリコを観ずに天井にゴメンと謝った。

「どっち向いとんじゃ!」ギリギリとキリコの歯軋りの音で大分怒っている事情が読み取れた。

 でも・・・。キリコの横に寝られるなんて・・・思いも寄らぬ幸運。

「昼下がりの保健室」ロマンポルノめいたタイトルが出て、色んな空想をしていた。

「これから毎日送って帰るれよ?」キリコがオレに命令・・・。

 泣いている? 視力0.01のオレにはハッキリと認識出来なかった。でも、鼻水を啜り上げる音で分かった。もう一度キリコの方を見たがキリコはもう仰向けで眼を閉じていた。

 横から見る寝顔も溜らん!・・・。

鈴蘭台から菊水山方面へ走る準急に二人、無言で揺られていた。

「フレアベーカリーって知ってる?」口火を切ったのはキリコだった。

「最近カレールーが入ってないカレーパンの売り上げが好調で一部上場したパン屋?」

「パン屋って言うな!」ボコッ!左の裏拳が炸裂した。

白いハンカチで花血を拭きながら床に吹っ飛んだ銀縁メガネを拾い上げ「ス、すいません。」

 ペコリとした後、キリコをチラ見してカバンを膝上に戻すと、「そこへ就職が決まって・・・、ウワッ鼻血が出とうやん大丈夫か弱タン?」弱たんて、オレの事? で、キリコには一里山くんとかケンちゃんとか呼ばれなかった。

「へえー凄いやん?」


「コレコレ! 何をボーッと突っ立っとるか、新開地まではくぴゃく円払え。」

オーット、我に帰ると先ほどの駅員が眼の前にたちはだかり通せんぼをしていたが、そっと耳打ちしてきた内容は、「アンタのヨメはん殺してやろか?」一度はダメな発音で却下したが懲らしめてやると言いたかったらしく、「オモロイやんか」と、二つ返事で承諾したが、謎の駅員が言うには駅員は中国のヒットマン、所謂殺し屋をやっていたがある時、誤射で国宝級のパンダを撃ち殺してしまい日本へ島流しにされたらしい。少々刑罰は日本なんて複雑な思いが過ぎるが、中国人の名前は、「リャンシー。」

 何だかキョンシーみたいな憎めない謎の駅員に打ち解けバイバイと手を振って分かれた。

キリコといえば相変わらず、一人で立ち上げた中古車販売会社が好調だった。

 毎月の移転登録が15件を超える有様で、販売する中古車はEーAE86ばかりだった。

所謂ハチロクは、昭和の名残でFRの車体が完全なるドリフトが出来るとあって、暴走族風ののヤンキーな兄ちゃんと姉ちゃんに人気を博していた。

 メーカーオプションのノンスリップデフでも付いていたらプレミア並みのプライスで右から左状態だった。キリコの販売戦略センスにはおそれいっていた。

 ショコラティエを融合した「喫茶ベンツ」はそこそこ毎月食べていける売り上げがあったものの中古車ショップの年商が一億円えお上回り大きく水をあけられていた。

 神戸オートオークションにて事もあろうにキリコは事故暦の無いハチロクを仕入れていた。

 ここはオークションの出展台数が1000台を超える。一台のオークション時間は10秒足らずだ! モタモタしていては競り落とせないから予め出展車を一台一台、見て回って居る様だ。

 走行降距離、タイムラグ、Vベルトの撓み、ボディキズ凹み、事故跡、職権打刻の有る無しの確認、フレ番(車台番号)型式の後に数字でフレームに打刻してあるやつを見て回る。事故車のチェックだ。


 昔、中古車店にアルバイトとして勤務していた頃、フレ番にXYZを数字に混ぜて打刻してある商品車を職権打刻と知らずに売ろうとしていた社長が居て、どれだけ説明してもフロア及びフレーム交換の大事故車だと理解してもらえずそこを辞めてしまった経験を思い出していた。

 自殺車を何食わぬ顔で販売した経歴を考えればそうだと思える。

「フーッ、駐車場が無いくせに買いに来るなよな。」

 キリコの愚痴?

「駐車場が有るように保管場所を偽造して登録出来んかねー。」

 所謂、車庫飛ばしと言う犯罪で、オレが勤務していた日本ダントツ自動車メーカーの販売ディーラーの販売員がそれに加担し、警察に逮捕される始末・・・。

やがてそれは落ち着き、レアのプロトコルに甘んじている。

 キリコといえば元暴走族レディース「ベニオトメ」の総長で、オレと結婚したいが為に無理やりチームを解散させ、掟ではチームを抜ける際、チーム全員からリンチに掛けられても大人しくその場を去るのが定石だが、キリコに限ってはリンチに掛けようとしたチーム全員をボコボコにシバキ上げ、不良少女の間で語り継がれる程の伝説になっていた。

 もはや戦いの神アレスだった。

キリコは礼儀正しくキレイに戦う。のではなく、狂暴で残虐無道なタイプだった、勝つためには手段 を選ばない道を極めた誰からも恐れられる元総長で、ベニオトメのメンバーには用意して来た五寸釘を打ち付けた木製バットを振り回し、相手の東部や耳の穴に五寸釘の頭を抉りこませ、頭皮を切り裂き!耳をチューリップの花の様に切り開く事に喜びを感じ、鼻に至っては白い鼻骨が見えるくらいにまで捲れ上げていた。恍惚感さえ垣間見えるアレスはバリーの集団さえ敵わなかった!メンバーの顔面をズタズタに切り裂いたこの立ち廻りは関西のレディース総長さえまでも自動的に配下に付かせていた。

 オレが新開地から帰ると、田尾寺駅前の中古車展示場は人っ子一人居なかった。

閑古鳥が鳴いているという言葉さえも似合わなかったが、キリコは何処だ?西日が眩しい秋のこの時間は無性に腹が減りカフェベンツのチーフにカツサンドを作ってもらい社長室で食べるのがルーチンになっていた。

 晩秋に入ろうというこの11月に夏が来たような気候だった。

 展示中の黒いアルファードのフェンダーをパンパン!と叩いたらまだ目玉焼きが出来そうなくらいに熱く焼け焦げていた。

 11月も十日を過ぎようというのに残暑厳しいですが、という季語が使えそうに盂蘭盆会が留まっているそんな感じが遠く懐かしく思えるのは季節の移ろいに従順にも気温が下がって来る事を肌で感じられる日本の秋が終焉を向かえようとしていたからだ。

 パタパタと足音のする方を見れば紅葉のモミジの絵をプリントした長袖のティーシャツを着た少年が白い虫取り網をヒラヒラとさせて、駆けて行った。

「あ、あの時の!」名前を思い出そうとしたが名前を聴いてなかった事に気付き踵を返した途端、先ほどの謎の必殺仕事人リャンシーが顔をボコボコに腫らせて横たわっていた、声をかけようとしたが、「ああー、じょ、女王サマ・・・。」ど、ドM?駅員の身体がピクピクと、恍惚感さえ漂わせるかのように腫れて流血した顔面がテカテカと光り喜びの形相をしていたその顔が・・・。

 観てはいけない様な物を見てしまった焦燥感に囚われ焦ったが、「キモイんじゃ殺すぞ!」オレもキモイし、ドMの必殺仕事人なんて殺してやりたい!そういえばフーッと、パーラメントの白い煙を吐きながらキリコがクソキモイと言っていたよな・・・。

 丸でエクトプラズムのようにキリコの顔に纏わりつきその煙を払い除けようとしてタバコを挟んだ右手で顔の近所をハタハタと仰いでいたが、「アッぢィ!」と言ってその駅員の左横腹をトゥーキックしていたのが眼に留まりププっと、笑いそうになって、キリコと眼が合った。

 見てはいけないモノを見てしまったのかオレは? 逡巡のさ中、ビクビクビクン!「あッ! クローヌス!」歩き過ぎて?足が冷えた?オレの麻痺側は足が疲れて僅かな温度差の冷えでも麻痺した筋肉がビクビクと背掘低掘、背屈低掘を意思とは無関係にビリビリと左足の筋肉が収縮を繰り返し、想像以上に痛みを受ける時がある。それが今だった。足底が痛む!爪先がクロートゥ。だから筋緊張したら痛みますよ?」理学療法士の言葉が蘇る。」

 呼吸を止め痛みに耐え収まるのを待つ。その間麻痺足が痛くて何も出来ない! オレの身体の不協和音。

「お帰り、痛いのかパパ?」リャンシーの背中をピンヒールで踏ん付けオレの傍に近寄った。

 クロートゥが痛い! 最初に声掛けをしてきたのはリャンシーだった。

「こっちが痛いのかと言いたいとこだよ、どうしたリャンシー?」

「う・ぐ・ガア!」急に芝居を始めやがった。

「殴られた」タイムラグが10秒チョイ・・・。

 必殺仕事人が江戸に存在していた時代、江戸中の男はみんな女房が死ねばいいと思っていたらしい。それはオレも同感でいざ結婚してみたら配偶者の性根が見えて来て、辟易している旦那連中を少なくとも3人は知っている。

 しかも恐妻家で妻の横では鎮!と、静まりかえって存在感が皆無。

マスオさん並みの透明感が痛々しい。

 出遭った頃は、「君の事を何時までも護るし、幸せにするよ。」

「うん嬉しいわアナタ。」ウルウルの瞳で見ていたクセに!

それがどうだ?5年も経てば護るのはオレの会社での地位、オレの晩飯、オレの寝床、オレの睡眠!全部オレの為のモノとプライド。

 しかし、オレの子供は別。命を掛けてでも護る! 何でだろう?

「さぶい、もう冬じゃ!」と言いながら何か探し物をしながら展示車の下にもぐったり天井を覗いたり、挙げ句の果てには血だらけで倒れているリャンシーのズボンのチャックを降ろし覗いていた。まだ10月31日には5日後というのにシベリアからの寒気団が下りて来ていて長袖シャツ一枚では肌寒い気候だった。

 キリコはマジマジとリャンシーの股間を覗き何か考え込んでいたが・・・。

「あっ、」不意に気付いたのかカフェ・ベンツのドアを乱暴に開け店内へツカツカと入った。

 赤いライダースーツがボディーコンシャスだったからキリコの尻がピチピチしていて旦那のオレでさえ欲情するときがある。

 同級生でも姉さん女房的なのに怒ると怖かった。

ドーン!ガシャン! ショコラカフェのフロアスタッフと食器が壊れるノイズが脅迫的で、秋風が身に染みる。見るとお地蔵さんタイプの長谷川種雄(ハセガワタネオ)が口から血を垂れ流してニヤニヤと笑みを浮かべていた。「気色悪いやっちゃのう!」何でもキリコの尻を舐めるように眺めていたとかで、キリコの逆鱗に触れてしまった訳だ。

 先月にトッツァンボーヤ風の石谷寛太(いしやかんた)がキリコの胸を触ったとかで血祭りに上げられて以来の血祭りキリコ劇場が開園した所だった。

 「おいキリ、カフェを破壊するなよ?」と、だけ言って赤いフルフェイスの「ARAI」を渡してやった。

 「アーッ、これこれ、サンキュ。」とだけ短く言い彼女はオレ目線で笑みを浮かべ「ロッコな?」短くオレに行き先を告げバオン!ブオオオン!と750のセルを回し、勢い良く六甲山のワインディングロードへと駆って行った。

 キリコのマフラーの跡には秋の旋風が舞っていた。

こんなことならヘルメットを渡すんじゃなかったと後悔したりして・・・と過ぎったが、長谷川の手当ての方が喫緊の課題!そっちを優先した。

 その頃ウッディータウンの樫木(カシノキ)家は一人息子を持て余していた。

樫木祥平(かしのきしょうへい)は 元来虐められっ子で小中学校は、月の大半は欠席していたが、そこは義務教育だったからキチンと卒業出来ていた。

 小学校の給食が嫌いで、特にボイルしたキャベツとベーコンはカメムシの匂いがして嗅ぐのも吐きそうになる一度、子ハエの幼虫がグツグツに炊けてキャベツにくっついていた事があったからからキャベツを見るのも嫌だった。

「オマエ、又残しとんのか。これでも食らえヤッ!」パラパラとキャベツベーコンの入っている金属食器の上から何かを降りかけた!良く見ると、緑色の物体がモゾモゾと動いている。

「ウワッ芋虫!」翔太は頭を抑えられ身動き出来なかった。

「口を大きく開けてごらん?美味しいぞ。」無理やり翔太の口へねじ込む!歯を食いしばってイヤイヤをしたから芋虫が潰れて内臓のドロドロが祥平の口腔に侵入した。

「に、苦い! ウエッ」生臭い変な匂いがする! 酸っぱい胃液が上がって来た!

「爺ちゃん! いつか殺してやる!」そう思いながら白黒のハチロクアペックスのステアリングを操作した。

 この恨みは孫の代まで引き継がれて行った・・・。

事もあろうか、白いブタと呼ばれた祥平の体形をも継承していた。

  FRの車体のリヤクォーターが左に滑る! 左に逆ハン! 車体ごと左に滑った!「ヒャッホウ!」オモロイ! 独りでに叫びながら逆ハンを繰り返した。

 17番カーブ辺りから山道が厳しくなって、カーブの前方が見えず、逆ハンを切るのも命懸けだった。

 しかし、樫木翔太(かしのきしょうた)は逆ハンを切る度に高揚した! 右カーブと向こうの左カーブの反対車線に割り込み直線で走っていた。

 ヒャッホウ!目尻が吊り上がり人とは思えない悪魔の形相を構え何時しか無言になっていた。

 六甲山ドライブウェイ72番カーブをやり過ごし、いよいよ最終カーブへ・・・。

  キリコの眼には晩秋の木々が色付いて道路の向こうの、二手に別れる紅葉の刹那が好きだった。

 目くるめく木漏れ日がランウェイのライトの様で総長を張っていた時にもここを走った事がある。

 何もかも忘れられた・・・。

 一人の女になって行く様だった。

 ドドドドドド!赤い怪物のエンジン音が小刻みに体内に響く。

欲情していた。

 後方に30台余りの手下のバイクが連なっていた時は何も感じなかったが、今は違う! ケンタの妻だもの! 

 帰ったら抱かれよう。

ケンタが脳出血で突然倒れた時は、眼の前が暗くなって絶望感が纏わり着いたが、心を鬼にしてケンタの尻を叩き続けたら車椅子を降りて独歩で新開地まで電車に乗って帰って来るまでになってくれた。

「愛してるよパパ!」頂上のヒルクライムうさぎは、小雨から時雨に代わり六甲山頂の冬の冷気が重くのしかかっていた。濃霧で神戸の町並みが見えず・・・。

「帰るか。」出来たかも知れない。あの時と、あの時・・・。

 ライダースーツの上から下腹を優しく触ってみた。

 ドルルーン!帰路に就く。

750のカーブ走行は車体を地面すれすれに倒し、上体をエンジンカバーのカフル上に置き均衡を保ちハングオン、スピードを落とさずカーブを曲がる時、重い車体を操るには最上のテクニックだった。

 8番カーブは車体を立てたままで曲がった。

エンジンが慣らし状態の時だったからスピードは出していなかった。

 いよいよツーリング本番!ギアチェンジした!

 99番、ヘアピンカーブには六甲山から挑戦状を叩き付けられている気分に駆られた!車体を180度滑らせ翔太が逆ハンを切る! 750を寝かせたキリコがバイクツーリングの醍醐味と、いったヘアピンカーブに滑り込む!「アッ、レビン!」刹那ドッ! ガシャーン! カラカラとフルフェイスが転がって行った。

「羊飛び出し注意」の猪の画と盾看板の手前の側溝に750とキリコは嵌っていた。

「大丈夫つすかあ?」おろおろしていた割にはぞんざいな調子伺いだった。

気絶して頭部から出血していたキリコをマジマジと見ながら「なんや・・・鬼瓦キリコ。写真で観たぞ?」口許に当時の面影を残していたキリコの瑕疵を見つけた!

 屈んだ姿勢から直立に戻しキョロキョロと辺りを見回しながらキリコの嵌った側溝に下りて行く。

 ザワザワと冷たい秋風が六甲山の木々を押し退けて行った。

750が側溝にはまりハンドルがグニャリとU字に曲がっていた。

 キリコの赤いライダースーツは胸の膨らみが緩やかな丘陵を描きその下腹部の辺りにはこじんまりとした恥骨の丘があった。

 仰向けで無防備なキリコの艶やかな肢体を曝け出していた。

小学校で給食の時間に芋虫を無理やり」食わされた祖父、祥平の記憶が蘇り卑屈な感情が怒りと憎しみと呪いが沸き起こって、制御出来ない感情の起伏に立つ翔太は無力のマリオネットになっていた。濡れ落ち葉の香りが晩秋の山に存在する事を教えられ鼻からその空気を深々と腹式呼吸の様に規則正しく吸い込み気を統一しる。鬼の形相がキリコを繁々と観た。

 ジーーッ、左手で臍の所までジッパーを下げる。「オッ、ブラが黒い!」そそるやないか。」と呟きヨダレを拭いたら遠くからバリバリと、小さなエンジン音がしてきた為、木陰に隠れて様子を伺っていた。

 ・・・。

 午後8時。

「遅いなキリコは、もう帰ってええぞハセドン?」スタッフの長谷川と石山はかなり憤っているのが分かったから、手負いのスタッフの石山と長谷川を先に帰らせ、治療代の足しにしてくれと、5万円を現金で手渡した。

 ショコラカフェ・ベンツを閉店仕掛けたらフッとキリコが帰って来るに違いないと店のシャッターを下ろし、残った食器の洗浄をしながら、それにしてもリャンシーは必殺仕事人ごっこをしたかったのか?口ほどにも無い弱さだった。「弱ッチー。」独り言を言いながら皿洗いをしていた。リャンシーが本当のキョンシーになりかけていたな・・・。」そう思ったら笑いが込み上げて来て顔面が崩れたその時、バンバンバン!シャッターを叩く音が喧しくて、キリコが帰って店を閉めた事に怒り力任せにシャッターを叩いていると思いシャッターを上げたが、そこには真っ暗闇の中に顔が腫れたリャンシーが立っていた。「何やリャンシー、どうした?」

「もう辞めるよアンタのヨメはとんでもない!退職金くれ?」

「アホかそんなん無いわい、雇用契約を締結してないのに無効や。」と、憤るリャンシーを帰らせたあと、別にキリコは嫌いな訳でなく、あの時は夫婦喧嘩をして店を飛び出しただけだから何とも思ってないのにリャンシーが焚き付けたんよな・・・。

 聴けば少林寺拳法2段だと豪語していたが、大したこと無いな。

 それにしてもキリコは遅い!スマホにかけたが電池切れのようだ。

リャンシーの通勤経路は「ロッコさんから表ロッコを降りて灘区ロッコさん町に帰るヨ」だったから六甲山のワインディングロードを通過する筈だから事故でもあったら直ぐ分かると、高を括ってリャンシーに頼んでおいた。千円札を握らせたら喜んで「一生着いて行くよ!」と宣言したから丁重に断って帰ってもらった。

 灘区の八幡交番から巡査が来たのは午前4時過ぎだった。

「携帯していたスマホと運転免許から本人と住所を割り出していたらこんな時間になってしまい申し訳ない。」

 「今、奥さんは中央区の労災病院で治療中だから迎えに行って欲しいです。」

と、事務的な抑揚のない言い回しでそう告げて帰っていった。

 事故か、採りあえずホッとした。

実質的にホッとしている間もなく、キリコが運転していた750の現車を預かっているから交番ではなく明日中に灘署まで取りに来て欲しいと言われたので翌朝に早速リャンシーを呼んで引き取りに行ったが、水道筋商店街が近所にあるため、買い物の主婦連中が右往左往していて、車で惹きそうになりつつも灘署の裏手にある駐車場から入る事にしたが、これが駐車場は駐車禁止の移動車輌や通勤した警察官の自家用車で満杯状態だったので、ぶつくさ文句の多いリャンシーを車の番にして駐車場の通路に停めて担当部署に入って行った。

 「奥さんの所有物の単車と、EーAE86トヨタが有るから持って帰ってね?」

「イヤ、簡単に言われてもレッカーもってないし、そんな準備してませんよ!」

「ウチにもレッカー無いし駐車場は一杯やからな持って行ってくれよな?」

警察官との押し問答に斟酌して、レッカーを呼び運ぶ事にした。

 兎に角キリコが寝ている労災病院まで行かねば!

 そこは急な坂道を上がって右に駐車場があった。2台分空いていた。

接道の幅員4mの北側はもう灘区だ、長峰台と住所はそうなっていた。

 受付に一里山キリコの病床は? と聞くと事務員は怪訝そうな表情を崩さず、そこの廊下の右手で三番目のドアがそうですと言ったきり顔を上げないで書面に何かチェックを入れていた。

 消毒液の匂いが辺りに充満していて、飽和包帯の異臭がしみこんだ様に黄色く古びた通路には黄ばんだ壁が立ちはだかり 手摺代わりに壁に伝え歩きをするのが拒まれたが、 三番目のドアの標識には「霊暗」と、書かれてあった。死体がある? リャンシーを見た。 が、「死んどんか?嫁ハンは?」リャンシーの物言いは明け透けで人の心を抉る暴言だ。

人種が違うからと、無理やり納得させリャンシーに睨みを利かせ無言でドアを開けた。

 そこには薄暗い照度に合わせ電気式の蝋燭を象った灯りが点っていたが、ドラマにようくある線香の煙は」漂っていなかった。

 しかしこの雰囲気は好きになれないと思いながら眼を泳がせていたら固定式の長机のようなベッドに寝かされたキリコを発見した! キリコ! 思わず声が出て、駆け寄ろうとしたが片麻痺の左足が上がらずこけそうになって、傍らを固めていた警察官に助けられ礼を言ったが、キリコはそ知らぬ顔で・・・。動かなかった。

 リャンシーがキリコに被せてあった白い布を外したら見慣れたライダースーツと見慣れた頬、鼻、瞼、額、耳、髪型、所々切り傷がある。痣も!

 ピレリ205/50のタイヤ痕がキリコの頬、首、手首、足首の至るところに着いていた。「痛かったな、キリコ・・・。」涙がにじみ出て、決して同情ではなかった。

 キリコの痛みが脳裏に飛んできたからだ! それに憑依して、波長が合ったからだった。

あんなに喧嘩が強くて昨日まで元気でピンピンしていたキリコが・・・。

「あ、それとね。」思い出したかの様に立会いの警官の一人が、懐の内ポケットからノートを取り出だして、オレに渡したから必然的にそれを見たが・・・。

 その刹那、キリコがイジらしくて可愛くて哀れで済まなくて悔やんでも悔やみ切れない想いを募らせ大粒の涙を迸らせた。

 うっうっうグゥウ・・・、泣き叫んでしまいそうでそれを抑制するのに下唇を噛み・・・、一部始終を見ていたリャンシーは間抜け面を引っ下げツカツカとオレの傍らに寄ってきてオレの顔面を覗き込み「吐きそうか?」泣いていなければ殴っていた。

 「おまえ・・・。」

「TPОに合わん!」そういうのが精一杯だった。

「兎に角事情をお聞きしたいので聴取室へ案内します。」

 警察官二人が出て行きオレもそれに続いた。リャンシーも後からついて来る筈だったが・・・。

「ちょ、ちょっとマスタ!」

 振り向いたらリャンシーの左手首を掴んだキリコが起き上がっていて「パーラメントくれ。」

痛い!と言い首の後ろを押さえながら顔をしかめていた。

 ギョエーッ!と叫びリャンシーを一発殴って「オマワリさーん生き返ったでーッ!」と叫び先に行った警察官」二人を呼び止めその場で事情聴取が始まった。

 法医学者も呼ばれてドラマさながらの光景が繰り広げられていた。

死を看取ったドクターも「良くある事ですわー、アッハハッハハー。」と、思い切り笑ったあと、もーチョイで解剖されるとこやった。と、半笑いの表情を浮かべ部屋を出て行った。

 高橋奈緒美と書いた名札の看護師がオレの目を見てペコリと、頭を下げ、先に出て行ったドクターの後を追い出て行った。彼女が出て行く時にチラリとキリコに一瞥をくれたが、キリコは気付かずリャンシーもオレも剃れどころでは無く、喰らい部屋から薄暗い通路に出た時の明るさときたらもう眩しくて別世界の様だった・・・。

 己の誤診に顔が引き攣っていた様に思ったのはオレだけか? 兎に角リャンシーはすっ呆けた仕事人で、キリコが怒って手首を掴んだ事で、余りの恐怖心にションベンを漏らしていた。

 「汚ったネエ!そのまま帰れよボケ!」キリコがそう言うのに換えのパンツやズボンなど持って来ている筈も無く「ちべたいヨー、マスタ。」と言いながら内股で股間を押さえて、大勢の患者が観ている待合室を通過して帰った。

 キリコは事故のショックで一時的に身体障害や脳障害が出るだろうと思われたからドクターに何があっても驚かない様、心構えを持っていろとの事でいい終わったドクターはノックもしないで注射器を片手に入って来たテレビゲームのプヨプヨに良く似た看護師長のスッピンに眼球と舌が飛出るほどにブルーフェイスになって小刻みに震えていた。

「腹減ったパパ、カツオの叩きが岩塩で食いたい。」アルコール臭の漂う通路を抜けて駐車場に出たら日の光を直接受けてキリコの体内時計が一斉に動き出し空腹感を覚えたキリコが訴えて、「リャンシーに土佐へ行ってカツオを釣って来いって、言ってくれ。」助けを求める眼差しをケンタに送るリャンシーを尻目にスマホでアクセスを検索し終えて地図あるで?と言い、リャンシーに素っ気無く渡した。

 「マスタ悪魔ネ、仕事料まだもらってないね!いつくれる?」

「なにをゆーてんねんきねんぶつ!?オマエ、キリコに見事にシバかれとったやないかい!金は払えんな!」ケンタの言葉を噛み締めジッと考えて打ち明けた。

「でも、マスタ生き返らせたは、私ね?百万円ちょうだい。」

「どうやって蘇生させた?」食いついて来た!嬉しそうにウンウンと頷き説明を始めた。「乳首をツネッタよ。」人差し指と親指を使い反時計回りに摘んで回したと言う。

「は?オマエ!」オレとキリコがそれを聴き、握り拳を振り上げリャンシーに突き出し今にも殴りかからんばかりだった!

「チガウよマスタ冷静に!」慌てて両手で制止したリャンシーは回らぬ舌で説明を繰り広げた。 

 キョンシー蘇生法第一条一項に基き心臓に近いなるべく敏感な部位を狙い、衝撃を与えた。

 乳首を反時計回りに回したのは体内時間を逆行させる為で決して貴方の妻をどうこうしようとしたのではない貴方の妻を蘇生させる儀式だった事を懇々と説明し、ケンタの拳を降ろさせた。 

「おいケンタ!そいつを殴らせろ!」リャンシーの説明を一部始終聴いていたキリコは人間の生理現象に驚き逡巡したが、このモヤモヤを納めるにはどうしたら良いか分からず、 ティーンエイジャー並みの性格を最大限背伸びしての考えだったが。女の一部が垣間見えたと、ケンタにおはそう見えていた。

「分かった、リャンシー・・・。有り難う。」

「キリコが女としてムカつくのは分かる。でもなキリコ・・・。」

 神妙な表情になってケンタは語った。

「キリコを失ったと知った時、オレの中の愛が開花したんや。」

 今まで愛していた事に気付いた。

キリコに毎日偉そうな態度を取られていつかは抑えてやろうと思っていたが、ケンタにとってはキリコは掛け替えのない存在、必要な存在、キリコの子供を作ってやれなかったのは、失策の極み・・・。


第3章「恩師 篠山静夫」

 

「昔々、『ハロウィン』という恐怖映画が来日しました。

それは物凄く怖くて終わりまで眼を見開いて観たんですが、日本にはまだハロウィーンが無かった時代の話しなんですよ。」笹山教授の話に全員食いついていた。

「この映画が公開されてアメリカの民家で日本人中学生が撃ち殺されたのを機に日本にもハロウィーンが日本の若者に受け入れられて根付いたんですねえ。何とも皮肉な話しなんですがね。」コーヒーを一口飲んでカタリとカップを置いた。

「兎に角アサギマダラが六甲山の高山植物園に飛来しているんですよ。」

「フジバカマがお目当てなんでしょうねえ、蝶の神秘かなあ、ちょっと一里山さんも生態系を調べて観ませんか? まあ、次回の時に藤袴をお土産に持ってきますよ。アサギマダラが来ると嬉しいですがねえ。」と、言い残して彼は帰って行った。

 篠山教授は時々、裏六甲外語大学の講師の合間にコーヒーを飲みに立ち寄ってくれる。好みの酒粕チョコレートを頬張りブラックのコナ・コーヒーを飲むのが大好きなんだそうだ。

 次に教授が来店されたら満足のゆく回答ができる様にアサギマダラについて調べる事にして、パソコンで調べた。

 5月下旬から6月上旬にインド北部に発生したアサギマダラは南下を始め次に日本へ北上するのは涼しい場所が好みな訳で、昆虫といえども暖かい地方に生息するという子供ながらの常識は捨てないといけない気がしてきた。

 そして徳島の海岸に舞い降り、羽を休めるといわれているが、その後は藤袴の生息する六甲山の高山植物園にやって来る。

 藤袴の花は白く細い可憐な花びらだがそこから匂いがする訳でもなく葉や茎から芹のツンとした匂いがするのでそれを目指して飛んで来るのか不明だ。

 花が枯れたら同じような匂いがするそうだが、彼らの寿命は、羽化後4ヶ月か5ヶ月くらいなのでそこで交尾をし、産卵するのだろう。

何せ生まれてから2000kmの旅をするらしいから昆虫の体力には恐れ入る。

 幸いキリコに身体障害や高次脳機能障害の発症は見受けられ無かった。

寒い日にはショコラとコナ・コーヒーが良く注文に出る。

ラストオーダーが終わり最後の客が帰って閉店準備もバックヤードの論議を残すだけとなったが・・・。

 「車体のカラーナンバーを見るにはボンネット裏のコーションプレートを観る事だなキリコ?」何百回となく言って来た事だがキリコには学習能力が無いと見えて同じ事の繰り返しばかり。

 しかし、キリコの体力と忍耐力にも感心する。

高校時代、キリコは生徒会長のままで卒業出来た。

 生徒会長選挙の時だったか、「ラーメン中華クラブが出てきたね。生徒会選挙の行方はどうなるか分からないよ?」

俺達は略して中華部と呼んでいた。

「部員が290名に膨らむ。全学年の三分の一に相当する人数だ。」全校生徒が960名だったから中華部は巨大政党の反眼の組織と言えるその中華部が選挙活動で部員一人につき5人まで取り込むという政策が発表された!中華部キャプテンは立花奈緒美(たちばななおみ)というラーメン屋の一人娘で、不良グループ(ベニオトメ)の反眼の(ベニショウガ)の女番長だった。

 「そういやナオチンがラーメン券を配ってたよな。」喫茶が閉店でシャッターを降ろし、スタッフ全員が集まってバックヤードを会議室にした着替えもせず討論を交わす癖が着いていた。それは良い事だろう。

立花ナオミの取り巻きはいつも20人程度は居入れ替わり立ち換わりまるで細胞の新旧交代のようで、そのコロニーは分厚い一枚岩のように鉄壁を誇っていた。

 ナオミが配っていたラーメン券とは、ラーメン屋の年間パスポートという一年中ラーメンに関わるメニューなら餃子・ライス・しゅうまい・野菜炒めなどどれでも無料で食事が出来るチケットだった。

 そしてナオミを裏切り取り巻きを抜けてキリコに投票したら報復が恐ろしがって誰も取り巻きを抜けようとせずナオミの二番手争いにも激化し、いつもナオミコロニーは賑やかな上に静けさが不気味だった。ただ立花奈緒美の傍に黙って居るだけで、一目置かれるからステイタスを感じていたのだろう。キリコは完全に無視していたが・・・。

 「その投票に何があたんか?」ラーメン屋と聴いてリャンシーは故郷に懐かしさを持ったのだろう執拗に食い下がり、「もう忘れた。」後頭部に後ろ手で、天井を見ながら答えたキリコはギシギシと、歯軋りをして今にも爆発しそうだったからケンタが変りに答えた。

「投票は立花が勝った!しかし、陰で手を回した事が選挙委員会にバレて失格になったよ。」

「なキリコ?」右足を椅子の座面まで上げ、膝頭に肘を突き黙ってケンタの言う事を聴いていた切子は、その姿勢を崩し、「ああ、決着をつけなイカンなあ・・・」独り言とも取れる声のトーンでその場の空気をなめす様に滑らした。溜息交じりだった。

 「ベニショウガやったら昨日喫茶の方にきてたよ。」

「マジで?」リャンシー以外立ち上がってファイティングポーズを取っていた。

「赤いシールの白抜きでベニショーガて書いとったね!」

自信ありげに鼻をツンと上に向けて右足を組んでいた。

リャンシーが言うには自動二輪の集団がショコラカフェ・ベンツの駐車場に停まり乱暴に入店してミックスチョコレートをバリバリとパンダみたいに食べ尽くして出て行ったらしく、その時に洩れ聴こえた会話が、ラーメン屋の立花復活開店だったらしい。

「駅前で店を作るゆうとたよ?」

「岡場駅前か?」何気に聞いたが・・・。

「田尾寺や、ここやとゆうとた。」人差し指をフロアに指しケンタを見ていた。

「ナニイ?オマエツ!」リャンシーを睨んだキリコを制してケンタはリャンシーと向き合い、「ここの土地がエエのか?」気に入ったのか?と、何度も何度も聞いてリャンシーも何度も何度も頷いて辟易としていた。

 そして、事故を忘れた頃に「樫木翔太を逮捕しました。」警察官の報告にカシノキショウタ? 俺達は全員ポカンと餌を求める鯉のように口を開けていた。

「あーっ!樫の菌、ばい菌のカシノキン!樫野木祥平思い出したっ!」素っ頓狂な声を上げたキリコを全員一致で観た!

 今何が起きているのかキリコ以外は知る由もなく無言の活劇のワンシーンは誰かが声を上げない限り終わりのない映画館の様だったが、TPOを考えないリャンシーが「腹減ったから帰るヨー。」そそくさとバイクのキーを取り上げリュックを背負ってツカツカとバックヤードを後にしかけたところで、「オイ、興味ないんかッリャンシー?」

 ケンタが右拳を一回ドン、とテーブルに叩きつけリャンシーの背中を睨んだので静止してリュックを外し、片方の引っ掛けを右肩に掛け直してケンタを振り向いた。無表情だった。

「この前きとたよ?腹減ったー。」リャンシーの言うには、ショコラカフェ・ベンツに来たベニショウガの中に樫木翔太が混じっていて、店内を見渡し「オレの爺ちゃんを虐め倒した鬼瓦キリコはいるのか?」

 怪我をして入院していると答えると、「黒ブラ。」と言いながら樫木祥平が小学校の時に虫を食わされたといつまでも恨み根に持って、「呪い殺したる。」と言いながらこの世を去った。と、いう・・・。

「随分酷い事したなキリコ?蘇生しなけりゃあよかたよ!」抑揚のない棒読みで言い放った。 

 黙って聴いていたキリコは、一回だけリャンシーを睨んだがすぐさまケンタに「汚点を残してもた。」歪んだ顔で絞り出した声に力は無かった。

 99番カーブに差し掛かったベニsジョウガの一団は、事故で倒れたキリコとその傍らにしゃがみ込む翔太を見つけた。

 その後方に左リヤフェンダーがベコベコにへしゃげたレビンアペックスを見つけた。

瞬時に事情を読み取ったキリコの天敵、立花ナオミは警察には黙っていてやるから病院へ運ぶのを手伝えと命令して人一人が運べる車を取りに行かせた。

 六車深雪(むぐるまみゆき)の自動二輪の後部に乗せて六車は流星のような速さで事を終えた。 

 樫木祥平は何食わぬ顔で中央区の労災病院へ救急搬送を出来た訳だ。

但し、連絡表に住所氏名電話番号を書いてしまった事は、悔やまれたし、警察は甘くはなかった。

「何でベニショウガはキリコを見殺しにしなかったんか?」ケンタの独り言に「永遠のライバルやからやで・・・。」リャンシーが言った事に頷き「そうかまあ、律儀な人間言う事やな。」と、話しを纏めたとき、死なれたら争点がブレるらしいでと、言い残し腹減ったと言いながらバックヤードから喫茶のシャッターをガラガラガシャンと上げ、単車の爆音を残して灘区青谷町まで帰って行った。

「孫が復讐に来る年が経ったんやなと、キリコに話しを振ったが、「後、15年で還暦やもんな。」と寂しげに語った。

 キリコは15年後に還暦になる。ケンタと同級生で45歳の最後の妊活をしていた。敵対するアラフォーの暴走族。電動自転車でも乗ってろ!と皮肉るケンタを尻目に・・・。

 半年後・・・。

「ガムボール!」ガムボールとはハリウッド映画のタイトルだが、ヨーロッパのスーパーカーで各国を跨ぎゴールまでノンストップでレースをするストーリーの事で、六甲山の一番カーブから順に急勾配の99番カーブまで走る。

 最後のヘアピンカーブを回った所でゴールだ。何があっても汚い手段を使ってでもゴールしたものは勝ち!一年間文句は言えない。

 リヤが右に流れる!逆ハン!ロックした!波タイヤがアスファルトに摺れる摩擦音がして、シューーガン! 白いガードレールの下にボンネットのセンターまで食い込んだ。

 フロントドア、リアドアが一直線に抉れていた。

「ヨイショ!ウーーンクソッ。」○△商店の店名も抉れて消えていた。

青菜大根(アオナ ダイゴ)が焦っていた。

 山の街の緑町までスーパーへキャベツ50個を配達に行かねばならない、携帯も圏外だったから絶望的だった!

「どうかしましたか?」地獄に仏。渡りに船。なんとか、思い浮かんだ言葉を並べてみた。

「あー、スッゴイ助かりッス。」

 五月雨が裏六甲ドライブウェイを濡らしていた。

ハルヒ病院の接道を見詰め顔を上げる。

向かいのアクティビティはバッティングセンターとオートテニス施設が経営されどちらも健康的な若者を狙った商業施設で、その接道にて繰り広げられている不健全で野蛮なイデオロギーを振り翳した輩には不似合いな陽のあたるサイトには見向きもしないでレイニードロップアウトの果し合いがしっくりとしていた。

 新緑が萌え盛る雨だと知っていたが、レインタイヤに履き替えていないキリコのナナハンは丸腰の戦に相当する。チェッカーが旗を下ろした!

 バオン!バリバリ!バババ! 、キリコの750が、池永奈緒美のFX400が、翔太の青いゼットが、呪縛から解き放たれたように一斉に前方に飛び出した最初の右カーブに新緑と雨と白い排ガスを残して99番カーブを目指していた!冒頭はカーブが緩い!車体の重いキリコのバイクではスピードに、乗り切れずハングオンは出来ないだろうと思い最初のワインディングでテストをした。

 裏六甲の中腹までは緩やかなカーブが続いていた。

車体を10%傾けると楽に行けるカーブが多くカーブ№50の手前では中々気合の入ったカーブも見えてきたがスピードに乗り切れずもたもたしていると、立花ナオミの軽い車体をしたFXが爆音を放ち軽やかなカーブ裁きを見せながらリードを保っていた。

 ファミリーカーがスリップ事故のライトバンを牽引していた。

運転者はティーンエイジャーの運転する商業用の車でキャベツ入りのダンボール箱を満載していた。

 雨色のゼットは直線の狼!ナナハンのカフルスレスレで追い抜いた時点で翔太はアクセルをベタ踏みにしていた。

 ギューン!小気味良いギヤ音がキリコにも届いた。

「チッ!フラッシュサーフェスか・・・。雨が弾けるヤツ」

ギシギシと噛み合わせの悪い前歯を無視して奥歯を噛み締めていた

 ギヤを上げてアクセルをフルスロットルにした!

弾丸のようにナナハンはカッ跳びゼットのリヤバンパーを掻いていた・・・。

 キリコの前方で急ブレーキを踏み突然停車した翔太のゼットが右フロントウインドーが降りて白い絞まりの無い太目の右腕が、「先に行け。」と、キリコに追い越しを促していた。

ハングオンをしたままのキリコにぶつかって勝ったのでは、樫野木翔太の名折れだ! 祥平爺ちゃんの仇討ちに成らない!ここは、青ゼットとナナハンの勝負と行こう。

 ハルヒ病院前から六甲山99番カーブを目指し、爆走する事!99番カーブのヘアピンを曲がりきった所でゴール!追い抜き様に左肘を直角に曲げ、追い抜く車に挨拶しながら赤いモンスターは追い抜きを仕掛けて通過した。

「オトコマエやなあいつ、惚れてまうやろ!」笑っていた。

何て爽やかな勝負、勝ち負けなんてどうだって良い!性根は侠気のあるヤツ!レースが終わったら握手してやろう。

 それにしても立花ナオミの4〇〇FXはレインタイヤでも履いているのか、濡れたアスファルトをガシッと掴んでいる。

 ハングオンを仕掛けるなんて!上出来だった。

「後ろが重いとリヤを振れるから、リヤを振りながら走っていました。」と言っていたがタイヤスペックはラジアルではなく、タイヤ溝は波線の155/70だったので、これでは雨天のアスファルトを拾えずタイヤが滑る危険なタイヤだという事が分かる筈だ。

急勾配のカーブナンバー99に差し掛かった時、急な下り坂の上に急な左カーブで、慌てて急ブレーキを踏んでしまった!被牽引車のライトバンの牽引ロープが外れノンブレーキで追突!ファミリーカーを右へ振る。FF車の前輪がロック!ハンドル操作不能!

 丁度立花ナオミのFX400が登って右の急勾配急カーブの為ハングオンを仕掛けていた刹那、ファミリーカーのリヤクォーターが池永奈緒美の前輪を巻き込んだ!

 激しさを増す雨に立花ナオミの血流が洗われていた。

側溝にもどす黒い血液が流れていた・・・。

 しっくりと行かない勝ちにキリコは溜飲を下ろせずそのまま出産入院をしていた。

「隣の空き地は買収したぞ? これからオマエらをM&Aやな。」

 ベニショウガの総長と幹部が引導を渡す。

「外で話し合いをしようぜ池永?」店内で暴れられたら厄介だ。

ベンツの駐車場手前の前面道路で男女4人がたむろしていた。

律儀な女だと思っていたのに裏切られた気分、見舞いにも行ったのに!虫酸が走るほど憤っていた。

 リャンシーとケンタ、喫茶スタッフは二人だけだった。

「へえーキリコが出産入院か。」

ニヤニヤとしていた。彼女は女の至福をまだ知らない。

立花ナオミは40角の角材を使って背中を掻いていた。

 その左横に六車深雪が立っていた。彼女は単身BALLYだった。

「オマエら負けたやろ? 大人しく部下になれよ?」ケンタに無表情でウンウンと頷いた。濃厚なリップの赤が小さく、茶髪とのコントラストが受け入れ難い。この季節で革ジャンなんて時代に取り残されたターミネーターのつもりか?

 しかしケンタの左横に回り、右打ちのスタンスで、ニヤッとほくそ笑んだままナオミが構えダウンスイング! ブーンゴッ! 脇を絞めてフルスイング! 折れたバットの様に転がる角材!

ガン!ガランゴロ、コン!

 鉄製の境界フェンスに絡んだ!血染めの折れた角材がアスファルトに跳ねて、ズザ! ケンタが後頭部を押さえ揉んどり打つ!うつ伏せになるも動けなかった。

 連鎖したリャンシーの右回し蹴りがナオミの左太股をぶちのめした!仰向けに倒れたナオミが後頭部を歩道の縁石の角に強か打つと顰め面をして劇痛に堪えていた。

 六車深雪がリャンシーのワンツー・ボディ、ボディ! のコンビネーションに翻弄されノックアウト!

振り向き座間にケンタの元へ駆け寄り、「マスタ大丈夫か?」

 携帯で通話をしながら田尾寺駅員が見ていた。

リャンシーが助け起こす。右肩でケンタの左腕を引っ張り持ち上げる。

「あ、痛い!」遠くで緊急サイレンの音が近付いて来た。

「頭か?頭やナ。」赤色回転灯がスッと停まった。グルグルとする赤が目に入ったが、救急車でも来たか?と思う程度だった。

「アホか左手や!亜脱臼しとんや。」片麻痺だったか!?

 と、言うような表情をケンタに見られないように顔面を左に捻り白い歯を食いしばったリャンシーはTPOが似合わなかった。ケンタの傷は思ったよりも深く、そのダメージは地球のマントル部分に届く程だった。イヤ、届いていた・・・。

 二人で喫茶の店内へ入ろうと惹き違い戸ドアを引いた刹那。

「ちょっとお兄さんと、言うかオジサンとオバサン?近所の人から通報があってね。」息を呑んだ警官は即座に緊急を呈した。

 「障害の現行犯で緊急逮捕する!」

一里山犬太、春陽軒ナオミ、リャンシー、六車深雪の4名だが凶器の角材が異様に長くパトカーでは乗らないので急遽展示車のアルファードを借用する事にして、有馬警察へ護送された。

護送先があまりに近く店舗と警察署まで3分も掛からず徒歩で行ける距離だったので、警官二人は肩の力を抜き容疑者を一人一人取調室に連行していた。

 ところが、一里山犬太の番になっても背中を丸めて俯いていた為、「おい!寝てるのか?オマエ!」強い口調て言い放ったがピクリともせず、静止していた。

「どうした?」

 警官がケンタの傍らへ行き、様子を伺う。

「痛むか?」

「流血しとるやないかッ!救急車!」

 慌てて叫んだ!刹那、糸をピン!と、張った様な緊張感が流れた。

 救急隊が到着した時、ケンタにはまだ息はあった!救急搬送先の済生会病院にレントゲン撮影をした時、まだ息はあった。

「あー、ヤバイな!内出血してる!脳幹に診られる!緊急手術します!」慌ただしいナースや麻酔医がオペ準備をしていた。

「キリコの旦那・・・。高校の同級生なのよね・・・。助かると良いけど。」

フリーランスな看護師高橋直美は、キリコと同級生だった。

 県下友達でどちらが先に結婚をするかで、勝負をしていたが、先に結婚をした高橋直美が先勝し、今度は子供はどちらが産むか、で勝負していたが、どうやらキリコが臨月に入ったらしく、「この勝負は預けた!元気な赤ちゃんを産みなよ?」

「アンタの旦那は私が助ける!」オペ室にてケンタの緊急オペ準備をしながら意識不明のケンタを見詰め医療従事者の性を感じ取っていた。手際良くテキパキと、準備を施す直美には麻酔医や執刀医も厚い信頼を置いていた。

 当のケンタは、頭がガンガンしていた。

まるで頭蓋骨の内側から鈍器で叩いているような?

前にもあった感覚?

 オレは変な夢を見ていた。小学二年生の同級生近藤くんと近所のお大師山に登っていた。

 この山は弘法大師が開いたとされる小さな祠があってその昔、首吊り山と呼ばれ知る人ぞ知る幽霊の出る山として、地元の清水町では有名だった。

 俺達は幽霊を度外視した罰当たりな昆虫採集ボーイズだ!

ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!と軍隊の行進のような複数の足音がオレ達の頭上を越した辺りから聴こえて来たが、「映画の撮影かな?」と夏虫色のTシャツを着て白い虫取網をヒラヒラとさせて、余り気に止めなかった。

 もうお大師の中腹辺りまで来た処だろうか・・・。

左右の切り立った山肌には、くぬぎや松が幾何学的に生殖していた。

クマゼミとアブラゼミとニイニイゼミのカーテンコールに急かされて、目的のクワガタの集るくぬぎの老木を目指して、歩いていた。

 丁度向こう側(頂上辺り)から老夫婦が降りて来るのが見えて、その二人はニコニコと笑いながら談笑をして降りてくる。

オレは、老夫婦だから「子供が山登りしたらいかん!」と、追い返される事がないと知っていたが、高を括り近藤くんと顔を見合せ、コクりと頷いた拍子に前を向いた。

刹那!

 老夫婦はオレ達の直ぐ手前まで来ていたし、不意に山鳩がホッホー、ホッホー、ホッホー、ホッホー、と四回鳴いて松の小枝からバサバサと飛び立った!スローモーションの様に老人が白い着物を着ていたが乱れは皆無で足元から上を見上げると顎は土気色で、口元は真一文字に結び、先ほどの笑顔は無かった!軍隊の行進音は引き続き聴こえていた。

 老婦人にも笑顔は一切無くメガネの奥も笑っていなかった。

老人の顔を見たが眼球は無く眼窩底まで空いていて、土気色の皮膚で覆われていた。

「死んだ人?」と、いう思いが過った!時間にして約四秒の事だった。

 しっかりと近藤くんと手を繋いでいた。いつまでも離さずに居た。恐かった。

慌てて手を離して、頂上へ上がる石階段に目をやると、今度は夏だというのに黒いマントを翻し婆さんが降りてくるのが垣間見えた。

 年寄りばっかりやな・・・。

と思っているとその婆さんはものの三秒足らずでオレ達の眼前に来て、「あんたらーッ!早う行かんかいな!嫌々歩かんと走れえ!」地面がひっくり返る程の大声で、空気が歪んで蝉時雨も歪んで聞こえた!その時に気づいたが、軍隊の行進の足音はもう消えていた。

「ごめんなあ、婆さんで。」えっ?聞こえた?

「あんたの頭の中から聞こえたでえ!」

「ワタシは死神やからなあ・・・。」ハッハッハッハー!

「あんたら子供も長う生きてんとアカンわなあ?」一頻り笑い飛ばして、意味不明の言葉を残して行ってしまった。

 10メートル程度、過ぎた所で振り向いてニヤリ、と笑みを含んで麓の方へ歩いて行った。

 ダアーッ!と疲れが出たのは死神婆さんが見えなくなってからだった。

脱力の二人は会話もなく、お大師山を降りていった。

 その晩の事、一家で就寝していると、身体がフワフワと浮き上がって天井が近づいてきた。

 下を観るとお父ちゃんとお母ちゃんと妹が寝ていた。

それにオレも寝ていた、オレはぶつかる!と眼を瞑ったが、以外と、スッと抜け出て、小屋裏の電気の配線の上に埃が溜まっているのが見えたが、手出しは、しようとせず、屋根瓦まで抜け出てしまった。

 もう星が降る夜空だ。

見上げて屋根の上へ出ようとすると何処からともなく声が、「アカンケンタ!」キョロキョロしたが誰も居なく、綺麗な夜空が広がっているばかりだった。

「行ったらアカンで?」あ?爺ちゃん?と婆あちちゃんは、もう死んだのに?

「アカンアカン!来るな!」え?おじちゃん?震災で死んだのに!うわっ!

「時間です。」不意に聴こえた声に驚いた!

  空から突然聞こえた姉さんの様な声!甲子園球場のウグイス嬢?

ああー!吸い込まれる!

 上も下も横も右も左も暗黒の重圧にまけそうな闇に・・・。

  寝落ちする刹那と良く似た物凄く気持ち好いもう、分からなくなった・・・。


 新生児室には名前がまだ無い男の赤ちゃんとキリコが授乳をしていた。

「パパはどんな名前を付けるのかなあ?楽しみねえ僕ちゃん?」立花ナオミの逮捕容疑が、傷害致死容疑に切り替わっていた。が、程無く殺人未遂に切り替わる事実があった・・・。

「おやおや・・・。」

 腰前で手を組み暗い店内を覗き込む篠山教授は、助手席に置いた藤袴を一つの束にして丁寧に赤いリボンを掛けてあった。蝶々結びにしてあった。

「機会があったら次回にお持ちしますよ、アサギマダラが飛んで来たら嬉しいですね。」とショコラカフェ・ベンツを後にしたから・・・。

その言い残した約束を履行しに来たのだった。律儀な篠山教授だった。

 隣の中古車展示場はアルファードの置いてあったサイトだけもぬけの殻で、そこに小さなつむじ風が出来て枯れ葉を一枚残して去って行った。

・・・授乳を終え独りでにベビーに語り出したキリコは、自身の想いを語りベビーはスヤスヤと居眠りを始めた所だった。


「ママのお父さんがね、ベンという喫茶店をやっててね・・・?」ふぅーっ、というタメ息とも息継ぎともとれる呼吸を一回、僕ちゃんを見ながら突いた。

「お父さんが歳を取ったからね仕方ないよね僕ちゃん?」優しい眼差しをくれて宙を見た。けど、「パパはね・・・。」暫くケンタの顔を思い出し・・・。

「残念がってた。」寝顔に笑い掛けて、僕ちゃんの両頬を手のひらで挟み、サバサバした調子で「ずっとカッコいいお父さんを観てたかったって言ってたんよね!」無理に笑いを作る。

 だから・・・。「パパが喫茶店をした時にベンの2代目と言う意味でベン・ツーにィー・・・、した、の、よ?」込み上げる熱い感情で言葉に詰まるが、僕ちゃんにキスをして誤魔化す。

「大好きよ、パパ・・・。」キラキラと輝く一粒の涙を拭いていた。

そして僕ちゃんを見た。

「・・・ネ、僕ちゃん?」人の熱い想いは常々、特別な機会があってこそ初めて解き放たれる。

 もしかしてケンタかキリコかリャンシーでも現れるかと思い暫く佇んで居たが、陽が翳り北風が拭いて来た為、笹山教授は諦め切れない面持ちでユックリと歩き始めた。

「メンバーの一人が膝蓋腱反射で欠けても店は歩行出来ないですもんねえ、貴君は良く頑張っておられますね・・・。」と、手を後ろ手に組み直し、一里山犬太の事を想い浮かべ、そのつむじ風の去ったサイトをまじまじと見詰めながらショコラカフェ・ベンツを後にしたとき、夏虫色のティーシャツを着た少年が出会い頭にぶつかりそうになり「オット、ビックリした。」背筋を伸ばして少年を見たとき、面影が似ているなと思う刹那に白いキャップを被り直し、ペコリと頭を下げて、北へ踵を返し走り去った。

 篠山教授がその背中を暫く見届けていたが、少年は二度と振り返らなかった。(了)

 





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ハチロク しおとれもん @siotoremmon

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