13

見慣れた草原に立つと、心地よい風が吹いた。




この風が、なぜこんなに優しいのか…


この場所が、なぜこんなに懐かしく感じるのか…




今の私には、わかる。






ゆっくりと歩いていくと、見慣れた後ろ姿が見える。


私と変わらない背丈の、後ろ姿。






そう言えば、私は…彼のことを、呼んだことがなかった。


名前のわからない彼のことを、どう呼べばいいのかわからなくて。


でも今なら、それもわかる。








「…お兄ちゃん」






振り向いた彼の顔に掛かる白い靄が、晴れる。




私と同じ顔が、微笑んでいる。






「…円」




私たちは、ずっと、一緒に生きてきたのだ。


同じように歳を重ねて、同じ両親の元で、育ってきた。


ずっと、違う場所で。








「…バレちゃったのかな、全部」




寂しそうな笑顔は、母にそっくりだ。






「……私…何も知らなかった…」


「良いんだよ。それで良かったんだ」




戸籍に名前がないということは、彼は、生まれる前に亡くなってしまったということだ。


母のお腹の中で、私たちは双子として育って…そして、私だけが、この世に生を受けた。




その後、母と父は、兄の存在を無かったことにした。


私が生まれる前に買ったと言っていた服やおもちゃ、きっと全て、もう一つあったはずだ。


それを、隠したのか、捨てたのか…徹底して両親は、私から、兄の存在を見えないようにした。






「…良くないよ、こんなの…」




この携帯電話がなかったら、私は一生知らないままだった。


大切な、もう一人の家族の存在を。


そんなことが、許されるはずがない。






「…少なくとも、僕はそれで良かった。円に、ほんの少しでも…僕を犠牲にして自分が生まれたなんて、思ってほしくなかったから。


でもお母さんは、ずっと悔やんで…ずっと、自分を責めてた。


だから、この世界が出来たんだよ」




彼はゆっくりと、この世界で母と過ごした日々のことを話し始めた。




私の知らない、母の秘密を。

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