47・これからの世について

「わ、こら! やめろ、ファルマー!!」

「やーよー! 折角ヴィフィールが来てくれたのにー!!」


 ……なんだろうか、この女は?

 私は、最愛の兄上に抱き着いて、やたらと接吻をもとめる、この巫女AIを殴り倒したくなった。思わず、凄まじい怒りに満ちた視線を向けてしまったのだ。


「おい、やめろ! ネレイド!! 殴るな!! コイツは、ただの寂しがりやなんだ!」

「そんないい抜けが効くものですか! 兄上! 役職を笠に着た、セクハラではないですか! この巫女AIめっ!!」


 私は、咄嗟にファルマーとか言うらしい巫女AIに殴りかかっていた。


「……うふふ」


 だが、この巫女AIは、落ち着いていた。

 その薄紫色の瞳で、こちらを見つめて、明らかに何かの効果を起こす視線を飛ばしてくる! しまった!


「……! 巫女……AI!! 貴様、何をした!!」

「暴れる蛮人の動きを封じる、視線による縛を向けただけ。落ち着いてよ、貴女。一体、どうして殴りかかってくるのよ?」

「貴様が……! 我が兄上に馴れ馴れしく抱き着いたりするからだ!!」

「? へぇー? 貴女が、ヴィフィールの自慢の妹さん? 何でも、木星軍を率いて、火星軍を打ち破ったらしいじゃないの? ちょっと凄いかも」

「そんなことは……! 今の問題じゃない!! 早く兄上から離れろっ!!」

「んー……? よくないわね、ブラザーコンプレックス。ねえ貴女、幾ら好きでも、兄妹は結婚できないのよ?」

「そんなことは知っている! だが、兄上には変な女は近づけるわけにはいかない!!」

「いまさら何言ってるのよ? ヴィフィールは、私にたくさんの物をくれたわ。アレとか、コレとか、ソレとか……。うふふふふっ」


 何だよ⁈ この巫女AI、変に自信満々で。兄上の愛を受けたかのような発言をする。

 私は、兄上の方に振り向き、どういう事かという視線で問うた。


「……こら、ファルマー!! 勘違いされるようなことを言うな!! 俺がお前にくれてやったのは、地球外の珍しい鉱物や、月で出来た新生物のペットとか。そんなものばかりで、お前と体を重ねたりはしていないぞ!!」


 兄上が。やたらと迷惑そうにファルマーに言う。

 ファルマーは、その言葉を聞くと、スッと兄上から離れ、急に威儀を取り直し。


「……そうなのよね、貴方って、ヴィフィール。私が、こんなに望んでいるのに。処女を奪ってもくれない……。ヘタレなの? この地球の守護の総括を担っている、地球で一番の武力を握っている男なのに……!」


 やたらと悔しそうな顔でそう言う。だが、ヴィフィール兄上は、やはり。

 迷惑そうだが、少々ファルマーを憐れむような視線で。巫女AIの瞳を見て口を開いた。


「……ファルマー。お前は、巫女なんだ。処女の外部に解放されていない、内包する虚が無ければ、神託に濁りがでる。俺だって、お前の願いは聞いてやりたい。だが、今の世の中の進展を止めるわけにはいかない。ファルマー、お前は綺麗で、頭がよくて、そして眩しい。その存在の力で、世を牽引する役目がある。その神性を失わないためにも、失わせないためにも。俺は、お前を穢すわけには行かないんだ。分かれ、ファルマー」

「……いつも、そう言うのね、ヴィフィール。私は、貴方が汚らわしいだなんて。一度も思ったことがないのに……」

「俺は、な。人を殺す稼業の男だ。俺の心に、凶暴な荒れた戦場の光景が眠っている限り。俺は巫女AIのお前を抱くわけにはいかない。お前は、賢く綺麗で、美しくあれ。ファルマー」

「……ん、もう!! 結局、いつもと同じオチなんだから! はぁ、落ち込むわぁ……。まあ、いいわ。折角来てくれたんだもの、巫女AIとして、女神ソピア様に近くある私の知恵を。披露しましょうか? あなた達、聞きたいことはないかしら? 答えられることなら、教えてあげるわ」


 拗ねたような表情から一転、客を迎え入れる態度に鮮やかに移り変わるファルマーの様子。

 この巫女AI、人間並みに、いや。そこらの人間以上に表情が豊富なのだな。


「巫女様。地球第二地殻構造計画の事ですが……。具体的には、どのように第二地殻を形成なさるのですか?」


 ミズキが、まだ全く一般民衆には知らされていない、その領域のことについて問い始めた。


「ん? 眼鏡のグラマーさん。いい質問だわ。貴方は、ヴィフィールの秘書か何かかしら?」

「いえ、ネレイド提督の部下です」

「? ネレイドって誰?」


 私の名を聞いても、分からなそうなファルマー。ああ、そう言えば名乗っていなかったな。だから、私はそこで前に出て名乗った。


「私だ。ヴィフィール兄上の妹の、ネレイドだ」

「むーん? あ、そう。じゃあ、皆聞いてね。地球第二地殻構造計画で、まず必要になるのは。大量の水素・・・・・なの」

「水素? 何に使うんだ?」

「あなた達、木星の海の事は、知っているわよね? 木星に降りたって聞いてるわ」

「ああ、知っている。液体水素の上に浮かぶ、水素結晶板の上に、住区域や作業区域があった」

「そう、それ。水素結晶板。あれって、呪術や陰陽術の掛け方によって、相当な浮力を産むの。だから、あれで。地球の空を、ぐるりと取り囲む形で、第二地殻の基礎を造るのよ」


 ふむふむ。なるほど、それならば。地上から柱を立てる必要もない。

 面白いな、神々の考える事とは。


 私は、これからの面白くなりそうな世に、大きな興味を覚えるのだった。

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