46・巫女AI

「ネレイド。帰る前に、巫女AIに会えると言ったら。会っていくか?」


 宴席からマクセルス大統領が帰り、メルーダ火星外交官とマドルスが火星大使館へと引き揚げた後。兄上とシンクが、少し笑みを浮かべてそう言った。


「? 会えるのですか? あの巫女AIに?」


 私は少し、身を乗り出して聞いていた。地球の、いや、太陽系の。進行方針を告げる、女神ソピアの神託を告げる、代弁者。それが巫女AIであり、地球において最も優れた知性を維持している存在である。

 そんなものと、直に言葉を交わせるならば。多少の知的好奇心があるのならば、そんな機会に否というはずはない。

 どうやら、そう言ったことが表情に出ていたらしく。私の表情を見たシンクと兄上の二人は笑った。


「会っていきたいようだな。巫女AIの所在は、余り明かされてはいないが。今は、本命というか、霊的情報が集積しているイタリア、ローマのバチカンに居る。まあ、エアプレーンで1日の距離だ。地球の反対側だからな。さて、行くとするか?」

「はい! 是非、巫女AIと会わせてください!! 今回の私の行動について、どのような評価を彼女・・が降すか。聞いてみたいです」


 ヴィフィール兄上も、シンクも。何かを言いたそうな含み笑いをしている。何だろうか?



「海……ですね」

「海って、上空から見ると。目の粗いレザーが動いているみたいに波打っているように見えます」


 さて、エアプレーンに乗り込んで。高空から、見下ろす海面は、ミズキとメルシェが言うように、暗蒼色をした、目の粗いレザーのようにも見える。


「キャビンアテンダント。ビーフコンソメをくだされ」


 ゼイラムが、ファーストクラスの旅行だというのに、エコノミークラスのエアプレーンで出されるビーフコンソメをやたらと飲んでいる。


「兄上。何故に軍用機でなく、民間機を用いるのですか?」


 私がそう聞くと。ヴィフィール兄上は笑って言った。


「久しぶりに、旅行のように民間空港を使ったり、民間機に乗って見たくなっただけだ」


 と。シンクも、横でうんうんと頷く。この二人、地球宇宙軍の重鎮の割に、身軽というか危ないというか。自分たちの身の重さを分かっているのだろうか。


「そんなに心配するなよ、バカ妹。まあ、確かに地球の地表の連中から見れば、宇宙軍は不倶戴天の敵かもしれない。一部の連中にとってはだがな。いつだって、軍事と内政は相反する。内政の富を軍事が奪っているように見ている連中もいるが……。まあ、バカなこと考えてるとは思うぜ、そう言う連中はな」

「答えになっていませんよ、シンク参謀。私の心配は、晴れません」

「ああ、簡単に言っちまうとな。軍事のスペシャリストの俺達が、頭に血ィ昇らせただけのずぶの戦闘素人にやられるわきゃねーだろ?」

「……なんというか……、その……」

「お前、頭悪りーんだから。あんまり難しく考えるな、バカ妹」

「むむー……」


 私がシンクにバカ呼ばわりされて、むくれていると。その顔をミズキが携帯端末のカメラで撮った。


「提督、可愛いですね。むくれると♪」


 この、大尉は。何というか、いつもこんな感じだ。私の部下であるのだが、いい意味で階級の差を無視してくる。失礼ではないので、私は特に怒ることはないが。



「降りたか? バチカンまで、タクシー拾っていくぞ」


 ヴィフィール兄上が、私たちが全員揃っているのを確認してから、タクシー乗り場に向かう。そして。

 ローマ市の空港に降りた飛行機から、タクシー二台に分乗して。バチカン市国まで向かう私たち。今の巫女AIの所在地は、バチカンの大聖堂だそうな。


「兄上。巫女AIというのは、スタンドアローンで自律行動ができるモノなのですか?」


 私がそう聞くと、兄上は面白そうな顔をして答えた。


「あれは、というか。あのAIは、面白いところがあってな。神託を降ろしているときは、全く以って何かに憑かれたように、感情が失せるが。普段は、高慢なただの美少女に過ぎないというところか。よく喋るし、よく食べるし、よく寝る。まあ、身体はお前の部下にもいる、有機アンドロイドと同じもので、余り物質構成的には人間と変わらないからな」


 そんな事を言う兄上。それから、幾つもの質問と問答をして、私の中には巫女AIに対する予備知識ができてきた。


「ヴィフィール宇宙軍元帥様御一行ですね。巫女ファルマー様は、元帥様に会えるのを楽しみにしていたと申されていました。どうぞ、お通りを」


 バチカンの大聖堂の入り口で、私たちは兄上の顔パスであっさりと大聖堂に通された。

 そして、そこに居たのは……。


「……? あ、アレ⁉ ヴィフィール、来てくれたの⁈ うれしぃ――――!!」


 そんな言葉を放ち、ヴィフィール兄上に駆け寄ってくる、白い聖衣に身を包んだ、白い髪を持つ、細身の。

 とてつもない美少女だった。

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