45・会談後の席
さてもなんというか。贅沢な席だ。私はそう思った。
「……? これは刺身ですな? しかし、ひどく薄い。皿の模様が透けているではないですか……」
メルーダ殿と、マドルスが怪訝そうな顔をして。フグの刺身を、箸を使って口に入れる。
「!!」
「うめっ!! 父上、何だこれ!! 火星マグロとは、全然レベルが違う刺身だぞ!!」
余りがつがつと食べるものではないフグの刺身を、がっつきまくるメルーダ殿とマドルスの親子。
「はは。そりゃ、フグって言うんだ。毒袋が体内にあるんで、それを取り除くのに技術がいるんで、ひどく高級な料理になってるがな」
シンクはフグのヒレを焦がして、日本酒の熱燗に放り込んだヒレ酒を飲みながら答える。
「何はともあれ、調印が無事に終了したこと。感謝いたす」
地球大統領のマクセルスは、フグの白子をつまみながら。メルーダ殿と私に礼を言う。
「これで確かに、木星の液体水素が正常な価格で取引されるようになる。木星の星母マナが喜ぶ顔が見えるようだ」
私がそう言うと、マクセルスは。少し、目を細めて言葉を紡いだ。
「木星星母のマナ様ですか。もう、500年にもなるのですな。彼女が木星資源の採掘の総指揮を執るようになってから。よくも、疑似不死の肉体がエラーを起こさずにいてくれたものです」
「? 疑似不死肉体の、エラー?」
「はい。生命科学技術の急速な発展期の500年ほど前の、疑似不死生命体には。上手く行く例と、はなはだしい失敗例が産まれがちだったのです。マナ様はそれが良い方に出てくだされたようで。誠に喜ばしい限りです」
「そうだったのか……。私が見てきた限りでは、マナは健康そのものだ。妙な心配は要らないと思うぞ」
「中将殿。私たち、地球の官僚も、実は。あの木星星母のマナ殿には、本当に申し訳ない事ばかりを、強制する破目になっていると。心を痛めている者もいるのです。一概に、地球人であるから、富貴を貪る冷酷な怠惰者だと。思わないでいただければ、有難いのです」
「それはわかっている。つもりだ。この私は、月で産まれた純粋な地球人ではないとはいえ、それでも地球圏の人間だ。地球にも、私欲を制御する知恵を持った人間が多くいることは分かっている」
「ともあれ、ネレイド中将殿。よくやってくだされた。いかに私が地球の大統領だとは言え、貴女が木星宇宙軍を率いて火星宇宙軍を打ち破って下されなければ。地球市民は己の安穏安心を破られることはないと安心しきって、このような会談を持つことも、また、液体水素の輸入価格の爆発的な引き上げも。容認はしなかったでしょう」
「ふむ。このままでは、木星の連中が攻め込んでくる。それよりは、日々の光熱費が上がる方がまだましだ、という結論になったか。地球の市民の考え方は」
「その通り、ですな」
「何というか、後手後手なのだな。事が起こる前に対処すればいいものを、事が起こらないと対処しないとは」
「痛みや恐怖が身近に迫らないと、どうしても動けぬのですよ。日々に満足し、それを守りたがっている守勢の人々は」
「うーむ……。何というか、マクセルス殿。貴殿も大変だな……」
「はは。まあ、大統領なるものは、公僕ですから。民のわがままをいかに効率的に満たすか。その手腕が問われているだけの役職と言っても、差支えないです」
「聞いてもよろしいか? マクセルス殿?」
「何ですかな? ネレイド中将」
「私であったら、そのような。民衆や市民の我が儘に、振り回されるような役職には、就きたいとは思わない。何故貴殿は、そのような職に身を置いておられる?」
「ふむ。そうですな。私の生家は、実は、ひどく貧乏な家でして。母は年中時間割の務めに出ていて、父は不治の病でベッドに臥せりきり。そんな中で、弟が泣くのですよ。玩具がないから、友達が遊んでくれない。洋服が安いから、女の子が陰口をたたく、と。私は、そんなことは気にせずに、自分のなせることを為していればいいんだと。弟に教え続けましたが、結局、弟はギャングの末端員になってしまって。麻薬の売人や、人身売買を稼業にする、悲しい人間になってしまいました。それで、です。幸い私には、真面目に勤めていた飲食店に、身分を隠した社会勉強のアルバイトに来ていた、大病院の娘が妻になってくれたために。大きなお金を動かすバックアップが着き。また妻の父方の地盤が味方に付いてくれたので、政治の世界に踏み込むことができ、昇りつめて大統領などになっていますが」
「……そうか。大変であったのだな、貴殿も……」
「ははは。まあ、大変と言えば大変でしたね。もともとたいして良くない頭に、必死で勉強して知識を詰め込み。実地で経験を積んで、知恵にする。未だにこれは欠かしませんよ。まあ、何というんでしょう。私のモチベーションは、弟のような悲しい生き方を選んでしまう人間を、少しでも減らしたい。そう言う事でしょうか」
ふむふむ。これが、地球大統領のマクセルス、か。
名前は知っていたが、面白い人物だな。
私はそう思った。
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