43・地球へ向かう船
「メルーダ父上。この船でよかったのか?」
マドルスが、自分の父親に問う。宇宙船、イシュタル号の中でだ。
「構わん。この火星産のイシュタル号は、火星流の威儀を備えた船だ。多少の旧式とはいえ、火星人が地球に訪問するに相応しい船だ。歴史のある船であるから、先方にも失礼を与えるようなことはない」
「……この船が、火星の最先端技術で作られたってのは、本当だけどさ。それはもう、10年も前の事だよ、父上」
「それでも、この船はいい船だ。問題はないぞ、マドルス」
「まあ、外交官として多くの船に乗ってきた、父上の目利きでそう言うんなら。それはそうなんだろうけどさ」
「そうだ。それよりも、マドルス。客人の接待をしたらどうだ?」
「はあ? 俺が接待するんですか? あの女提督とその部下を?」
「当たり前だろう、マドルス。あの方々には、命を救われたと。お前が言っていたのではないか」
「でもよぉ……、父上。あの女、俺を賓客として扱うって言っていたぜ? 賓客として扱われているこの俺が、あの女を賓客として扱うのっておかしくないか?」
「何もおかしいことはない。人間というものは、相互に敬意をもって接しあうものだ。それくらいは、言われれば分かるだろう? マドルス。私は、そこまで空疎な教育を、お前の幼少期から行ってきた覚えはないぞ?」
「……理屈としてはわかるんだが。なんか、男の俺が。女を大切に扱わなきゃってのが、キツイ」
「……? なんだそれは?」
「だからよ、父上。俺に周りの女たちってのは、普通さ。俺にちやほやして、俺の言う事を大人しく聞いて。そうやってまで、俺の愛情を欲しがるもんだったんだよ、普通さ」
「あまり……、いい女と出会ってきてはいないようだな、マドルス、お前は」
「? 言う事聞いてくれて、好きにやらせてくれる女が、いい女じゃないの? 父上?」
「バカ者か? お前はバカ者なのか、マドルス? 自分の芯をしっかりと持ち、譲ることと譲らぬことの分別を、しっかりと弁えている女をいい女というのだぞ?」
「そんな気が強くてなおかつ、色気があるような女には、であったことがないな。いえ、俺はそんな風な女を知りませんよ、父上」
「……まあ、火星では難しかろうな。心的洗練度が余り高い星ではないからな、火星は。火星人は、戦には長けてはいるものの、文化の洗練は苦手なところだ。武骨者の集まりみたいな星だからな、我が母星ながら」
「俺の言うことに、くたっと来てしまう女でも。可愛い女は沢山いますよ? 父上?」
「それではだめだ。お前の嫁にするわけにはいかない。お前の嫁には、自分の人生をちゃんと切り開ける力を持っていて、尚且つ。お前と人生が重なるような、才女が望ましいと私は常々思っている。それ、そこのネレイド嬢の部下の、眼鏡とそばかすのスタイルのいい娘さんみたいな、な」
「? このメガネちゃんが?」
メルーダ殿とマドルスが。こちらにいるミズキに視線を向ける。
「? 如何いたしました? 外交官殿?」
ミズキには会話が聞こえていなかったらしい。メルシェとの談笑を切って、メルーダ殿たちの方に向き直って聞き質した。
「いや、確か。ネレイド嬢の旗艦の、オペレーター長だという話の、お嬢さんだったね」
「はい。まあ、部下はいないのですが。昔の地球軍での役職は、大尉のオペレーター長でした」
「君は、私の息子のような男を、どう思うかね?」
「? どういう捉え方をした時の、評価を話せばいいでしょうか?」
「人間として、というか。人格というか人間性。更に言えば、このちょっと難アリだが、そこそこに使えるはずの男を夫に迎えるとすれば、どのような評価を降すかという事かな? 答え辛ければ、そう言ってくれてもいい」
「うーん……」
ミズキは、眼鏡越しの視線をマドルスにぶつけ、しきりと首を捻る。
「そうですね。悪い人じゃ、ないことはわかります。でも、なんていうか。言動にソツがありすぎます。なんていうか、なんていうか。まだ若いからなんでしょうか?」
「ふむ。ソツがあるとはどのような点で? かね?」
メルーダ殿は、何を思ってか。ミズキに狙いを絞って、やたらとマドルスの評価を求めている。ミズキは、なんというのか。鈍いのか、それとも。全く自分がそう言う事を望んでいないから、あり得ないと思っているのか。
どう考えても、自分をマドルスの妻にしたがっているであろう、メルーダ殿の意図を感じないような様子で、質問に答え続ける。
「先ずは、自分の実力に対する、過大な評価。今回、私たちが。戦ってみてわかったことは、自負心が強すぎて現状認識が濁りがち。そう言ったことでしょうか」
むむむ。ミズキも歯に衣着せないな。メルーダ殿は自分の息子に対する、手厳しい意見を聞いても。微笑を含んだ余裕ある態度を崩さないが。
ミズキの辛辣な観察眼で見られた、マドルスに対する評価は、本当に辛くて。
言語化されたその言葉は、マドルスの仮の誇りを大きく傷つけたらしく、マドルスは不貞腐れてしまった。
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