41・戦終わって(マドルス視点)

「……なんてこった……! セレスリーンが逃げただと……!! 我ら火星軍が……。叛乱軍に負けるなんて……」


 俺は。何とも言えない虚脱感に襲われていた。

 今回の戦役で、何もいいところがなかった俺。その俺の不首尾が、発端なのかもしれない。今回の火星宇宙軍艦艇の半数を繰り出した、大戦役での敗退は。


「マドルス提督……。如何いたしますか? 例の海賊船の提督が。降伏勧告を未だに取り下げませんが……」

「逃げられるのか? この敵の真っ只中から……」

「いえ、無理です、それは」

「……」


 イシュタル号の艦長は、ため息交じりに。首を横に振った。


「……オペレーター。レーザー通信回路を開け。先程の敵提督と話をつける」

「マドルス様……、お願いいたします。我ら、ブリッジクルーの命は。貴方の言葉で失われるか、生き永らえるかが決まるのですから」

「分かっている! そんなに湿っぽい顔をするな!!」


 艦長やオペレーターをはじめ、ブリッジクルーの皆が、不安そうな面持ちで俺を見る。分かってんだよ、俺は叛乱軍には降りたくない。だが、その我が儘を押し通して、部下もろとも宇宙の塵になるわけには行かないってことくらい。


『よう、海賊船長』


 俺は、敢えて強気に、対等に。敵の提督にレーザー通信で話しかけた。


『やあ、マドルス中将閣下』


 敵の銀髪の女は。何やら、屈託のない、面白がるような顔でこっちを見てくる。


『降伏しろ、というがな。俺は叛乱軍には与さんぞ?』

『それはそれでいい。味方が戦争で敗れたからと言って、矛を逆さにして、母国や母星に襲い掛かる者ほど。信用に足らざる者はないからな』

『? 更に火星との戦争を続けて。火星を版図に収めたいのではないか? 木星の連中は?』

『こちらは、そんなことは考えてはいない。こちらの望みは、木星の資源である液体水素に、地球や火星がきちんとした価格をつけて、買い取ってくれることだ』

『……それだけの事の為に? これほど大それたことを起こしたのか?』

『こちらとしては、日々の豊かさや、労働の慰めになる旨い食事や、酒を得るための必死の行動だ。それだけの事・・・・・・、ではないのだよ』

『そんなの……。簡単じゃねぇか』

『? そうなのか?』

『ああ。俺の父上はよ、火星の外交官の筆頭格の存在だ。父上に渡りをつけて、火星宇宙軍の艦艇の半数を撃破した、木星叛乱軍を撤退させるためには。木星の液体水素に適正な価格を着けるだけでいい、って言ってやれば。父上は地球に働きかけて、それを現実化してくれるだろう。ただでさえ、地球の連中は木星に大爆撃を掛けたことが後ろめたくて、お前ら木星の奴らが進撃をしてきたとき。俺達火星軍に間違いなく仕留めろ、と、ヒステリックに叫ぶくらい恐怖していたからな』

『……これは、とんだ拾い物だ。マドルス中将、貴殿を賓客として扱うことにする。ぜひ、貴殿の父上との渡りを着けることに協力してほしい』

『……いいけどよ。こうなっても、お前らは俺を殺さないどころか。身を挺して、セレスリーンの狡猾野郎から守ってくれたしな……』

『む……。その言葉に、後ろめたくならないために言っておくが。私たちは、人道やら人情に駆られて、見も知らぬ貴殿を守ったわけではない。貴殿の乗る船が欲しいと思い、その船を動かせる貴殿や貴殿の部下を、丸ごと頂きたいと思っただけなのだ』

『……はっは。コイツは参った。いい船に乗っていたから、命がつながったのか。まあ、このイシュタル号は確かにいい船だ。特殊兵装のマシンテンプテーションシステムは、この広い太陽系でも、積んでいるのはこの船だけだしな』

『その特殊兵装は。活かし方によってはとんでもない威力を発揮する。貴殿は、我々の賓客となってくれないか? とりあえず、私の旗艦と共に火星に帰ってもらって。その、外交官筆頭たる父上殿に私を会わせては貰えないだろうか?』

『ちっ……。仕方ねぇか。どういう形であれ、お前らに命を救われたのは確かだし。その恩を返さないような奴は、碌なもんじゃないし。俺は、無能なのはともかく碌でなしにはなりたくないからな』

『引き受けてくれるのか?』

『ああ。承った。ただし、連れて行くのは本当に旗艦一隻だぞ? 他の叛乱軍の連中は引き揚げさせろ』

『ここまで話が進めば、後は武力の出番はない。約束を反故にして、我々を捕らえるつもりでも。我が船のブリッジクルーは腕が立つし、旗艦、アフラ・アル・マズダ号は、一隻駆けならば、ほぼすべての敵を振り切れる。特に不安はない。一隻のみで会談の座に臨もう』

『わかった、着いてきな。火星首都の宇宙港、マーズセントラルに先導する』


 ってわけで。何故だか俺は、木星の叛乱軍に加担していた地球人連中を連れて、火星の首都に向かい。


 父上に会わせることになったんだ。

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