40・あり得ない事、認められない事態(セレスリーン視点)
「バカ……なっ!! 何だこれは! なんでこんな、何故こんなことになった!!」
私は絶叫した! あり得ない、こんなことは認めないぞ!!
味方の大艦隊の威容は既になく、残存艦隊は多くて1000隻。
マドルスの奴はどうやら旗艦ごと、敵に拿捕されたようだし、ネルヴァットは音信不通。なんだ! 何が起こったというのだ!!
「セレスリーン。逃げましょう、こうなったら」
フォビィが悔しそうな面持ちで、そんなことを言うが……。
「逃げる? 逃げるだと? どこに逃げるというのだよ、フォビィ!! 私は、火星に戻れば、この大敗戦の責任を問われて。閑職に回されるか、下手をすれば命を取られる! どこにも逃げる場所など……、ないっ!!」
「それでも逃げるのよ!! 宇宙を見て、セレスリーン! 火星に向かう航路には、叛乱軍の船が溢れているけれど、そうでないところはスカスカに空間が開いているわ。いい? どこにでも逃げられるのよ、私たちは! 身の破滅や、死刑から逃れるのは今しかないわ。火星に戻ったら、監視付きの生活を余儀なくされる。それよりは、今ここで逃げてしまいましょうよ!!」
「……逃げて、どうするというのだ。宇宙海賊にでも、なるというのか?」
「……うふふ。そうね、それも悪くないじゃない。宇宙の海賊、キャプテン・セレスリーン。なんだか素敵な響きじゃない?」
なんだろうか、このアンドロイド女は。不思議な笑みを浮かべている。まるで、この私が破滅の縁にいることを喜ぶように。
「フォビィ……? 私は、お前に恨みを買っていたのか?」
「? なにそれ? セレスリーン?」
「この土壇場で、一敗地に塗れた私に対して。お前は、とても喜んでいるような笑顔を向けてくるではないか」
「……ちがうわよ、ばか……」
ん? 何だフォビィの奴? 顔を赤くしてうつむくような表情を浮かべる。
「……とにかく。逃げましょう、セレスリーン! ここにずっといても、何にもならないわ。それどころか、私たちの身も命も危ない」
「……それしか、人生をよりよく過ごす手は……、無いか」
「無いわね。大丈夫よ、海賊になっても。貴方の指揮腕に、私のフォローが付くんだから。意外と、今の軍人生活よりも美味しい思いができるようになるかもしれないわよ?」
……それは、あるかもしれないな。私はそう思いなおした。
火星には、婚約者を置いたままだが。あの婚約者も此度の私の敗戦を知れば、婚約を破棄することだろう。そんなことを考えていると……。
フォビィが、私に抱き着いてきた。
「セレスリーン……。ずっと一緒にいたいの、私。私は、火星軍の所属アンドロイドで。貴方の側にいられるのは、戦争の時だけ。そんな束縛、もう破ってしまいたい。私は有機AIを搭載した、創られたヒトだけれど。それでも、貴方を愛おしいと思う。ねえ、私と一緒に宇宙で自由に生きてよ、セレスリーン」
これは参った。このアンドロイド、私をそう言う目で見ていたのか。
しかし、これは悪くない。
容貌端麗、頭脳明晰、礼儀上品なこのフォビィならば。
私の伴侶として、特に周囲に気後れすることもない。
「ふん……。そうだな、いかに生まれ故郷とはいえ。私の将来が暗く閉じていく事になる、火星に戻る事も無いか。わかった、フォビィ。戦闘宙域から離脱。あとは自由に生きるさ」
私と、フォビィの間で。そんな言葉が取り交わされると。
忙しい最中なのに、ブリッジのクルーたちが拍手をくれた。
「セレスリーン閣下、こちらはやきもきしましたぞ。どう見ても、貴方を意中の男として見ている、フォビィ参謀。これだけの美人が、アンドロイドだという理由だけで、影で泣く姿は見たくありませんからな。よくご英断くださいました。我らブリッジクルーは、火星軍所属の軍人ですが。それ以上に、セレスリーン閣下、貴方の手足なのです。どこまでもついてゆきますよ」
ティアマト号の艦長がそう言うと、部下たちが一斉に動き始めて。
我が旗艦は機動エンジンを吹かして、戦闘宙域を離脱。
いずことも決めることなく、自由な宇宙の大海を、心のままに渡る海賊の第一歩を踏み出した。
「戦闘宙域、離れました。とりあえず、どこに向かいますか? セレスリーン閣下?」
一落ち着きを取り戻したブリッジで。艦長が私に聞いてくる。
「そうだな……。アステロイドベルトに向かってくれ。あそこに、私の知り合いがいるんだ。船の修理もしたいし、原子物資の補充もしなければ、フードメイカ―もその内使えなくなる」
「了解しました! 総員、長距離宇宙航行準備!! 目標地はアステロイドベルト。向かうぞ!!」
艦長の命令に従って。
今は一隻だけの海賊船となった、ティアマト号が。
宇宙の海を渡っていく。
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