34・非人道的な策略(マドルス視点)

「けっ! なんだよセレスリーンの奴! 結局は、俺の力が必要ってことかよ? 笑えるじゃねえか、あれだけ説教かましておいて。俺を再び先鋒に選ぶなんてのは!!」


 俺は、腹の中でせせら笑ってやった。だってそうだろ? 俺のことをあれだけ酷評しておきながら、セレスリーンの無能は、俺頼みのように再び俺の艦隊を先鋒に立たせたのだから。


「マドルス閣下。艦隊構成艦艇が全部で500隻しかありませんが……。勝てるのですか?」


 イシュタル号の艦長が不安げにそう聞いてくる。


「はっ!! 大丈夫だ。俺の火星での権勢と後ろ盾の大きさを考えろ。セレスリーンは何があっても、俺をここで殺すわけにはいかない! 大将とは言え一軍人と、火星を代表する外交官。どっちの権限が重いか、よく考えてみろ、艦長!」


 予定交戦宙域に向かっている、俺の艦隊での話ある。俺の艦隊は最初は1000隻を数えていたのだが、先頃の叛乱軍との戦闘によって、その半数が失われた。乗組員だった火星人の人命と共に。

 俺には、責任があった。死んだ部下たちの無念を晴らすために、仇討ちをするという責任だ。それをしなければ、幾ら俺の家の権勢が火星で強くとも、いや。

 かえって大きな権勢を持つがゆえに、俺は家族から絶縁させるだろう。

 俺の父上も、こと人命がかかるとなると相当に厳しいことを言う人だ。

 だから、俺が功名に逸って、数千人数万人の人命を散らして。その仇も取れなかったとなると、これは家門の一大事でもあると、俺に対して厳しい処置を行うに違いない。

 負けるわけにはいかねぇ……。俺はそう思った。

 無論、俺の率いている500隻だけで、敵艦隊すべてを撃破できるとは思ってはいない。まあ、セレスリーンの事だ。あの軟弱な受け身戦術しか考えられない柔弱漢のオカマ野郎らしく、また敵を自陣に引きずり込んでの殲滅をかけるつもりなんだろう。

 アイツの手の内ぐらい、分かるんだ俺には。

 それで、敵をその自陣に引きずり込む餌として。俺を先鋒として選んだ。これは、俺の有能さの証だろう。何しろ、全滅してもならない上に、餌としての隙をワザと見せつつ、敵を引っ張らないといけないんだからな。


『俺は。失敗の回数なら人には劣らない。だが、生き延びている。要するに、類稀なる強運を持っているってことだ。何も怖くねぇさ、だが。お前たちはそうはいかないかもしれない。必死に生きる努力をしておけ!!』


 戦闘予定宙域に着いて。やってくるであろう敵がまだいない様子を見て、俺は全艦隊にそう発破をかけた。そう、戦争をやってるとわかるんだが。物理的なことや数学的な諸々だけでは縛れない事象ってものが戦場ではよく起こる。

 例えば、先ず物理的に破壊されえないような強烈な装甲を持った船が、敵からの砲撃には堪えられても、肉弾戦闘隊の突入を許し。内部から破られる。

 または、数学的に間に合うはずの援軍が、昨夜までそこには発生していなかった重力源に捕まって、間に合わん無くなることもある。

 軍人は、こういった諸々のことを含めて『武運』と言うものだという事を叩き込まれる。将たるものは、その武運を掴むために懸命になれとな。

 だが、武運を掴むために、戦いの神である闘神に媚びを売ってはならんという事も厳しく教えられる。全ては戦いの神の気まぐれであり、地球の昔の諺の通りに、『人事は尽くせ、だが天命が降るとは限らないぞ』というわけである。


「マドルス中将! 敵の部隊が接近してまいりました!! 数4000隻ほどです!!」


 イシュタル号のオペレーターが、張りのある声で告げてくる。


「よし!! 全艦隊戦闘準備!! 今度はしくじらんぞ!! 作戦通りに、この場で踏ん張れ! それから、徐々に後退していく! 攻勢を保ちながらの後退という離れ業だ。俺達くらいの練度がなければ務まらんぞ!」


 セレスリーンの思い通りにすれば、いいんだろうが。そう悪態を心中で突きながらも、俺はそう命令を降した!


『退けっ!! 冗談じゃねぇぞっ!!』


 俺は、今回ぶち当たった敵の部隊に仰天した。

 先ずは、敵の先頭にいる旗艦らしき一隻の船。

 プラチナの船体をもったその優美な船は、とんでもない火力を誇っている。

 それに、あの形はどう見ても木星産の船ではない。

 火星の兵工廠ですら、あの優美な曲線を描く船体を作るのは難しいだろう。

 それを証立てるように、積んでいる兵装も、主砲がホーミングレーザー、サブでミサイルがグラビトンミサイル。とにかく狂気の高火力武装だ。

 しかし、なんで叛乱軍に地球産の船が混じっているのか。俺には全く理解できないままに、その船を突端として突っ込んでくる4000隻の敵艦の圧力に押されて、俺の艦隊は潰走する羽目になった。


『セレスリーン!! 援軍!! 早く援助の部隊を回してくれっ!! 持たねえぞこれはっ!!』


 俺達は、潰走しながらもセレスリーンが宇宙空間に艦隊で以って敷いている迎撃陣の中に飛び込んだ。

 すると、レーザー通信の向こう側で。


『ご苦労、マドルス。よくやってくれた!』


 そうセレスリーンが言ったので、俺はもう大丈夫太と思った。

 だが。


 セレスリーンの奴は、潰走している俺達の艦隊を追いかけてきた敵の艦船と一緒に、俺達の!!


 俺達の艦隊まで巻き込んで、思う存分攻撃を浴びせて来やがった!!

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