33・緒戦終わって(ネレイド視点)

『勝った……。と言っていいのか? 私にはまだ、何やらまぐれのようで……。あの火星宇宙軍の先鋒を退けられるとは、思ってもいなかった』


 イオスが、なにやら雲の上を歩いているかのような感じで。レーザー通信のモニターの向こう側で、こちらに視線を向けて。私の一言を待っているかのよう。


『ふふふ……。見事だった、信王イオス。貴殿の勝ちだ、存分に喜んでいい。この戦果は星母マナにしっかりと伝えておく』

『勝った……、勝った!! 本当に、勝ったのだ!! 我ら虐げられし、木星の民が!! 緒戦だけとはいえ、あの地球の手先の火星宇宙軍に!!』

『存分に喜ぶべきだ、ここは。こちらから酒を贈ろうではないか』

『ああ! 有難くいただく! なんとも言えず、心地よいものだな。勝利の味とは!』

『そこに酒が入れば、また格別。こちらから、トリンフォルム級の補給艦を送ることにする。中には、酒宴用の物資をたんまり詰めてな。生き残りの2300隻の乗組員が生き延びた祝いと、失われた700隻の乗組員の鎮魂の宴を開くがいい』

『……そうだった。無邪気に、手放しで喜びもできないな……。味方も、相当死んだのだから……』

『敵も死んだ。戦争とはそういう物だ。今までは、地球宇宙軍や火星宇宙軍と戦う事はあっても。最終的には木星の大気の中に逃げ込んでいた貴殿らは、ある意味初めての命を張る戦い・・・・・・を経験したことになる。どうだった? イオス。戦の味は』

『……死んでいった味方には不謹慎だが。昂るものだな、これは……』

『ふふ……。そういう物だ、戦いの味とは。では、こちらはおそらく次に激突するであろう、敵の本隊との決戦用の作戦を立てなければならない。イオス、貴殿も立派な頭数に入れて、戦力割り振りをする。酒を飲んで宴を開いて。三日ジャストで、元通り以上のコンディションに仕上げておけ。貴殿自身も、兵士たちの士気もな』

『うむ……。分かったぞ、ネレイド。いや、宇宙海賊のネレイド提督』

『ふむ。形としては、私は木星宇宙軍を率いてはいるが。これは飽くまで、一海賊である私たちが、助力を依頼されて行っている形にしている。その方が、この木星の自立活動の一助にはなりやすいし、事が終わった後に私たちが木星の民たちの束縛を受ける事も無い。あのお嬢さんのマナにしては、いい知恵を出してくれたよ』

『マナ様は聡い方だ。伊達に500年を超える年月を過ごしていたわけではない』

『どうやら、そう言った部分もあるようだな。めそめそ泣いてばかりの小娘かと思いきや、決断後の行動力や、指示系統の確率。その組み立てやら決断の速さは見事だった。あの娘は、ああ見えても。やはり木星の星母であり、木星の主なのだな』

『ネレイド提督。マナ様の座をうかがおうなどとしたら、我ら木星五大陸王と木星の民たちすべてが。黙っていないぞ?』

『ははは。それは怖いな。豊かな木星を乗っ取ろうと考えれば、タダではすまんという事か。だがまあ、安心しておけ、イオス殿。私は今後、宇宙海賊として太陽系内を飛び回る予定だ。この木星の自立を為したらな。そんな自由な行動を望む我らに、木星の支配権所有権があってどうする? 酷い重石となってしまうではないか』

『ふむ。ネレイド提督。貴殿は随分あっさりしていると思ったら。そういうことを考えていたのか。何やら安心したぞ』

『はは。人の物を奪いたいという性癖は、とっくの昔に地球に捨ててきた。そのような欲があっては宇宙の海の波に飲まれてしまうからな』

『波にのまれる、か。詩的な事をいう』

『ふふん♪ 私も伊達に地球人ではないという事だ。詩文の心得は持っているよ。さて、イオス殿。これから三日間、忙しかろう。部下を労い、士気を刷新せねばならぬのだ。そのことについてきっちりと考えておいて貰わねば困る。こちらからの輸送艦が着くまでの間にな。あまり時間が無かろう?』

『む……、そうだな。では、ネレイド提督。こちらは色々と準備があるので失礼する』


 イオスの敬礼を映して、レーザー通信が切れた。さて……。


「メルシェ、敵の先鋒の名前が分かった。マドルス中将というらしいが、私は知らぬ火星宇宙軍の将官の名前だ。データ解析でどこの所属の者か、示してくれ」


 私はモニターから向き直って、そのようにメルシェに尋ねた。


「畏まりました、ネレイド提督。少々お待ちください」


 ブリッジでそのように言う、メルシェ。いつもは結構強い思考の光が出ている瞳の色が一瞬薄くなり、内部で大量のデータを演算している様子が窺える。


「……マドルス中将。火星宇宙軍、火星防衛任務艦隊長セレスリーン大将幕下の提督です。突撃能力と防御能力の共に高い良将ですが、まだ若く、経験不足のために失敗の事例もまた多い。地球宇宙軍のデータバンクでは、人材レベルAマイナスに分類されています」

「セレスリーン大将の部下、か。セレスリーンと言えば、火星では相当に有力な大将だ。この私の所にもその名は伝わってきていた」

「いかにも、提督。セレスリーン大将の能力は、地球の評価レベルでAプラス評価です。機動、攻撃、防御の三拍子の上に、作戦立案能力も高いとのこと。あ、追記事項で。火星産の有機AI、フォビィという女性型アンドロイドが彼のサポートをしているとのこと。なかなかに高機能のようです」

「むー……。次にぶつかるのは、そのセレスリーン大将と、か。なかなかな難物のようだ」

「作戦の傾向としては、敵方の攻撃を先にさせ。敵が疲れるまで防御姿勢を保って後、敵の疲労に付けこんで攻撃に移り、大戦果を挙げる。まあ、後攻型の典型的な作戦を展開することが多いようです。しかし、これがまた巧妙なようでして」

「少し考えよう。その手の敵を平らげるには、どうすればよいか……」

「私には腹案がもうできました」

「速いな、メルシェ?」

「守りに徹せないような形に。持っていけばいいのですよ、ネレイド提督」

「……なるほど、数はこちらの方が多いという事か。火星が動かした艦船数は、太陽系の条約に従って一般放送の電波に乗っている。確か、数5000程」

「はい。その放送内容が本当かどうかはともかく。実際の所、火星宇宙軍の総艦船数は、データの照らし合わせをすると10000隻ほど。まあ、今回の我らに対する迎撃にその半数を向けてきたというのは妥当なところかと思われます」

「という事は、敵の出撃艦艇数は掛け値なしの太陽系広域放送通りか。だとすれば、多少目減りしたとはいえ。我らの半数ほどしかいない……」

「はい。数の有利を活かせば。敵に守勢に回ることを不可能にする手が打てます」


 ふむ……、と。私は考え込んだが。メルシェの言いたいことはわかってきた。


「サンドイッチ、は。いい料理法だな。具を逃さないで済む」


 私は、ピウフィオに作ってもらったツナと胡瓜のサンドイッチをブリッジのコンソールの上に置いてあることを思い出してそう言った。

 メルシェが、ニコっと笑みを向けてくる。


「サンドイッチは、いい料理法です」


 と。まあ、そう言うわけなんだ。

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