31・苦手な上司(マドルス視点)

「マドルス提督!! 重力地帯から脱出成功しました!! ……が、味方の被害率、50%オーバー!! 士気の下がり様も尋常ではありません!!」


 オペレーターの声が響く。くっそ! たかが木星軍にしてやられた!! 俺は、屈辱感に顔が真っ青になっているだろう自分を感じた。


「このまま……、おめおめと!! 引き返せるかっ!! 残存艦艇にこの旗艦の周りへの集結指令を飛ばせ!! 密集突撃をかまして、敵の先鋒の将の首くらいは取ってやるっ!!」

「了解です。各艦艇に無線通信飛ばします!」

「急いで集結させろっ!」

「はいっ!」


 くっそ! くそっ!! 何だってんだこれは! 意味が分からねぇ! 文明の僻地、文化通らぬ野蛮の地、木星の連中に!

 太陽系の副都がある火星の文明文化の民たる俺が負ける?

 あり得ねぇ!! あってはならねぇ!! そんなことは!!

 そもそも、ここで俺が戦っているのは。この戦役は父上が功績を稼ぐいいチャンスだと教えてくれたからだ。

 地球の敵である木星の軍を叩きのめせば。火星の上層部の覚えもいいし、何より地球の市民たちにある意味の外様としてだが、人気も出てくる。

 ひょっとしたら、地球に遊びに行くこともできるかもしれない。あの、花の都の地球に!

 そう思ったから、俺はこの戦いに参戦し、楽勝余裕の大戦果を挙げるはずだった……。なのに!!

 なんで木星軍の奴ら、大人しくやられない!! 木星人のごとき雑魚は、俺の霊威に恐れ戦いて宇宙のゴミになればいいだけなのに!!


「閣下!! 後方のセレスリーン大将からレーザー通信会話入ります!!」

「今それどころじゃねえって言っとけ!!」

「しかし、それは拙いのでは……?」

「いいから無視だ!! 今のこっちは取り込み中だ!!」

「ん……!! レーザー通信回路! 強引に開かれます!!」

「なんだよ、もう!!」


 クソ忙しさに半狂乱になっている俺の所に、上司のセレスリーンからの通信が飛び込んできた。


『やあ……。苦戦しているようだね、外交官のお家のボンボンさん』

「セレス……、リーン」

『大将閣下、が抜けているよ。マドルス中将』


 レーザー通信のモニターに映る、赤い長髪に大将の身分冠を額に見せて。

 オカマ野郎のようなセレスリーンの奴が、俺を審査するような視線を向けてきやがった。


「俺は、まだ。負けてない……!」

『そうだね。まだ、負けてない。君は生きている』

「これから、勝つつもりだ」

『それは、無理というモノだろう。彼我の戦力差を分かっていないな、君は』

「何が言いたい⁉ セレスリーン!!」

『バカな真似やってないで。さっさと引き上げてこい、マドルス中将』

「ふざけるな! セレスリーン!! 俺にだって軍人の誇りはある!!」

『部下を全滅させて、火星軍の貴重な艦船を損なって。自分の命まで落とすことが君の誇りなのかい? マドルス。そう言ったカッコいい言葉は、実力を伴ってから言うモノだ』

「テメェっ!! どこまで俺を侮辱すれば……!!」

『侮辱じゃないけど。侮蔑はするねぇ。君はあまりにも幼稚で、無能すぎる』

「お……まえは……!!」

『お前呼ばわりとか、手前呼ばわりとか。散々だねぇ、私も。まあ、幼児を相手にしていると思って許してあげるけど。いいから早く引き上げてこい!! マドルス!!』


 キツイ声が放たれて、俺は一発で委縮した。コイツは、普段は物腰が柔らかいのだが、ものすごく恐ろしい奴なんだ、本当は。


『私のティアマト号率いる艦隊が、今。君の後詰としてその宙域に向かっている。早くそこを逃げだして、被害を最小限にして合流しろ。大将命令だ』

「くっ……!! 承知、したっ……!」


 なんてことだよ全く!! これじゃ地球に遊びに行くなんて夢のまた夢……。

 女友達の一人に、地球に行けるぞって言っちまったよもう、俺。

 女に軽蔑の視線を向けられる近い未来がまざまざと想像される。

 こんな筈じゃ、無かったのに……。


『マドルス。いい勉強になったじゃないか。君は敵を侮りすぎる悪い癖があった。今回、木星軍なんていう遥かに格下の連中を相手に不覚を取ったこと。恥を上手く精神的に処理できれば、いい教訓と反省が得られると思うがね?』

「だまってて……、くれ。セレスリーン……」

『引き上げてくるんだね?』

「承知したと言った」

『こちらもその宙域に進軍しながら。ゆくゆくは合流するつもりだ。君の失敗は、まあ。わが軍の糧になる。戦闘データや、諸々の収集。お疲れ様だよ、マドルス』


 ……なるほど、この辣腕の大将。俺をやられ役・・・・としてまずこの木星軍との戦いに派遣したのか。敵の手の内を読むために。

 凄まじく巧妙だが、苦手なやり口で。人の気持ちを何も考えてやしない。

 セレスリーンの奴は、今までの経験上ではそう言った奴なのかもしれない。

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