28・木星の叛旗(マナ視点)
「マナ。この木星圏でやるべき準備は終わった。あとは、実行に移るだけだ。地球人に木星人の人権を認めさせるための戦いに」
恐ろしい……。私は、ネレイドの語り掛けに対して、そのような気持ちを持ちました。なんて心が弱い私でしょう!!
「わかりました、ネレイド。我ら木星人は、このまま地球の下で未来の見えぬ奴隷労働を続けるつもりはない。そのような意見で、軍民が一致しています。決まった以上、躊躇する必要もないのですが……。戦争というものは、当然のように。死者が出ますよね?」
「……それか。当然と言えば当然だ。兄上の言うには、この太陽系で死んだものは、やはり太陽系にあると言われる幻の惑星『黄泉』に飛ぶという事だ。何というのか、霊や魂がな。そして、またいずれかの星で、赤子として産まれてくる。無念を残した魂は無念を晴らそうと次の人生では行動をするというわけだ」
「でしたら、卑怯な戦いを演じるわけには……。参りませんね」
「そうだな。卑劣卑怯な戦いで。もし仮に勝利を奪ったとしても、死んでいくものに見下されるだけだ。武人の魂を持たぬ卑怯者と」
「ネレイド。私は怖いです。実際の所、木星の民の命が戦いで奪われることがとても恐ろしい」
「マナ。折角受肉した肉体を持ちながら。己の環境を良くしようと挑まぬものは、肉体を与えてくれた太陽系の女神、ソピアに軽んじられ、その寵愛を失うという。我らは己の力を尽くす。肉体を与えられしものの職務を果たす」
「肉体を与えられたものの職務……? それはどういう物ですか?」
「あらゆる物理的手段を用いて。精神や魂が安らぐ世界の構築すること。もしくは世界の改善。そういう物だと私は思っている」
「私は……。私にできる事は。この木星であなた方が戦に旅立ち、戦う様を必死に応援し支える。それくらいしかありませんが……。木星の女たちみんなで。残る男たちもいますが、その者たちみんなで。必勝を祈願しています」
「有難い。もしこの戦い、勝つことができれば。地球側も木星侮るべからずと交友の使者を向けてくるかもしれん。そこまでは引っ張りたい」
「はい……。ぜひ、お願いします、ネレイド」
実際の所。私が土星に通信を送り、同盟関係の絆の固さを確かめる事と此度木星は地球に対する叛旗を翻すと告げたこと。
その事実は既に太陽系全体に広がっていて、地球側の逆鱗に触った形だという事です。巨大ガス惑星である木星と土星が組んで地球に逆らえば。地球は液体水素の供給を止められ、生活エネルギーを産み出すことに難渋するでしょう。そこまで込みの状況になった時。
地球は、まず自分たちが動く……、ということはしませんでした。
自分たちの忠実な属国星である、火星を動かしたのです。
アステロイドベルトの資源の所有権を持つ火星は、物質資源豊かでまた、地球にも近いために地球文明が存分に流れ込んできている星です。その宇宙軍である火星宇宙軍もまた強く、たった今こちらに向かってきている火星宇宙軍の艦隊4000隻ほどが、本気を出して宇宙を縦横に暴れまわったら。我ら木星宇宙軍がどれほど太刀打ちできるか。私には不安が残りました。しかし、決めた事です。
「ネレイド。お願いいたします。私たちが軍事的な心の拠り所にできるのは、貴女一人です……」
私の、万感の思いを込めた一言。ネレイドはそれを聞くと、何でも無いように明るい笑顔で振り返り。
「こら、心配するな。この私が率いる艦隊が。火星人如きに敗れるわけが無かろう。では、時間がない。出立する。マナ、後方支援は頼んだぞ」
と言いました。
「わかり……、ました!! こうなった以上は、私も腹を据えます。征って下さい。そして、必ず。勝って帰ってくるのです!! 宇宙海賊ネレイド!!」
私は、臆病な小娘をこの時ようやく卒業したのかもしれません。
「よし、敵を征伐してくる。待っていろ、大戦果をな。この木星本星にはジプスを残す。私は、イオスとカリトスを連れて出撃する。エウロスには生活資源開発が、ガニメスには兵器増産の任務があるからな。あの二人を戦陣に引っ張り出すわけにはいかん」
「この木星宇宙軍の総艦船数、20000隻。その内の10000隻を貴女に与えます。いいですね? 必勝ですよ!!」
「ふむ。度胸が据わってきたじゃないか、マナ。顔が紅潮して、可愛く見えるぞ」
「……っ!! なにを⁈ 言っているんですか!!」
「そう戸惑うな。からかい甲斐があってもっとからかいたくなるじゃないか」
「貴女……!! 性格悪いんですね! ネレイド!!」
「言われるまでもなくそれは知っている」
「もう……。どこまでも、私より上手なんだから……」
そんなことを言う私の額に、人差し指と中指を当てて。トンっと押して笑うネレイド。
「行ってくる。安心していい。私は勝ってくる」
揺ぎ無い自信を含ませた声を残して。
ネレイドは征伐に立ちました……。
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