24・マナの決断(マナ視点)

 ……私は。ネレイドから贈られた紅茶を飲みながら、よくよく考えてみました。

 そうです、本来ならば。この私が任を終えたというのならば。

 私は地球に戻り、このような紅茶や、また。芳しいメープルシロップの掛かったホットケーキなどを食べることも出来ているはずです。

 なぜ、でしょうか。

 なぜ、地球の上層部は。私を迎えに来ないのでしょう?

 よくやってくれた、その一言があるだけで。欲しいだけで。

 私は今までの働きの代償など求めようとは思ってはいないのに。


「まあ、そうだな。粗方の想像はつくとは思うが……。既得権に対する恐怖感。そう言ったものが地球人の心の根底にはある。マナ、君がいくら木星の事業に対して、代償を求めないと発言しても。俗欲まみれの地球市民は疑いを挟むだろうよ」


 ……私とネレイドは、星母城のバルコニーで私とテーブルを囲みながら。ネレイドのお土産のレモンパイをつつきながら。紅茶を飲みながら。彼女はそんな事を私に言いました。


「地球の上層部は。君の存在が邪魔だと言っていた」


 そうでしょう……。悲しいことにそうなのでしょうね。用済みになった道具など、もう要らないというのが地球人の発想しそうなことです。


「君が、木星圏において絶大なる支持さえ集めていなければ。容易くとらえて檻に永遠に閉じ込めておけるのに、とも。言っていた」


 私が、疑似不死の肉体を持っているための対処法でしょう。そこまで、私は地球の上層部にとって疎ましい存在になっているとは……。私は心の弱いことに、また落涙してしまいました。


「木星と地球の間に、不平等商取引契約が結ばれて久しい。この扱いから見るに、地球は明らかに木星に対して恐怖感を覚えている。己の為すべきことを木星人に押し付けて、仮の栄華を誇っていた連中はな。悲しいことに、今の地球上層部の連中はそんな層ばかりだ」

「ネレイド。貴方は地球人でしょう? そんな状態を看過していたのですか?」


 私は、私なりに。刺すようにしてネレイドに問い詰めました。


「看過、か。私は地球においては軍人だ。一軍人にすぎん。その職務の外に出ては、何の力も持たん存在だよ。だが、教えられることはある。実はな、多分君たち木星人が一番腹を立てているであろう一件。木星海上の浮遊プレート大陸に対する大爆撃の一件は。実の話をしてしまえば、私の兄の仕業だ」

「あに……⁈ 兄⁉ あなた、ネレイド!! まさか、あの地球宇宙軍に所属している兄がいるのですか⁈ その者が木星に対して大爆撃を行ったと⁈」

「と……、いうか。あの大爆撃の指揮を執っていた三艦隊の提督に命令を飛ばしたのが、私の兄。地球宇宙軍元帥のヴィフィールだ」

「元帥の……、妹……。貴女は、ネレイド。そんな出自のものだったのですか……!」

「ああ、そうなんだが」

「でしたら、私の身柄は欲しいでしょうね。ネレイド、貴女にも」

「いや、そうでもないのだよ。これが」

「? どういうことですか? ネレイド?」

「つまりだ。私の兄が大爆撃を行った動機というのがな。『地球市民の総意』の代弁した地球大統領の命だった。そう言うわけで。ヴィフィール兄上は、あまり乗り気ではなかったんだよ」

「それで……。貴女は此処に。木星に何をしに来たのですか?」

「ジプスから聞いていると思うが。私たちは既に地球宇宙軍ではない。ネレイド海賊団として、太陽系に公正を示すためにあると言っていい」

「海賊……。眉間にしわが寄りそうですが。その海賊団が、私に。木星に何を望んで訪れたのですか?」

「地球の、な。不義理を正す。木星宇宙軍を統べて、地球の横暴を正す。それを望んでいるんだ、私は。地球内部でクーデターを行わない理由は一つ。内部の者の反逆であれば、地球人は目が醒めないからだ。強烈な外圧を受けて初めて、地球市民も地球政府も。己のしている事がどれだけ自分にとって危険なことであるかを。気づくというものなのだな」

「では? 私たちが貴女に協力すると。そうお思いなのですか? ネレイド」

「ああ。恐らくはな。君たち木星人は、実際の所。貧困と圧政に苦しんでいる。その圧政は、木星圏内部で行われているものではなく、太陽系の中での木星の扱われ方が酷いという形で、その責任は宗主星たる地球のやり方にあると言える。君たちは、ここで立って反抗の意を示し。地球に対して己共の力を見せつけることによってのみ、地球と対等の存在として扱われる。その為の決起。この私とクルーとアフラ・アル・マズダ号がこの木星に来ている、という事で。起こす気はないか? 今までの、不満によるモチベーションの戦い方ではない、自らの主権を再び取り戻すための戦いだ。得るものは大きいぞ?」


 さて。これは。危険な臭いというよりも、アレです。

 自分の度胸を試される。そう言ったお話です。

 木星人すべての母といっていい立ち位置にいる私。

 この私の決断によって、木星人が豊かになれるか、それとも貧困のままか。

 また、戦いに勝利し人権を勝ち取るのか、敗北して人権どころか命まで失ってしまうのか。

 そう言った、大きな決断を。

 私はネレイドに迫られていました。


「……ネレイド。貴女は、勇猛果敢かつ巧妙な用兵をするという、地球宇宙軍の一艦隊の提督であった。その腕を、我が木星宇宙軍の艦艇を率いて。発揮してくれると約束してくださいますか?」


 私がそう聞くと、ドーム内の空調の具合が少し狂ったのか、突然吹いてきた風で。ネレイドの長い銀髪が流れました。

 その風になぶらせた髪のままで。

 強烈な意志力を示す光を紅の瞳に宿らせて。

 ネレイドは頷きました。


「無論、そのつもりだ。任せろ、マナ」


 そう言ってくれました。ですので私は大きく頷き。


「ネレイド。木星の五大陸王の力もすべて結集致します。この勝負、短期間で収まるものかどうかは分かりませんが。ともあれ頼みますよ。私は決断しました。戦います、地球と」


 私が力ある声でそう言うと、ネレイドは私の肩に手をおいて。

 力強くまた、頷いてくれました。

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