21・ジプスとネレイド(メルシェ視点)

 さて。分からないことだらけの、人間たち。私、生体人工知能のメルシェには、人間たちの挙動がとても見ていて楽しく、また学びになるものです。


「木星五大陸王筆頭のジプス……か。どうやら相違ないようだな。お前はただものではない風貌を持っているし、落ち着き方も尋常ではない。捕虜としてネレイド提督の御前に突き出されたというのに」


 ゼイラム副官が、そんなことを言います。まあ、確かに。バッシュさんが捕らえてきて、このアフラ・アル・マズダ号のブリッジに連れてきた、中年の木星人は。タダの木星人とは明らかに違った様を見せていました。


「……? 何を言っている? チョビ髭に胴長短足の堂々たる体躯。貴様がネレイドなのだろう? 部下の報告によれば、貴様が一番デカい態度をしていたと言っていたぞ?」


 まあ! そう言う勘違いも、起こるものでしょうか? 確かに、最初にこの船で木星人たちを饗応したときに。一番態度が大きかったのはゼイラム副官でしょう。それこそこの艦の提督と勘違いされてもおかしくないほどに。

 ……というか、この航海からですが。ブリッジクルーに加わったゼイラム副官はとても態度が大きいのです、普段から。


「何を言っている。私はたかが大佐。中将提督たるネレイド様はこちらにおわす清廉たる銀髪の美女だ。頭を垂れよ、木星王!!」


 ああ、もう! 何という場の空気を読まない態度でしょう! ゼイラム副官ときたら!! そう思って私がやきもきして。フォローに入ろうとした時です。


「止めんか! ゼイラム。捕虜に対して礼を欠くというものだぞ、その態度は」


 ネレイド提督がカットに入ってくださいました。


「……言いたいことはありますが、黙っていましょう。この艦の提督はあなただ、ネレイド様」


 ネレイド提督の言うことには順々と従うゼイラム副官。このお方は少々人格に問題がありそうですが、上が上手く操っていれば使える人材であることは確かです。先頃の策略は失敗に終わりましたが。それでも献策をできて実行に移すだけのことができる有能な人材です。


「さて、ジプス。改めて自己紹介と行こう。私が、ネレイド。元地球宇宙軍第47艦隊提督にして、地球宇宙軍中将であったネレイドだ。今は少々、身分というものが違ってきているがな」


 そう言い放つネレイド提督。軍属であることを過去にしてしまったような物言いで、ブリッジの皆は首を傾げました。私だってそうです。


「ちょっとさ、ネレイド。お前が軍位捨てるのは勝手だけど。俺は軍位は捨てないぜ? そこんトコ、勘違いしないでよ?」


 ケルドム少佐がそう言います。


「私も。軍位は捨てないですね。大尉にまで昇るのって、いかに家が名門でも大変なんですから」


 ミズキ大尉もケルドム大佐と同じ身の振り方をすると宣言しますが。


「私は。家系親族の支えだけでも十分に生きていける。お前たちは違うだろうし、そういう物を持たない人間に。それを捨てろと強要するほどに私は酷烈ではない。地球宇宙軍の軍位は、現状では太陽系最強の肩書といっていいからな」


 ネレイド提督がそう言い放つと。クリーズ少佐が面白そうな顔をしました。


「ネレイド提督。何もかもを捨てて、それでも人は生きられるか。そのような賭けにでも興じたくなったのか?」


 ⁉ 変な事を言う、クリーズ少佐。私は実はこのお方にAIとして、危険性を常に覚えています。常識的な範囲以上・・・・・・・・に頭が切れ過ぎるのです。

 常人に理解できない理論を自分の中に持っているのでしょうが。

 それを現実の常人に理解できるようにプログラムやシステムを組むのが、このクリーズ少佐の仕事です。その為に、私以上に人の心を読むことがあり、それは私の誇りを傷付ける恐れがあるので。私は、この方を味方の中では一番警戒しています。

 それはともあれ、ここからネレイド提督が繰り出していった言葉には。優等生一辺倒の私を大いに驚かせるものが多くありました。


「ジプス。星母マナと、他の木星首脳部。確か、それぞれに木星本星とガリレオ4大衛星の守護を受け持っている、木星海上の五大陸王がいるとの話。お前は、王だと言っていたが。お前はどこを担当しているんだ?」

「私は……。フム。貴様らは、一番の当りを引いたな。私が、木星本星の守護を星母マナ様より承っている、五大陸王筆頭のジプス。ジプス=ジュピトリアスだ」

「ふむ。ジプス。私は、危険を冒して貴様を捕らえた。実は、私は。貴様の身柄を種にさらなる利益を掴みたいと思っているのだが」

「……星母マナ様との会談を持たせろと。そういう事か?」

「それくらいはわかるだろう。さて、不可能かな?」

「いや……。私の命と引き換えとなれば、マナ様も首を縦に振ると思われる」

「有難いな。では、ジプス。貴様の艦隊に私たちの船を混ぜてくれ。一緒に木星星都まで引率してくれると有難い」

「……倫理として。人の命を的にして自分の利益を求めるものは身を亡ぼすというのがあるのだが、な。しかしながら、貴様は自分が殺されんとしても人を害さなかった。私にしたって殺害はされていない。大した手腕だよ、海賊ネレイド・・・・・・

「お褒めにあずかれてな、嬉しいよジプス。私たちとて命を張ったのだ。その代償というか、褒美として貴様を捕らえることができた。多くは求めぬ。貴様の役割は、私たちにとっては。星母マナとの会談を持つための要石。そうであるわけだ」


 ほほう! これは面白い事を考えていたネレイド提督。しかし、これだこの状況をこちらがお膳立てすれば、木星の五王の一人、ジプスたれども。


「……いいだろう。私とて生と死の境だ。それくらいの役割は果たそうではないか」


 こうです。見事に陥落しました。何というのか、見事な手腕とジプスが言うのも頷けます。

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