3・アステロイドベルトにて

 我が第47艦隊が地球から出航して。

 火星を通り過ぎ、アステロイドベルトに入ったとこで、私はブリッジクルーにあることを打ち明けた。

 そう、兄上からの密命。というか、兄上の私に対する願いの事だ。


「……? 何ってんすか? ネレイド提督。地球宇宙軍の命令を一切無視する? 宇宙海賊になる? 頭おかしくなったんすか?」


 旗艦、アフラ・アル・マズダの戦闘兵器を一手に操る、艦砲システム長のケルドムが眉間に皴を寄せてそう言った。


「頭は正常だ。そのつもりだが。むしろおかしくなっているのは、地球市民や地球政府だ。巫女AIのぶち上げた『第二地殻構造計画』。あれ自体は未来のあるいい話だ。地球には人間が溢れているからな」

「言ってることおかしくないすか? 提督。巫女AIの意見に賛成で、それを支持する地球市民や地球政府。統一性が取れているじゃないですか」

「ああ。統一性は取れている。だが、急ぎ過ぎなのだ」

「急ぎすぎ? 何のことですか? 夢をかなえるのに邁進している地球市民。美しいじゃないっすか」

「そのために。他の星々から略奪に近いような安値の商取引で、物資を買い上げていてもか?」

「……。そういう事っすか。でも、仕方ないんじゃないっすか? そもそも人類の発祥は地球で。この太陽系に人類を送り出したのも地球の文明だ。その大本の地球が今、大量の物資を必要としている。それなら、親に子が尽くすように。地球より産まれた命の子孫である外地球人類も協力すべきだと思うんですがね」

「……ケルドム。外地球人類と言えども人間だ。日々の食べ物や、休息の時間、それに何らかの娯楽がなければ生きてはいけぬ」

「何を言ってるんですか? そう言った事柄は、いわば地球市民の特権で。外地球人類なんてのは、ただ働いて地球に尽くせばいいんすよ」

「ケルドム。お前は確かイギリスの貴族の出だったな」

「ええ。そうっすよ。イギリスでの権勢は相当なもんっす。俺の実家は。んで、それがどうしたって言うんです?」

「いかにも。イギリス貴族の考えそうな発想法だと思ってな。奴隷商法の発祥の地方のようなものだからな。西欧というのは」

「はぁ? 何ムカつくこと言ってんすか? キレますよ? 俺」


 私とケルドムの間が険悪になった。そこに、割って入ってきたものがいる。


「提督。それに、ケルドム少佐。この有機AIアンドロイドの意見を聞く気はありますか?」


 メルシェだ。有機質で出来た脳を持つ、アンドロイド。身体も有機質だが、それでもメルシェは人工物である。


「はっ。なんだよメルシェ。ご優秀な創られアンドロイドがご説教か?」


 ケルドムの機嫌は相当に悪い。まあ、私も西欧人の突っつかれたくない過去の汚点を抉ってしまったからな。


「説教ではありません。効率的な物事の処理法を思いつきましたので」


 ? メルシェは何を言おうとしているのか?


「提督は地球外惑星に対する苛烈な搾取を厭っております。それが、実の所は地球宇宙軍元帥ヴィフィール様の意思だということも最初に仰ってくださいました。その為に、自由に行動するために。地球宇宙軍の指揮下から離れて、宇宙海賊として生きていくと」

「ああ。そんなことを言うから、頭は確かかと提督に聞いたんだ俺は」


 憮然とケルドムが答える。


「実際私が考えるに。宇宙海賊になるという選択はベストかと思われます。提督の選択は」

「? 何言ってんだお前? メルシェ」

「宇宙海賊になれば。地球の者や外地球の者を問わずに、悪辣な商人から物資を奪うことができます。その上に、叛乱軍の暴走や、地球宇宙軍の横暴。その上にこの太陽系に多く存在する他の宇宙海賊の悪逆行為に対して、自由に攻撃の手を撃ち放つ事が出来ます。ヴィフィール元帥が願ったのは、そういう事ではないでしょうか? 提督。如何でしょうか?」


 コイツは……。有機AIというのは恐ろしいものだな。凄まじい精度で人の心を読んでくる。


「ああ。兄上が私に願ったのは。『太陽系に公正という力を示せ』ということだった」


 そう、平等でもなく、公平でもなく、公正。

 公に対して正しく、皆にプラスの価値を与える存在。

 そう言ったものになってくれと、あの時シンクに殴りまくられて口の端から血を流しながらも、にやりと不敵な笑いと共に私に命じ願った、兄上の願望はそれだった。

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