あれあれあれ




(よし)


 綿雲の上で正座になっていた彎月は交差させた腕で腹を押さえては上半身を下ろして、あいたたた~と涙声交じりに腹痛を訴えた。

 仮病である。

 自分が地上に戻らなければいけない状況を作ればきっと応じてくれると考えたのだ。


「あいたたたたたた~。お孫さん。俺、腹が痛いです~。これは親方特製の薬を飲まなければ治りそうにありません~。あいたたたたた~。いたい~。もうだめだ~」


 ピタリと止んだ茜雲の泣き声に、しめしめとほくそ笑んだ彎月。あとは顔を弱弱しく上げて、しっぽに乗ってくださいと言えば応じてくれること間違いなしだ。

 そう目論んで、ふらりふらりと上半身も顔も前後左右に揺らしながら、上半身を起こそうとした彎月であったが。


「あれ?」


 青色が消えて、もくもくの白の水蒸気へと景色が一変した。


「あれ?あれ?」


 彎月は困惑した。

 いや、ずっと困惑しているが、さらに輪をかけて困惑していた。

 何故ならば、乗っているのだ。身体が巨大な何かに。黒とも青とも見える色で、硬いようなやわらかいような感触がして、どっくんどっくんと迫力がありながらもどこか懐かしくなる命の鼓動を響かせる、それはそれは巨大な生物に。


「あれあれあれ?」


 おもむろに力が抜き取られるような感覚に陥った彎月は、へなりへなりとその正体不明の生物の上に倒れ込んで、そして、景色が暗闇に覆われてしまったと同時に意識がなくしてしまったのだ。











 ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん。

 また茜雲の泣き声が再開してしまったようだ。

 その声が鋭い針となって脳に直撃した彎月は、倒れ込んでいた身体を勢いよく起こすと茜雲を探して、その姿を視認すると問答無用でしっぽで包み込み、長庚がいる丸太小屋へと飛び跳ねて向かった。


 彎月は気づきもしなかった。

 九本あるはずのしっぽが、五本しかなかったことに。











(2023.4.24)



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