雲の上




(これは、どうしたものか)


 彎月は困惑した。

 ぎゃんぎゃん泣いている茜雲を前にして。

 ふかふかふわふわの綿雲を下にして。

 魂を、言葉を滑らかに、血管が微かにざわつくように吸い取られるような、透き通る青を左右上にして。


 ここは雲の上。

 茜雲がいつか必ず自分の力で、自分の翼で彎月を連れて行くと心に決めていた天空であった。


「ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん!」


 本当は違う泣き方をしているのだが、どうしてもそんな風に泣いているように見える彎月は本当に困惑していた。

 怒っている茜雲はそれこそ何度も目にしたことはあるが、泣いている茜雲を見るのは初めてだったのだ。


「どうしたんですか、お孫さん。どこか痛いんですか?」

「ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん!」


(何よ何よ何よ!こんな時ですら名前を呼ばないのね!別に今呼んでもらいたくもないけど!)

(どうしたものか。いつもは青い鱗が赤い。早く地上に戻った方がいいだろうに。帰りましょうとしっぽを伸ばしても、翼で叩かれるだけだし)


 まだ漆黒の翼が生えている魚の姿なのは、回復していない証。

 温度は少しひんやりする程度だが、酸素が薄いのだ。

 彎月には何の影響もないが、体調不良の茜雲には少しきついかもしれない。

 だと言うのに。


「お孫さん。帰りましょう。ほら、しっぽに乗ってください」

「ぎゃんぎゃんぎゃん!」

「いったい何が嫌なんですか?」

「ぎゃんぎゃんぎゃん!」


(言えるわけがないでしょう!私が連れて行きたかったのに、こんな想定外の自然現象に連れて来られたのが嫌だったなんて!)

(う~ん。まいったなあ。もう強引に連れて帰るかな~。当分怒ったままになりそうだけど、このままじゃ、危険な状態になるかもしれないし。う~ん。もしくは名前を呼んだら、しっぽに乗ってくれるか。けど。名前を呼んだら)




 強すぎる妖力を宿して生まれて来た妖怪は力への執着に貪欲で、名を呼んでしまったらそのものの妖力を吸い取ってしまう。命を奪うとまではいかずとも、限りなく危うい状態になるまで吸い取ってしまうのだ。


(ゆえに。名を呼ぶな。て、言われ続けて来たからなあ~)











(2023.4.24)



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