覚えている




 いいかい。

 おまえの力はとても強い。

 九尾の妖狐は特に妖力が強いが、おまえは群を抜いている。

 だから、よく覚えておきなさい。

 おまえは。











 妖力が弱まる日だったのだろう。

 常ならば平気なはずの毒蛇に噛まれたあなたが毒にやられて寝込んでしまった日。

 祖父は毒消し草を探しに行って、丸太小屋にはあなたと私だけ。

 妖怪の中で最強と謳われているのに情けない。

 汗が滴る額と前髪を布で拭って、前髪の一房を掴んで軽く引っ張ると薄く目を開いて言ったのだ。あなたは。


 連れて行ってほしい。

 雲の上へと。

 連れて行ってほしいと。

 細いほそい糸のような涙を流して。

 そうしてまた眠りに就いて。

 それっきり、その願いを口にしたことはなかった。




 ねえ、覚えてないでしょ。

 絶対、覚えてない。

 でも私は覚えている。

 だから。











(2023.4.21)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る