2人の"クロード"



西の遺跡



迷宮内の細い通路を進む二つの影。

先頭を歩くのはメイアだった。


杖の先端に明かりを灯して通路の奥まで照らす。

後方にはフィオナと名乗った女性。

大きいつば付き三角帽子に短いスカートの黒いドレスと黒のヒール型ブーツ。

緑色のショートヘアにメガネをかけている。


妙なのは格好だけでなく言葉使いもそうだった。

見るからに年齢はメイアと変わらないほどだが、かなり大人びた口調だったのだ。


「これは、かなり長い通路じゃな」


「は、はい……」


大人びたというよりも、それは老婆に近い。

メイアは自分の故郷にいた老人たちを思い出していた。


「もう、どれくらいこうしていればいいのか……」


「終着点に到達するまで……かのぉ」


メイアがフィオナと出会ってから、部屋を移動した回数は8回ほどだ。

次の部屋に入って、すぐに扉は閉まり、しばらくすると魔物が現れる。

魔物を倒すとことで、すぐに扉は開き、扉を通るとすぐに閉まるという構造だった。


部屋を移動し、次の部屋へ行くと倒れてる他の冒険者たちもいた。

その冒険者たちの殆どは餓死のようで、稀に魔物にやられたのか体に損傷がある遺体だった。


メイアはそれらを見るたびに不安になった。

この場所から永遠に出られないのではないか……そう思うと泣きたくなった。

だがフィオナがいてくれるおかげで、なんとか心を保てていたのだ。


ここに来るまでフィオナに波動の使い方を多く教わり、波動の形状変化が3つから5つまで可能となっていた。


「そう言えば聞いてなかったのですが、フィオナさんはなぜあの町に?」


「昔の友人の墓参りじゃよ。大昔に旅をした時、世話になった女性じゃ」


「へー」


「そのせいでこのザマじゃがな」


「フィオナさんは、あの町を襲った魔物と戦ったんですよね?」


「ああ。わしが来た時には町はもう火の海じゃったがな」


「え?」


それはメイアが知っている情報と極端に異なるものだった。

アダン・ダルの前の町では"家屋が少し壊されたくらいで死人は出ていない"と聞いていた。


「わしが町に入ると1人だけ騎士が残って魔物と戦っていた。じゃが、あの勇敢な女騎士も命を落とした」


「そんな……じゃあ今ある町は……」


「は?町はもう無いだろうに」


「いえ、あります。宿にも泊まりましたし、ギルドでこの迷宮の依頼を受けたのです」


「ああ……なるほど。そういうことか」


「どういうことでしょうか?」


「あの町を襲った魔物の名は魔幻夢ニクス・ヘル。天獄姉妹という悪趣味な魔物の妹の方だ。こいつらは人間に夢を見させて、それを展開させ、現実であるかのように他人に見せる」


「それじゃあ……あの町は……」


「生き残った誰かの見てる夢だろう」


メイアは言葉を失っていた。

そんなことがあり得るのか?

だが、あの町の雑貨屋であった出来事を思い出す。


「そういえば……立ち寄った雑貨屋の人たちが前の日と同じ会話をしていました」


「それがニクス・ヘルのスキルの限界じゃからな。同じ一日をループさせるほどの力しかない」


「でも……なぜ、町の外から来る人たちは気づかないのでしょうか?」


「時間軸だ」


「時間軸?」


「恐らく、いつ襲われたか聞けば"半年前"と言うだろう」


「……そういえば、言ってました」


「それだけでいいんだ。あとの記憶なんて曖昧でもなんとかなる。あとは誰が夢を見ているかだな」


「フィオナさんは、それが誰だかわからないのですか?」


「わしが見たのは女騎士だけだった。あとはニクスを追い詰めて……うーむ、どこかに生き残りがいてニクスが取引を持ちかけたのか。そして、この迷宮を作らせて冒険者たちを閉じ込めたと考えているが」


「迷宮を作ったのは魔物ではないのですか?」


「違う。このメガネでハッキリと見える。これは"土の波動"で作られた建物だ。魔物は波動を使えんからな」


メイアは驚いていた。

フィオナの掛けているメガネを通して物を見ると波動属性を検知できるのだという。


「凄いメガネです!」


「昔の仲間に頭がキレる者がおって、その者が作ったんじゃ」


「へー。そんなメガネあるんですね。クロードさんは触った物の波動属性はわかるみたいですけど、そのメガネも凄いです!」


「なんじゃと?」


ここまでずっと聞こえていた甲高いヒールの音が止まる。

先を歩いていたメイアは足を止めて振り返った。


「どうされました?」


「おぬしの仲間に"クロード"と名乗る者がいるのか?」


「え、ええ」


突然のことにメイアは息を呑む。

静かで落ち着いた声、だが、フィオナの鋭い眼光はメイアを睨むが如くだった。


「どんなやつだ?」


「えーと……長い黒髪を後ろで結って、ボロボロのマントを羽織ってます。とても優しくて、すごく頭がいいです」


「……」


それを黙って聞いていたフィオナは、しばらくしてから口を開いた。


「わしの知ってる"クロード"ではないな」


「フィオナさんの知ってる"クロード"って……」


「金色の長い髪を後ろで結っていて、憎たらしい顔、頭が悪くて、どうしようもないほどのクソ野郎じゃ」


「そ、そこまで……」


「いい足りないぐらいじゃよ。全部言ってたらキリがない」


フィオナの話を聞いてメイアは安堵した。

もしかしたらメイアの知ってるクロードがフィオナと仲の悪い人物だとするなら、この先が気まずい。


「じゃが……触れた物の波動属性がわかるとは……あの時の少年のようだな」


「え?」


「昔、クロードが魔物を倒す時にめちゃくちゃにした村の生き残りの小僧もそんなスキルを持っていたなと」


「めちゃくちゃにって……その少年というのは今どちらに?」


「さぁ?長い間、荷物持ちとして一緒に連れて旅をしたが……最後は結局はみんなバラバラになってしまったからの」


この話を聞くにフィオナが語った"クロード"という人物は、メイアの知っている"クロード"とは似ても似つかないほどの人物のようだった。


「そういえば……あの村で戦ったのは天獄姉妹の姉の方だったな」


「姉?」


「ああ。"魔幻魂まげんこんニクス・ヘヴン"……頭がいい魔物でかなり手こずった記憶が残ってる。懐かしいな」


「ニクス・ヘヴン……」


メイア自身、その名には聞き覚えは無かった。

それはさておき、正直にフィオナに対してクロードが六大英雄であることを伝えてしまおうかと思ったが、それはやめた。

クロードは一緒に旅をしているローラにさえ語らずにいるのだから、赤の他人のフィオナに言ってしまうのは軽々しいと感じたのだ。


もう一つ気になることがあった。

フィオナという女性は六大英雄の1人なのではないかとも思ったことだ。

だがメイアはフィオナに対して詮索はしなかった……いや、できなかったのだ。

こちらの知っている"クロード"が間違いなく六大英雄となればフィオナが言っている"クロード"とズレが生まれる。

クロードという名前の仲間が二人いたのならわかるが、そんなことはありえないだろうから、必然的にフィオナは六大英雄ではないという結論に至る。


逆にもしフィオナが六大英雄となれば、ナイトガイのメンバーの"クロード"という人物は一体誰なのか?という疑問に辿り着いてしまう。


メイアはこの矛盾を激しく恐れた。

恋心でないにしてもメイアはクロードのことが好きだったからだ。


「まぁ、なんにせよ、あのクロードでなくてよかった。もし、どこかで生きているなら真っ先に殺しに行かねばなるまい」


「それほど性格が悪いのですね……」


「そんなものじゃない、あれは精神異常者じゃよ」


フィオナはため息混じりに言った。

つくづく自分の知っているクロードとは違うことに安堵しつつ、また歩き出す2人。


そして、少し歩くと、ようやく次の部屋の扉が見えた。

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