原初の波動


西の遺跡



ガイとカトリーヌは巨大な闘技場のような部屋に入った。


正面、数百メートル先では数人の冒険者たちが大きな山羊頭の魔物、バフォメットと戦っている。

3メートルはありそうなほどの巨体と広げられた翼。

そして、そこから放たれている異様な黒色瘴気はバフォメットの周囲の空間を歪めるほど。


戦っている冒険者たちは見るからに苦戦しており、全員が今にも力尽きそうだった。


「なんだ……あの黒い湯気みたいものは……」


「あれは"ダーク・ノイズ"というものですわ。高位の魔物に備わるスキルのようなもので、ある程度の数値の波動を無効化してしまう」


「無効化って……波動が効かないってこと?」


「ええ。波動数値が全てだと思ってるのは低ランクの冒険者ですわ。それよりもっと重要なものが、この世界にはある」


「重要なもの?」


「ええ。私が先ほど見せた剣技もそう。全ては"戦い方"ですわ」


カトリーヌが言ったのはヒューマン・ギア戦のことだ。

一切、波動を使わず斬撃のみでの魔物処理には言葉を失った。

ガイ自身、自分に足りないものはこれだと確信したほどだった。


「どうすれば……あんたみたいになれる?」


「そうですわね……この戦いで使える波動は一回のみという制限をあなたに与えましょうか」


「一回!?たった一回……レベル10の魔物相手に?」


「ええ。あなたがどんな波動を使うかはわからないし、高波動なのか低波動なのかもわからない。ですが、そんなものはバフォメットには関係ないですから」


カトリーヌが言いたいことはなんとなくわかった。

それはバフォメットから放たれた、"ある程度の数値の波動"を無効化してしまう瘴気。

波動以外のバトルスキルが要求されるものだ。


「では、わたくしたちも行きましょうか。でないと彼らは死んでしまう」


「ああ……」


この制限はガイにとっては厳しいものだ。

なにせガイの戦闘は"七炎"の組み合わせによって連撃を生み出して相手を倒す。


サラマンダーから瞬炎絶走……

瞬炎陽炎からイグニスハンマー……


と言った具合に必ず2つの技を組み合わせる。

それができないとなれば、一体どうやって倒せばいいのか……今のガイには全く想像がつかなかった。


「行きますわ。私が前衛を。私が大振りの攻撃をしたら交代して相手の攻撃を受けて頂ければ、すぐに反撃に転じます」


「了解」


カトリーヌは先行し走り始める。

そのスピードは凄まじく速い。

鍛えられた筋肉をフルに活用した疾走だ。

ガイは数メートル遅れてしまう。


「クソ……こんなところでも差がでるのか……」


ここまで戦ってきた自負はある、だがどうしようもない"才能"と"努力"を見せつけられると心が折れそうになった。


「あなたはまだ若いですから、気にする必要はありませんわ」


カトリーヌが振り向かずに言った。

ガイのメンタルを気にしてのこと。

ここでもチームプレイのなんたるかを見た思いとなる。


正面にバフォメット。

近くに来ると、なお巨体があからさまで圧迫感がある。


他の冒険者がカトリーヌとガイに気づいた。


「なんだ!?援軍か!!」


「あれ、S級冒険者のカトリーヌ・デュランディアだ!!」


「マジか!!」


ガイは周囲の冒険者の発言に驚いた。

目の前のカトリーヌという女性は、自分が目指しているS級冒険者の1人だったのだ。


「よそ見してたら死にますわよ」


「あ、ああ!!」


カトリーヌが現れたことで周りに5人ほどいる冒険者たちの士気は上がった。

それほどの影響力が、この女性にはあるのだ。


「私が斬り込みますので、みなさんは下がって」


そう言うとカトリーヌは一歩前に出た。

左手に持つ刀を腰に当て、右手はぶらりと脱力させてる。

バフォメットは、そんなカトリーヌの方を向く。

完全に標的としてロックオンされたことは、ここにいる誰もが感じとった。


バフォメットの鋭利な爪は地面を削りながら、カトリーヌに迫る。

その瞬間、カトリーヌは右腕を掲げると、パチンと指を鳴らした。


「確かにダーク・ノイズは波動を無効化してしまう。ですが無効化できない属性が存在する。それが原初の波動……"光の波動"ですわ」


カトリーヌを中心に円形状に光の輪が広がる。

するとバフォメットの腕は振り上げと同時に灰になる。


「"光輪セイント・リング"」


カトリーヌの円形の輪はすぐに消えてしまった。

その瞬間、正面へ飛び込み、抜刀二連撃。

バフォメットの両足狙いだが傷が浅かった。


カトリーヌはすぐに刀を鞘へ戻すとバックステップした。

バフォメットの拳による地面叩きつけ攻撃を完全に読んでの行動。

だが、バフォメットの攻撃は連続する。

叩きつけによって舞い上がった砂煙に乗じて、無くなった腕のストレートがカトリーヌへと迫った。


「!!」


「く!!」


カトリーヌの目の前に飛び出したのはガイだった。

ダガーの両手持ちでバフォメットのパンチを受ける。

バフォメットには拳は無かったが、凄まじい衝撃に全身が痺れた。


「なかなか、いい反応ですわね」


カトリーヌはニヤリと笑う。

バックステップの着地の瞬間、右手を掲げる。


「これが今日、私が使える最後の波動ですわ」


そう言ってパチンと指を鳴らす。

すると光のベールがバフォメットに覆い被さる。

光のベールはバフォメットが放つ黒い瘴気を消した。


それを見た周りの冒険者たちは一気に攻める。

このベールの能力はバフォメットが纏った瘴気を消すものだと瞬時に判断してのもの。

ガイがバフォメットの攻撃を受けているうちに一斉攻撃した。


「これでも食らえ!!」


「はあああああ!!」


「終わってくれぇぇぇ!!」


冒険者達は叫び、"炎"、"水"、"風"、"土"、"氷"、とそれぞれの属性がバフォメットへと飛ぶ。

舞い上がる砂埃で覆われた巨大な体が灰になりかけていた。


「やったか!?」


カトリーヌが出した光のベールが消える。

その瞬間、ドス黒い瘴気が一気にバフォメットから吹き出して、冒険者たちを後方へと追いやった。

ガイもその1人で飛ばされるが、カトリーヌが受け止める。


「なんだと……再生してるのか……」


「ありえない……灰になりかけてたのに……」


冒険者たちは絶望感に包まれていた。

この状況にカトリーヌですらも息を呑む。

翼を大きく広げて、空間を捻じ曲げそうなほどの咆哮が響き渡る。


「さすがバフォメット……レベル10は伊達ではありませんわね」


「俺がやる」


「……無理ですわ。並の波動なら瘴気に打ち消されてしまいますから」


「大丈夫だ。俺は……"ワイルド・ナイン"だからな」


「なんですって?」


ガイはカトリーヌの腕をほどき前に出る。

髪の色が徐々に赤く発光し始め、瞳も真紅に染まった。


「波動……一回だけだったな。なら"四番目の炎"を……」


凄まじい瘴気を放ち続けるバフォメットとガイは向かい合う。


「無効化できるものならやってみるといい。俺の炎は……"並の熱さ"じゃないぜ」


ガイの体を包んだ灼熱の真っ赤な炎は背中の2本のダガー、両足に差した2本のダガーの鉄をドロドロと溶かし地面に流れ落としていた。


その光景を見たカトリーヌを含め、冒険者たちは動けなかった。

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