改変


アダン・ダル 4日目



ギルドを出た2人は昼頃には中央広場に到着した。

もうそろそろかと"陽の位置"を確認するとクロードはあたりを見回す。


そして、目当ての女性を見つけた。

相変わらず、全く干渉しない住民たちを掻き分けてクロードは、その女性の方へと少し早く歩いた。


女性は褐色肌でベリーショートの黒髪で簡単な服の上に軽装の鎧を纏う。

腰にはレイピアを差していた。


「ちょっと、すまない。アンナさん?」


クロードは彼女と会うのは二度目だったが初対面のフリをする。

同じ時間をループしている彼女にとってはクロードと会うのは初めてだったからだ。


「なんだ貴様は?冒険者か?」


「ええ、まぁ」


「どうせ西の遺跡の依頼だろ?さっさと行けばいい」


「いや、もう行ってきたんだ」


「なんだと?まさか……」


「入ったが、すぐ出てきた。攻略できなくてね」


その言葉を聞いたアンナはなぜか安堵した様子だった。


「ふん。自分たちの手に負えないと逃げ帰ってきたのか。無様な……なら、さっさとこの町から出ていけ」


「ああ。そうするよ。だが、その前に教えて欲しい。なぜか今、君は僕たちが迷宮を攻略できなかったことに対して安心したように見えた。なぜだ?」


「貴様に答える義務はないだろ」


「確かに。なら、そこの雑貨屋は知ってるかい?」


この質問に、なぜかアンナは息を呑んだ。

無表情に睨むような顔つきだったのが、少し寂しげにも見える。


「……な、なぜそんなことを聞く?そんな下らないことを聞くために私を呼び止めるとは……私は失礼させてもらう。半年も経つと妙な虫が湧くな」


ツンとした表情でアンナは無関心な住民たちを掻き分けて町の入り口の方へと消えていった。


「なんなのよ!あの女!これじゃ情報が無いじゃない!」


「そうでもないさ。彼女のことはケイトに聞けばいいことだ」


中央広場にある雑貨屋はすぐ近くにあった。

クロードはドアノブに手をかけて開ける。

何度も繰り返したことで、ローラはうんざりしながらも店に入った。


カランという来店を知らせる音が鳴ると、カウンターの方から女性の声がする。


「いらっしゃい!」


声の主は変わりなくケイト。

クロードが店の奥まで行きカウンターの前に立った。


「少し尋ねたいことがあるんだが」


「はい、なんでしょうか?」


「この町に派遣された騎士のアンナを知ってるかい?」


ケイトはキョトンとした顔をしたが、すぐに口を開いた。


「ええ、知ってますよ。ずっと、ここで買い出しされてましたので。とても真面目な方で尊敬してます!最近はなぜか来られないですけど……」


「あれを尊敬……?」


ローラが眉を顰めて言うが、構わずクロードはすぐに話題を変えた。


「そうでしたか。ちなみにこの町は魔物に襲われてからどれくらい経ってますか?」


「え?半年くらいですかね?」


「ありがとう。それだけです」


そうクロードが発言した瞬間にドアが開き、カランと音がする。

2人が振り向くと、そこにはドミニクがいた。


「ケイト、どうしたんだ?この方たちはお客さんかい?」


「お父さん!」


笑顔でケイトは言った。

ドミニクは会釈しながらクロードとローラをかわすとカウンターへと入った。


「僕たちは冒険者です。西の遺跡の件で来てます」


「そうですか!頑張って下さい!」


ドミニクは満面の笑みで言った。

隣に立つケイトも笑顔だった。


「そうだ、あともう一つ……」


「なんでしょうか?」


「オーレル卿をご存知ですか?」


クロードが聞いた瞬間、ドミニクとケイトから笑顔が消えた。


「ええ。存じておりますよ。家族全員、嫌というほど」


「そうですか。ありがとうございます」


それだけ言ってクロードはローラを連れて店を出た。

そして、いつも通り店の窓にケイトがカーテンをかけ始める。

無表情でクロードとローラを睨むような目はやはり変わっていない。


「なんで平民がオーレル卿を知ってるの?しかも"家族全員"だなんて……ジョシュアも知ってるってこと?」


「恐らくそうだな。あと、わからないのはアンナとジョシュアの関係性か。とりあえずオーレル卿のところへ行こうか」


「そうね……でも、嫌なところばっかり……」


「確かに。だが調査とはそんなものさ。地道に足を使って嫌なことも経験する」


「はぁ……」


ため息をつくローラを見て苦笑いするクロード。

2人はこのままオーレル卿の屋敷へと向かった。

 

____________________



オーレル卿の屋敷の玄関ドアをノックすると、ヨレヨレの服を着た執事に案内され書斎へと入った。


「ん?おお!ローラ様、よくここまで来られました!」


相変わらず部屋には酒の香りが充満していた。

テーブルには無数の酒の瓶。

ソファに深く座ったオーレル卿の顔は赤い。


オーレル卿に促されてローラは向かい側のソファへ座り、クロードはその後ろに立った。


「今日はどういうご用件で?」


「それは僕の方から話しても?」


「ん?あなたは?」


「僕はローラお嬢様の護衛としてお供させて頂いております、クロードと申します」


「クロード?まさか英雄と同じ名前とは」


オーレル卿はニコニコとクロードを見る。

スペルシオ家の護衛となれば失礼があってはならないと感じたのか畏かしこまった。


「騎士のアンナはいつからこの町に?」


「アンナ?ええと……来たのは一年半くらい前かな。なぜですか?」


「彼女は西の遺跡の監視として来ていると聞いました。今の現状を解決するために動いたりしてないのかと思いまして」


「んー。私は早く解決してほしいからギルドに依頼しましたけど、彼女は反対してましたからね」


「なぜです?」


「詳しくはわかりませんけど、恐らくですが、迷宮があることで気持ちが楽なんじゃないかなと」


「"楽"……とはどういう意味でしょう?」


「彼女は西の遺跡に封印された魔物を監視に来てます。だけど波動数値が極端に低いみたいで、いつもピリピリしてまして。毎日、この屋敷に町の防衛の話をしに来ますよ」


「そうか……なるほど」


「え?どういうこと?」


「迷宮に入った者で帰ってきた者はいたかい?」


「いない……はず。そっか、中にいる魔物も出てこれないのか」


「あの遺跡の外には全く魔物はいなかった。つまり、あの周辺の魔物は全てあの遺跡の中にいるんだ」


クロードの話に納得したローラ。

オーレル卿も笑みを溢してグラスに入った酒を少し飲んだ。


「これは、彼女にとって過剰責任だと思いますよ。だから私と違って遺跡の状態を解決してほしくはないのでしょう」


「そうですか……あと、もう一つ」


「なんでしょう?」


「町の中央広場にある雑貨屋はご存知ですか?」


「……ああ。あの邪魔な店ですか」


「邪魔?」


「中央広場に新しく宿を建てたくて、あそこの土地の権利書を売ってもらいたいのですが……ちょっと時間が掛かってます」


そう言ってオーレル卿は笑った。

会話が終わるとクロードとローラは屋敷の外に出た。

この頃には外はもう夕方に迫っていた。


「まさか、オーレル卿が雑貨屋と繋がりがあったなんて……」


「だが、彼が迷宮を作る動機にはならないだろう。むしろ無くなって欲しいと思ってさえいると感じたが」


「じゃあ、決まりじゃない!あの女よ!あの女が遺跡を迷宮にした犯人!」


「いや、彼女が一番最初に外れた」


「はぁ!?なんでよ!!」


「オーレル卿の言葉を思い出すんだ。彼女の波動数値は"極端に低い"」


「あ……」


「彼女は、あの遺跡を巨大な迷宮にできるほどの波動数値ではない。そしてケイトも言うように真面目で尊敬できると。仮に波動数値が高かったとしても、その責務を果たすために動いている人間が魔物と手を組むとは考えづらい。これは人間と魔物、お互いの利益がマッチしていないといけないのさ」


「じゃあ、一体誰なのよ……」


「まだ確かめる相手は残ってるだろ」


クロードはそう言うと門へ向かって歩き出し、ローラはそれを追う。


向かった先は町の入り口だった。


__________



夕刻、1日目にナイトガイのメンバーが町に入った時間に近づきつつあった。

クロードとローラは町の入り口付近に立ち、周囲の様子を伺う。


「あたしはジョシュアも外れると思うけど」


「……僕は少し気になっていてね」


「え?」


「一日目は夕方のこの時間にジョシュアを追いかけて雑貨屋に入った。そして彼は二階にいるとケイトは言った」


「そうね」


「二日目、"迷宮へ行く前"に雑貨屋に行った時、ケイトとドミニクは同じ会話をしてジョシュアが二階にいると言った。昨日の昼頃に雑貨屋に行ったら同じ会話をしていた。そして夕方、ここで待っていたらジョシュアが現れた」


「あれ……順番が逆だ……」


「ここまで来るのに僕たちは誰とも会ってない。夢である以上は矛盾はどうしても発生する。だが、これは今のところ町で起こった出来事で一番大きく、そして不可解だ」


「確かに。やっぱりジョシュアには何かあるってこと?」


「それを調べるためにここに来たんだ。今日は全力で追ってジョシュアとケイト、ドミニクが3人でいるところを確認する」


「うん……でも、あたし、また触られるの……?」


「触られなければ、このイベントは始まらない」


「そうよね……」


ため息をつくローラ。

そして、その時間がやってきた。


「……」


「……」


……ゆっくりと夕日が沈んだ。


「なんで?」


「ありえない……」


クロードとローラの表情が強張る。

2人の前に、ジョシュアは現れなかったのだ。

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