利益の代償



日も中央に上がり、それは昼頃を指す目標めじるしでもあった。


ラズゥ家の屋敷の噴水前には、腕組みをして何かを待っているリリアンがいた。


屋敷門潜る一つの影。

それはクロードの姿だった。


ゆっくりとボロボロのマントを靡かせ歩くクロードはリリアンの前へ到着する。


「ずいぶんと遅かったわね」


「まぁね。だが、その分の収穫はあったよ」


そう言って笑みを溢す。

そんなクロードを見てため息混じりにリリアンは口を開く。


「あなたに頼まれた通り呼んでおいたわ。もうすぐ来ると思うけど」


「助かる」


「でも、あなたが言う人物は到底、犯人とは思えないけど」


「そう思うのは当然だな。だが確実にこの人物しかいない。それを今日ここで確かめる」


リリアンは苦笑いする。

その表情には不安が伺えた。

そしてリリアンのクロードを見ていた視線が、門の方へ移る。


「来たわよ」


クロードが門の方を振り向くと、一頭の馬が、ある人物を乗せて小走りで駆けてきた。

リリアンがクロードの前に出ると、馬はリリアンの前で止まった。


「度々のご足労で」


「なぜ……私を呼び出したの?それに、まだその汚い平民と一緒にいるなんて」


その言葉は馬上から言い放たれた。

白いワイシャツにブラウンのパンツ、黒いブーツを履いた銀のストレートヘアで色白の女性。


「メリル・ヴォルヴエッジ……」


クロードがそう言うと、メリルは眉を顰めた。

そして馬から降り、リリアンと向き合った。


「そんな汚い男に私の名を気安く呼ばせないでちょうだい。虫唾が走る」


「メリル……お前は……」


「あなたも、そんな汚らしい言葉を使うの?早く縁を切れとあれほど……」


メリルがそう言いかけた時、リリアンの後ろにいるクロードがニヤリと笑った。

その不快感を感じさせる笑みはメリルにハッキリと見えていた。


「何がおかしい?」


「いや、君がそんなことを口にするとはね」


「何が言いたい?……ああ、そうか。あなたが私をここに呼んだのね」


「いかにも」


そう言ってクロードはリリアンより前に出た。

メリルとの距離は数メートル。


「何の用があってかしら?」


「単刀直入に言うが、ゼニア・スペルシオを殺したのは、君だな」


「はぁ?」


メリルの表情には怒りが混ざる。

今にも襲いかかってきそうな勢いだ。


「私が、誰を殺したって?」


「ゼニア・スペルシオだ。あと平民の四人の娘も君が殺したんだろ?」


「なぜ、私がゼニアを?それに平民に触れるなんて……汚らわしい」


「そう……僕が一番頭を抱えたのはその部分だった」


「なんですって?」


「君の"潔癖症"の話さ。そんな病気にも似た体質でありながら人を殺して皮を剥ぐなぞできるはずはない……そう考えるのは普通だ」


「だったら、なぜ私がやったと言えるの?くだらない。リリアン、私は王都へ戻る。その男を早く追い出すことね」


メリルはそう言ってクロードに背を向けた。

馬に乗ろうと手綱を握った瞬間、クロードが口を開く。


「ああ、そうだ。メリル、落とし物だ」


「……え?」


メリルが振り向くと、目の前に浮かぶ"丸い物体"があった。

クロードがメリルに向かって投げたのだ。


それを反射的にメリルは掴んでしまった。

手の感触を少し確かめて、握った物体を見た。


「その手紙、君のだろ?」


「……」


それは丸められた紙だった。

埃まみれで、着色料のようなものも付着しており、明らかに清潔感は無かった。


その様子を見ていたリリアンが驚く。


「メリルが……素手であんなものを掴むなんて……」


「は!!」


メリルはすぐに丸められた紙を地面に落とした。

その体は震えており、


「人は自分のものだと思うと地面に落ちる前に掴みたくなるものさ。それはコリンの部屋に丸めて捨ててあったものだ」


「な、なんですって……彼が……こんなことをするはずは……」


「そう……コリンは絶対にそんなことはしない……大事な彼女からの手紙を丸めてゴミのように部屋に捨てることなんてね」


「な、なぜ……あなたがコリンのことを……」


「本当に偶然だった。僕と仲間のメイアは、彼の絵のモデルの依頼を受けたんだ。そして、この手紙を見た」


"ありえない"というメリルの表情。

それはリリアンも同じだった。

あの潔癖症で平民嫌いのメリルが、コリンの彼女であったという事実は信じがたかったのだ。


「ちょっと待てクロード……なぜ、彼女がコリンと繋がってることがわかった?いつから知ってたんだ?」


「最初からさ」


「なんだと?」


「彼女と一番最初に会った日、応接間と客間を逆にしている話をしたろ?」


「あ、ああ」


「応接間と客間の違いは広さだ。だが、それは大した問題じゃない。最も大きい違いは"絵"があるか無いかだ」


「コリンとラルフが描いた、私の両親の……」


「僕は最初からメリル・ヴォルヴエッジという女性はコリンかラルフのどちらかと親密な関係にあるのだろう、あの時点で思った」


「たったそれだけで?だけど、絵を見るためだけに、そんなことを……」


「彼女にとっては会い難い存在と考えれば自然だ。だが二人ともそうだとは考えづらい。あの時点では、僕はどちらが彼女の想い人であるかわからなかった。どちらの絵を見に来るのかわからないからね」


「だけど……それがコリン?私も会ったことはあるが……彼は、その……」


「そう……彼自身、清潔感がまるで無く、部屋は散らかり放題。それが僕を悩ませた一番の要因だ。なにせコリンは"彼女"という存在を家に入れてるからね」


「なんだと!?」


「彼女によく、"片付けろと言われる"と言っていた。それに玄関のドアノブに氷の波動の残粒子を感じた。家の内側のドアノブにだ。彼は属性は氷ではない。それは彼女を家にあげてる証拠だろ?」


メリルはこの間、口を開くことはない。

ずっとクロードの言葉を聞くしかなかった。


「そして、僕はある仮説を立てた」


「それは一体……」


「メリル・ヴォルヴエッジは"潔癖症の真逆"なんじゃないかと」


「真逆……?それは、どういう意味だ……?」


「そのままの意味さ。極度の綺麗好きが"潔癖症"と言うなら、その真逆なら"不潔症"といったところか?そんな言葉はこの世にはないが」


リリアンの開いた口が塞がらなかった。

思考、理解が追いついていない。


「それじゃあ、今までの行動はどうなる!?人に触れず、人が触ったものにも触れない。それは潔癖症だろう」


「彼女は触れられるんだ。だが、触れると体が異常に反応する。"興奮"するといったほうがいいか?」


「貴様……」


メリルの鋭い眼光がクロードを睨んだ。

だがクロードは構わず続けた。


「彼女が、僕が投げた丸めた手紙を握った時、体が赤くなったろ?嫌いなものを手にして血の気が引くどころか、赤み掛かるとは奇妙な話だ」


「そうか……だから、汚いものを自分の周りから排除していたのか……でないと体が反応して異常に赤くなるから」


「そういうことだ。彼女は色白すぎて、それが目立ちすぎる。恐らく、それがメリル・ヴォルヴエッジのコンプレックスだった」


「なんと……だが、それはいいとしても、なぜゼニアや他の女性を殺す必要があったんだ?」


「それは、お互いの身分と前回のコリンが描いた絵に関係している」


「身分と……前回の絵?"英雄達の肖像"か?」


「ああ。身分に関してはラルフのことと同じ。そして、肝心なことは絵の酷評だった。このままでは王宮画家になれない。そこで彼の望む"最高のキャンバス作り"を手伝った」


「最高のキャンバス?」


「"人間の皮"を引き伸ばして作るキャンバスだ」


リリアンは絶句した。

それはあまりにも残酷で非人道的な行為だ。


「コリンが言ったんじゃないか?普通の動物の皮だと茶色すぎると。だから最も狩りやすく、そこらへんに大勢いる"色白の動物"を選んだ」


「それが人間?狂ってる……」


「その手紙の内容を見れば、そう解釈できた。リリアンがいるから言わないが、さすがに常軌を逸した内容だ」


「だが……なぜゼニアを……」


「これは、とある偶然が重なったことで生まれた事件だった。そして、これがメリル・ヴォルヴエッジにとって最大のミスとなる事件」


リリアンは眉を顰める。

一方、メリルはクロードの言葉に息を呑んだ。


「今回、メリル・ヴォルヴエッジがこの町に来た本当の理由はゼニア・スペルシオを殺すことだった」


「なんですって……どうして……」


「それは昨日、話した動機。嫉妬だ。だがそれだけなら不十分。そこで"絵画コンクール"と"人の皮のキャンバス"だ」


「……」


「君は"平民の皮"に描かれる、自分の肖像画が嫌だったんだろ?」


「メリル……貴様……」


リリアンのこめかみに血管が浮き上がる。

そんな姿を見てもメリルはクロードを涼しげに睨む。


「君は王都にいた時からもう、ゼニアの絵のモデルの件は耳にしていた。彼女は断っていたがついに受けることにする。そこで、この計画を思いついた。もしも、この計画を成功させることができたのなら君の利益は計り知れない」


「利益だって……?」


「ああ。酷評を受けてあとがないコリンを助けるため、君はゼニアとラルフを狙った。ゼニアが死ねば、自分の嫉妬の相手が消え、さらに、貴族の皮が手に入る。そしてラルフがちょうどゼニアの絵を描く時を狙えれば、ラルフにゼニア殺しの汚名を着せることができ、コリンは王宮画家になる可能性が高まる」


「それで……それが私のミスだと?」


「そう。君は利益を追い求めるあまり、大事なことを忘れていた」


「なにかしら?」


「貴族街を何食わぬ顔で歩けるのは、貴族だけだということだ」


「ラルフはどうなるの?彼は平然と貴族街を歩いているけど」


「そうだな。確かに容疑者として名は上がるが、動機はなにもないし。そもそも平民の娘を四人も殺す理由がない。必然的に、この犯行によって最も利益がある"貴族の人間"を疑うのは当然だろ?」


「……」


「君は自分の利益しか見えず、この事件が猟奇的なものだと気づくことができなかった。リリアンも言っていたが、僕もこんな犯行は見たことがない。こんな異常殺人は普通の人間には無理なんだよ」


「証拠は何もないわ」


「君とコリンの繋がりだけで十分だろ。彼も君から届けられるキャンバスが何の皮で作られた紙なのかは知ってる。それに今、彼が描いてる君がモデルの絵を見れば、今回の事件が君とコリンの共謀によってなされた犯行だとわかる。皮肉なものさ。君たちが望んだ王宮画家になれるコンクールの最後のテーマ"美人画"の審査が真相に繋がるのだから」 


クロードの言葉に無表情のメリル。

沈黙の時間が少し流れる。

そして、メリルはすぐに馬に乗ると、ラズゥ家から出る門へと猛スピードで駆けていく。


「メリル!逃げる気か!!」


リリアンの叫びが屋敷の敷地へと広がる。

急いで追いかけようと、馬小屋へ移動しようとするが、クロードはそれを止めた。


「なぜ止める!彼女が王都へ戻ってしまったら捕縛が難しくなる!」


「大丈夫だ。手は打ってある」


「なんですって……?」


「あとは少年、少女に任せて、僕らはお茶でもしよう。喉が乾いたよ」


そう言って笑みを浮かべ、屋敷の方へ歩くクロード。

リリアンは言葉を失いつつも、その後を追った。

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