氷の女


メリル・ヴォルヴエッジの焦りは今までにないほどだった。


確かに、先ほどの青年が言ったように、周りを全く気にせず犯行に及んだ。


計画は画家の特性を最大限に利用したもの。

ラルフは平民でゼニアが自室に招くということはないだろうとメリルは思った。


そこで深夜、たった一室だけ灯りのある部屋。

それを見つけ覗くと案の定、そこに2人はいた。


画家は集中するとずっと書き続ける。


だが、作業は絶対に半日では終わらない。

それはコリンを見ていればわかる。

絵画コンクールに出す絵であれば、なおさら、慎重になるから簡単に終わることはないだろう。


作業は二日におよび、ゼニアは必ずラルフを屋敷の客間に泊める。

そして、ゼニアの興味は絵に向かう。

彼女は1人でいるのが好きなのも知ってる。

メリルはゼニアが1人になったところで客間の窓を叩いた。


何も知らない仲なら違和感がある。

だが、それは子供の頃、2人が一緒に遊んだ記憶を思い出させ、なんの不自然もない行動だった。


久しぶりに2人でお酒を飲んだ。


ゼニアは何の躊躇ためらいもなく、メリルの用意した酒を飲んだのだ。


メリルは彼女の寝顔を見る。

この顔が嫌い、自分よりも美しく凛々しい。

顔隠すためだけに被せた布袋だったが、なぜか首を絞める時に力が入った。


それで彼女は死んだ。


皮の剥ぎ取りの時、どれだけ自分の体が赤く染まったのだろう。

冷静になって、そう考えると恐ろしくなる。

この時までに何度も練習し、それがスムーズにおこなえるようになった……


あの青年が言っていたことをメリルは再度思い出す。

利益を優先するあまり、これがどれほど猟奇的で異常な犯行なのかと気づくことはできなかった。


これも……全ては自分のコンプレックスを綺麗だと言ってくれる人に出会ったことによって実行に移せた犯行なのだ。


____________



メリルは馬の手綱を力強く握る。

その速さは、すぐに町の入り口まで辿り着くほど。

さらに検問を簡単に突破すると王都へと向かう道を走る。


王都マリン・ディアールとフィラ・ルクスとでは法律が異なる。

基本的に他の町で起こった事件は、その町で犯人を拘束しなければならない。


他の町まで逃げ込まれてしまえば、捕縛は時間がかかる作業と化し、それは人の寿命をも超える可能性すらあった。


コリンが犯行におよんだわけではない。

自分さえ王都まで逃げ込めれば願いは叶う。

メリルはそんな思いだった。



あれほど日が出ていたのにも関わらず、気づくと雲が空を覆っていた。

小雨が降り始めるが、馬はスピードを落とすことなく道なき荒野を駆け抜ける。


王都までの近道としている場所だが、盗賊などが多く出没するため、通る人間はほとんどいない。


そこは何もない場所のはずだった。

だが、数百メートルほど先に人影が2つ見える。


「まさか……こんな日に限って盗賊?」


そう呟くメリルは目を細める。

だが、明らかにそれは盗賊ではない。


人影との距離があと数メートルというところで、馬は減速して止まった。


「小汚い平民が2人……」


「お前が……ゼニアを……」


メリルが目にした人影は、リリアンの屋敷で見た冒険者だ。


短髪の赤い髪、ボロい布の服とジーンズに安くさい皮の胸当ての少年。

不思議なのは背中に2本、両腰に2本のダガー、計4本のダガーを差しているところ。


もう1人は長い赤い髪に白い肌、その肌に近い色の安そうなローブを羽織った少女。

手には彼女の体に似合わぬほど大きな杖を持っている。


「なぜ……ここにいるの?」


「クロードさんが、あなたは絶対にここを通って王都へ向かうと」


メリルは眉を顰めた。

"クロード"という人物は恐らく、先ほど犯行を推理した者だろうと容易に想像がつく。


「だから、あなた達のような弱そうで小汚い冒険者を差し向けたと?」


メリルはそう言ってニヤリと笑った。

冒険者の波動数値などたかが知れている。

そう思いながら、馬を降り、くらに備え付けられていたレイピアを左手に持つ。


早急に処理して王都へ向かう。

それは彼女にとって他愛もない狩りだった。


「確かリリアンが言っていたわね。あなたの波動数値は私より高いと……殺す前に聞いておきたい。あなたの波動数値っていくらなのかしら?」


「リリアンは俺の波動数値は知らない。だからそんなことを言ったんだ」


「なるほどね。ちなみに私の波動数値は65万ある」


「俺の波動数値は"7"だ」


メリルは困惑した。

凄まじいほどの低波動。

それは何年か前に噂になった"低波動のローラ"並の低さ。


「はぁ?何の冗談なの?リリアンはあなたに助けられたのよね?」


「……」


「よりにもよって、こんな小汚い冒険者で低波動の一つも良いところがない人間に救われるなんて……貴族として恥だわ」


「恥はあんただ」


「なんですって?」


「自分の都合のために人を殺す。なんの罪もない人たちだ」


「いいじゃないの別に」


「なんだと?」


ガイの鋭い眼光がメリルを睨む。

あまりにも常軌を逸した発言だった。


「彼女達は絵になって永遠に生き続ける。苦しい思いをして無意味で無価値な人生を送るくらいなら、そっちの方がいいと思うけど」


「貴様……」


「ゼニアは……残念だと思うけどね。なにせ昔はよく一緒に遊んだから。でも、だから彼女だけは私の弱点を知っていた。"赤い女"と、よくバカにされたわ」


そう言うとメリルは少し肌を赤らめた。

その"色"を見たガイはゼニアの遺体を発見した日、平民街に向かう際にすれ違った人物を思い出す。

それは本性をあらわにしたメリル・ヴォルヴエッジだったのだ。


メリルはレイピアを腰に構えて、ゆっくりと歩いて前に出た。


「あなた達には、私の気持ちはわからないわ。まぁ、わかってもらおうとも思わない」


「……」


「ここで2人とも死ぬ。彼女のように川へ投げ捨ててはずかしめから守ってやることはできないけど、せいぜいそうならないように形は残さないようにするわ」


「どういう意味だよ……それは!!」


「あのまま遺体を町のどこかに転がしておいたら、遺体は知らぬ誰かに持っていかれてもてあそばれる可能があるでしょ。でも町の外には出せない。検問があるから。だから、わざと目立たせて発見を早めさせた。あれは私なりの慈悲なのよ」


ガイの髪の色が赤く発光し始める。

そして、右腰に差したダガーのグリップを逆手で握る。


「メリル・ヴォルヴエッジ……お前を逃さない!!」


ガイはダガーを引き抜くと、一気にダッシュした。

同時にメイアは大きな火球を生成し放つ。


火球はガイを追い越して、メリルへと猛スピードで向かった。


「勇猛ね……だけど、私には勝てないわ」


メリルが鞘に収められたレイピアを持つ手を横へ振る。

すると前方に巨大な氷の壁が地面から突き出した。


氷壁は簡単にメイアの火球を止める。

少し溶けた程度だった。


「波動同士がぶつかった場合、波動数値が高い方が勝つ。この壁は65万の波動で作られた氷壁。あなた達の波動数値でこの壁を壊すことは不可能」


そう言って笑みを浮かべるメリルだったが、すぐにその表情は崩れる。

氷壁の中央が丸く溶かされ始めていた。

熱は氷壁を突き破ろうとしていたのだ。


「さっき火球なの?」


熱の本体は氷壁の真ん中を突き破った。

メリルが確認すると、それは全身に炎を纏ったガイだった。


「な、なんですって!?」


穴によって力のバランスが崩れた氷壁が粉々になる。

ガイはそのままメリルへと走って向かった。


「真正面からとはね!!」


メリルは剣を左腰に構え抜剣姿勢。

ガイが辿り着く瞬間を狙って、一歩前へ踏み込むと一気に剣を鞘から引き抜き、横斬りした。


剣はガイの体を切り裂き、上半身と下半身を分離させる。


「バカで小汚い平民が……」


そう呟いたメリルはすぐに驚く。

ガイの体が地面を転がると"炎"へと変わってしまったのだ。


「なに!?」


「"瞬炎陽炎しゅんえんかげろう"」


メリルの思考は高速でおこなわれる。

目の前の少年は一体どこへ消えたのか?


数秒の間があり、メリルは凄まじい殺気を上空から感じた。


小粒の雨、目に入るのも忘れてメリルは空を見上げる。

数メートル上空、そこにいたのは炎の主だった。


「"イグニス・ハンマー"!!」


上空にいる炎を纏ったガイは円形状に熱波を展開すると瞬く間に急降下して地面に激突する。

瞬時に反応したメリルはバックステップして、その攻撃を回避した。

地面には四方八方に亀裂が入り、わずかにクレーターを作る。


「私の氷壁を壊すだけでなく、私の斬撃を回避して攻撃に転ずる……あなた一体、何者?」


「俺はガイ・ガラード。ただの低波動の駆け出し冒険者だ」


そう言うとガイは右手に持ったダガーを横へ投げ捨てた。

そのダガーをメリルは目で追ったが、刃の部分が黒焦げで捻じ曲がり、原型を留めていなかった。


ガイは左手で左腰に差したダガーのグリップを逆手で握りしめる。

そして目の前に立つメリルを鋭い眼光で突き刺すように睨んだ。

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