励ましの手紙



スペルシオ家 ローラの部屋


カーテンは閉め切っており、部屋は薄暗かった。

ローラは泣き疲れてベッドで、そのまま寝てしまっていたことに気づく。

あれからどれだけの時間が過ぎたのかわからなかった。


姉の遺体が川から引き上げられた日の夕方頃、リリアンに送られてここまで来たが、あまりのショックに記憶が曖昧だった。


体を起こして目を凝らして部屋を見渡す。

いつもの見慣れた部屋。

天蓋ベッドと中央に大きなテーブル。

誰も座るわけでもないが、二つ椅子が向かい合わせで置かれ、その下には高級な絨毯が敷いてある。

入り口付近の壁、天蓋ベッドとは真逆の場所に暖炉があった。


カーテンの方を見ると、その隙間から光が差し込んでいた。

今現在、この光の加減を見ると早朝。

もう次の日になっていることは容易に想像できた。


「なんで……お姉様……」


また嫌な光景を思い出して吐き気がした。

俯き、手で口元で押さえる。

自然にまた涙が頬を伝った。


そんな中、突然、部屋のドアが開いた。


入ってきたのはメイアだった。

ローラの姿を見たメイアは満面の笑みになった。


「ローラさん!よかった!」


そう言ってスタスタと小走りでローラがいるベッドの横まで来た。


「メイア……また私……カッコ悪いところ見せちゃってるわね。ほんとに弱いだ、あたし」


ローラの言葉に、メイアは思いっきり首を横に振る。


「そんなことはないです!ローラさんは強いと思います!」


「どうして……そう言い切れるの?」


ふとした疑問。

知的なメイアが口から出まかせを言うわけはない。

自分に見えない何かを見ている気がしたのだ。


「私は……小さ村の出身で、外の世界には憧れはあったけど、"ずっとここで暮らすんだなぁ"って変な諦めみたいなのがありました」


「……」


「でも、行方不明の兄から手紙が来て、ガイが一緒にって誘ってくれて。そうでなければ外には出れなかった。私なんかよりローラさんの方が全然強い……」


「メイアの方が強いよ……頭もいいしさ。あたしは低波動だし、何かあればすぐ落ち込むし」


「いえ、ローラさんの方が強いです!たった一人でも決意して旅をするほどですから!」


「それは、ただ結婚が嫌で……」


「それでも現実を諦めて、行動しない人は多いと思います。ローラさんは現実に抗いたかった。そして抗って、たった一人で行動して、あの町で私たちと出会ったんですよ」


「メイア……」


「ガイも低波動だけど、クロードさんが言うには凄い力があるみたいです。ローラさんは特別なんだと思います。それに私は元気なローラさんが好きです!」


メイアの言葉にローラの心は揺り動かされた。

確かにガイという少年は特別な気がする。

なにせ、最強の水の波動の使い手と言われた姉であるゼニアと凄まじい攻防を繰り広げたのだ。

ローラも姉の波動は見たことがあるが、あそこまで本気で戦っている姿は見たことがなかった。

それを可能にしたのはガイとゼニアの会話の中に出てきた"ワイルド・ナイン"という存在なのだろうとローラはこの時、初めて意識した。


「あんた達、二人には励まされてばっかだなぁ……」


「え?」


「ガイにも励まされたからさ。あたしも成長……しなきゃね」


ローラはそう言って、ベッドから勢いよく降りた。

薄暗い部屋の中だが、メイアはローラの目元が真っ赤であることはわかった。


「あ、そうだ」


「ん?」


メイアが思い出したかのようにハッとし、ローブの中から一枚の封筒を出して、ローラへと差し出した。


「これ、クロードさんからの手紙です」


「クロードから?」


「ええ。励ましの手紙だって言ってました。思いの外、筆が乗ってよくかけたから是非持っていって欲しいって」


メイアが笑顔で語る。

ローラは封筒を開けようとすると、なぜかメイアがすぐに止めた。


「あっ!クロードさんからの伝言で、"必ず昼頃に開けて欲しい"って」


「はぁ?どういうこと?」


「私もわからないですけど、それだけは必ず守って欲しいって」


ローラは首を傾げた。

励ましの手紙なのであれば、今、励まされたい……そう思って、まじまじと封筒を睨むように見る。


「じゃあ私は行きますね。また様子見に来るので、休んでいて下さい」


「え?どこに行くの?」


「クロードさんの指示で町の外へ」


眉を顰めるローラ。

町の外に行くには、現状、貴族特権を使うしかない。

クロードは何かをしようとしている、そう思った。


「メイア、あたしも……」


「ローラさんは無理せず。今日は休んだほうがいいですよ」


笑みを浮かべるメイアの言葉にローラは大きく安堵感に包まれた。

確かに、精神的に追い詰められた状況で無理をしても体調を崩して、またみなに迷惑をかける。


「じゃあ……お言葉に甘えて」


「ええ。また」


メイアはそれだけ言うとローラの部屋を後にした。

1人取り残されたローラだが、寂しい気持ちは全くなかった。

姉の死去という絶望的な状況ではあったが、それでも支えてくれ仲間がいる。


あれだけ泣いたローラだったが、それを思うとまた涙が頬を伝った。


____________



昼前、ローラは姉の部屋に向かった。

姉の遺体はもうここにはない。


葬儀と埋葬のための準備が進められていたのだ。


姉の部屋は中央のドアを開けて入ると、左壁側に天蓋ベッドがあり、右壁側に暖炉がある。


暖炉の上にある大きな鉄製の箱が気になり、ローラはゆっくりとそこまで歩いた。


暖炉と向かい合うと、鉄製の箱を背伸びして開ける。

その中にはゼニアが腕に身につけていた武具が入っていた。


「綺麗……」


ドラゴンを模ったガンドレット。

手の甲にあたる部分には深青しんせいの大きく丸い波動石が付いている。


この武具は第一騎士団長からの贈り物だと姉は言っていた。

これを身につけた姉は一層、美しく凛々しく見えた。

その姿を思い出してはローラはまた涙ぐむ。


「あ、そうだ」


ローラはホットパンツのポケットに無造作に折りたたまれた封筒を取り出す。


「もう昼近いし、大丈夫よね」


それはクロードからの手紙。

ローラの少し口元が緩む。

一体どんな励ましなのか、ずっと気になっていたのだ。


「今すぐ励まされたいのに、なんでこんな時間になるまで焦らすのかしら?」


そう呟いて笑みをこぼす。

ローラはゴソゴソと封筒の封を切ると手紙を取り出して見た。


一読後、ローラは体を震わせる。

それは喜びや悲しみといったものとはまるで違う、燃え上がるような感情によるものだった。


「なんですって……」


これはクロードが書いた"思いの外、筆が乗った励ましの手紙"とメイアは言っていた。


だが、そこに書かれていたのはたった"二行"。


ローラは手紙を握りつぶす勢いだった。

手紙が潰れる音を聞いたことにより、この感情は"怒り"なのだと、少し時間を置いて理解することができた。


そして、ローラの髪の色は蒼く発光し始めた。

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