消える容疑者


スペルシオ家の屋敷。


リリアンを先頭に、クロードとガイが地下へと降りる階段を下る。


木造りの屋敷だが、地下は四角い石が段々と積まれて作られていた。

一階とは雰囲気が変わり薄暗く、肌を刺すような涼しさと湿気もある。


地下はそう広くはない。

階段を降り切ってすぐに両サイドに2つずつ、計4つ鉄格子がはめられた牢がある。


その一番奥の右側の牢屋に、その男はいた。

牢屋は屋敷のそれぞれの部屋より半分以下の狭さで、真ん中に一つだけ椅子がある。

木でできた手枷をつけられた、上品な服を着る男が1人だけ椅子に座っていたのだ。


男は力なく俯いており、さらに地下の寒さからか少し震えているのうにも見える。


「ラルフ・ギュスタス」


リリアンがそう呟くと椅子に座った男・ラルフが顔を上げる。

その表情は悲しげだった。


「リリアンお嬢様……ゼニアお嬢様はご無事ですか!!」


「彼女は……亡くなったよ」


「そ、そんな……」


様々な感情が入り混じった表情。

ラルフはどう表現していいのかわからず、声すら出せずにいたようだ。


そこにクロードが前に出る。


「入ってもいいかな?」


「え?ええ、どうぞ」


その言葉にリリアンは少し驚くが、すぐに鍵を開ける。

クロードはゆっくりと牢屋の中央へと進み、ラルフの前に立った。


ラルフはやはり上等な貴族服を着ており、首から波動石を下げている。

その色を見るに氷の波動の影響を受けている色合いだった。


「あ、あなたは?」


「僕はクロードだ。よろしく」


そう言って、クロードは手を前に出し、手枷をつけられたラルフの手を無理やりとって握手した。


「ああ。君は犯人じゃないね」


「え?」


それは目の前で涙を流しているラルフを驚かせ、牢の外にいるリリアンとガイを困惑させた。

特にリリアンだ。

たった今、出会ったばかりで、ただ握手しただけなのになぜわかるのかと。


「その波動石は誰からもらったんだ?」


「え……?父の形見ですが……」


ラルフは眉を顰めた。

この屋敷に来てから波動石の話をしたのはゼニアとだけ。

目の前のクロードという人物は、ラルフが下げる波動石が他の人間のものであったことは知るはずはない。


「もしかして、君は養子じゃないかい?」


「な、なぜ、それを……」


「波動石の色と波動属性が一致していない。君の属性は風だろ?」


「はい、そうです……でも、どうして?」 


クロードはニヤリと笑うと、すぐに答えた。


「握手した人間の属性がわかる。ちょっとした特技スキルさ」


そのことにはラルフだけでなくリリアンとガイも驚く。

そんな人間は今まで見たことはない。

このかん、いまだにクロードはラルフの手を離さなかった。


「昨日の夜のことを知りたいんだが、教えてくれるか?」


「え、ええ。昨日はゼニアお嬢様と二人で使われてない客間におりました。それで絵を描いていたのですが、私がつい夢中になってしまって遅くなりました」


「……」


「それで、途中で切り上げて、また改めて今日の昼頃から作業することを二人で話し合ったのです」


「それから、ゼニアとは?」


「ゼニアお嬢様のはからいで、私はこの屋敷の別の客間を借りて泊まりました。作業していた客間から出てからは会ってません」


「案内は誰が?」


「執事長にして頂きました」


「なるほど。ゼニアは作業していた客間からは出ていないのか?」


「私の作業中は出ていません。私が書いた絵が未完成ながら、お気に召したようで、少し見ていると言って客間に残りました。なので最後はどうされたのかわかりません」


「君は"狩り"をしたことはあるかい?」


「え?いえ、私はありません……血生臭いのは苦手で」


「そうか。最後に聞くが、メリル・ヴォルヴエッジと面識は?」


「え?いえ、ヴォルヴエッジ家とは交流は無いです。メリル様……ですか?その方とは会ったことはありません」


「わかった。ありがとう」


そう言って笑みを浮かべるクロードは、ようやくラルフの手を離す。

そして、牢から出るとリリアンに視線を送る。


「やはり彼は犯人じゃないな」


「驚いたな……」


「それは僕の思考が、君が彼に対する無実の確信理由と違ったからか?」


「それもある……だけど、波動の属性を言い当てる人間なんて見たことないわよ」


「まぁ、この国では僕くらいだろうね。世界を見渡せばもっといるかもしれないが」


そう言って笑みを浮かべてクロードは1人、地下から一階へ上がるため階段の方へ歩く。

ガイとリリアンは顔を見合わせると、すぐそれを追った。


「ちなみに君の確信はなんだったんだ?」


「え、ええ。彼は恐らくゼニアのことが好きだった」


「なるほど」


3人は地下から一階へと上がり、長い廊下を歩く。


「ラルフの父親は元冒険者だったのよ」


「それにしては彼は上等な服を着ているね」


「彼の父は冒険者をやめた後、得意の計算で、この町を中心に経理をやりはじめてね。その仕事ぶりから貴族街にも噂は広まって、大きく出世したのよ」


「それは珍しいケースだな。平民が貴族と深く関わるなんて」


「ええ。私の家も頼んでたから。だから彼のことは子供の頃から知ってる。真面目で優しくて絵が上手い青年。彼が犯人だとは到底思えなかった」


「まさか君とあろうものが、感情で判断していたとはね」


「確かに。でも、それだけじゃない。彼のゼニアを見る目は他の誰とも違ったのよ。憧れ以上のなにか……」


「だが、いくら父親が出世したからといって、平民は平民だろう。彼女とは釣り合わない」


「だから、彼は"王宮画家"を目指したのよ」


「ああ……そういうことか……」


クロードは納得した。

それは至ってシンプルなストーリーだ。

平民が貴族に求婚するには貴族になるしかない。

そのチャンスは少なく、その少ないチャンスの一つが王宮画家という職業だったのだ。


「求婚しようとしてるのに、その相手を殺すなんて私には考えられない」


「それが君の確信なわけだ。まぁ、どちらにせよ彼は犯人ではない」


「でも、すぐには解放できないわ。真犯人を見つけないことには……」


リリアンの表情は暗い。

ここまで平民の女性が4人。

貴族であるゼニアを合わせて5人が殺害されている。

容疑者は出てくるが、ことごとく、それぞれが犯人ではない情報も出てきてしまう。


現状、容疑者は消えてしまった。


そんな中、クロードは歩きながらも思考していた。

リリアンは隣を歩くクロードの険しい表情が気になった。


「なにかあるの?」


「いや、今の話を別の場所に当てはめてる」


「どう言うこと?」


「まだ仮説段階で詳しくは言えない。だが、あと少しだな」


「それはメリルも関係しているの?」


それは地下での最後の質問だった。

クロードがなぜメリル・ヴォルヴエッジとラルフ・ギュスタスの関係性を疑ったのか。


「僕が最初に考えたのはメリルとラルフの共謀説だった。メリルが潔癖症だとすると、"殺す役"と"皮を剥ぐ役"を二人で割ったらいい。だがメリルはあんな性格だから側近もいないんじゃないか?」


「そうね」


リリアンは苦笑いした。

高飛車な性格もそうだが、なによりも潔癖症というだけで他人を自分には近づけない。

メリルは使用人が近くにいることすらも酷く嫌がった。


「だから、それ以上の深い関係をラルフとの間に考えた。だが、その事実を聞いた時の彼の"波動流動"は嘘を言っていなかった。その他の質問でも真実しか言っていない」


「容疑者がいなくなってしまったわね……」


「ああ。だが、犯行が平民の女性だけで終わっていたとするなら、このまま見知らぬ平民か盗賊、冒険者の仕業で済んだだろう。だが貴族であるゼニアの死は大きな意味を持つ」


「どういうこと?」


「犯人は最後の犯行で大きなミスをしたってことさ」


クロードの鋭い眼光を覗き込むようにして見たリリアンの背筋に冷たいものが通ったような感覚になった。


「なぜ、この犯行で最後だと?」


「それは、今この町には"僕"がいるからだ」


そう言い放ちニヤリと笑ったクロードに呆気に取られるリリアン。

しかし、その自信に満ち溢れた表情はリリアンの心を深い安堵に導いた。


ルガーラ・ルザール

メリル・ヴォルヴエッジ

ラルフ・ギュスタス


有力な容疑者たちは消えてしまった。

だが、クロードは、とある仮説を確かめるべく行動に出るのだった。

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