テーマ


ガイとクロードはリリアンに案内され、スペルシオ家の地下牢を目指し廊下を歩いていた。


夜も深まるが、ゼニア・スペルシオの死亡という事実があってか屋敷内の灯りは消えていない。

それは死者が死後の暗闇を迷わぬように……という意味なのだろうか。


先頭を歩くリリアンは気丈に振る舞っているが、精神的な負担は大きいはずだった。

ゼニアとは5つほど歳が離れているが、子供の頃に一緒に遊んだ仲らしい。

それもあってか、今回の事件をなんとしても解決しようとする決意を感じるところにクロードは感嘆の思いを抱いていた。


そんな思考をしていると、クロードはふとした疑問が浮かんだ。


「そういえば、ここの当主は今どこで何をしている?」


「スペルシオ家の当主ジェイダン卿含めて、貴族の当主たちはみな王都に行ってるよ。式典があるとかでね」


「式典?」


「自分達の地位を確認するための"くだらないパーティ"よ」


「なるほど。しかし、前から思っていたが、君は貴族っぽくはないね。自分の立場を妙に客観視しているように感じるが」


それはリリアンが貴族の視点で周りを見ていないことを指していた。

明らかに一歩引いて自分の立ち位置や、物事を見ているようにクロードは感じたのだ。


「私は貴族になんて生まれたくはなかったのよ。普通に平民として生まれて、普通に恋をして、結婚して、愛する人との子供を産む。貧しくてもいい。ひっそりと小さく家族で暮らす……」


「……」


「ごめんなさい。今の話は忘れて」


リリアンの話はガイには理解できなかった。

なぜ、こんなにいい暮らしをしているのに、あえて"平民に生まれたかった"などと言うのだろか。


だが逆にクロードは今の話を聞いて確信した。

リリアンがガイに対して求婚した理由。

それは間違いなく彼女の"婚約相手"であるということを。


しかし、これ以上、この話を続けても得られるものはないだろうとクロードは話題を変えた。


「それにしても、なぜルガーラが捕まったんだ?」


「ああ。彼がその夜に一緒にいた女性が殺されたのよ。だから容疑者としてあがった」


それはナイト・ガイのメンバーがこの町に到着した日の夜のことだ。

リリアンの屋敷でお茶をご馳走になった夜に平民街で女性が1人殺されたというもの。


「ずいぶん頻繁に事件が起こるな」


「ここ最近は多いわね」


「何人殺されてる?」


「現時点で五人よ」


「なるほど」


クロードは思考していた。

今まで、この町で見聞きしてきたことを組み合わせていた。


「ちなみに、メリル・ヴォルヴエッジはまだこの町に?」


「え?ええ。いるはずよ。いつも来れば二、三日は滞在している。この町に親戚の家があるから……まさかメリルを疑ってるの?」


「この町で会った人間は全員、顔と名前は覚えてる。その中の1人だったから聞いただけさ」


「確かに、彼女も氷の波動を使う。でも、この犯行は彼女には絶対に無理よ」


「絶対に?どういうことだ?」


「彼女は"極度の潔癖症けっぺきしょう"だから」


クロードの後方を歩くガイは首を傾げる。

その"潔癖症"というものがあまりピンとこなかった。


「彼女は絶対に他人の体には触れない、私の屋敷の椅子にも座らない。人が触れたものには触らないし、こちらで用意したティーカップでお茶すら飲まないわ」


「なんだよそれ……そんなやついるのか」


ガイは唖然とする。

もはや聞いたこともないほど異常な体質だ。


「だから、彼女は騎士団にはいるけど戦闘は一切しない。私と同等以上の波動数値だけどね」


「彼女はなんの仕事を?」


「書記よ。ほとんど自分の屋敷でやってるみたいだけど」


「なるほどな」


「高波動で優秀なゼニアと比較されて劣等感は感じてたんじゃないかなとは思うけど。それにあれじゃ婚約もできないでしょう」


「嫉妬か……動機としては不十分。さらにそこまでの潔癖症となると、この犯行は無理だな」


「ええ。潔癖症の人間が、人を殺して、その人間の皮を剥ぐなんてできないでしょう」


「確かに」


常軌を逸した潔癖症と聞けば、彼女との最初の出会いも頷ける。

最初に狙われたのは平民の女性たちだ。

もし氷の波動を使って遠距離で殺せたとしても、皮を剥ぐという誰から見ても汚らしい行為はできるはずがなかった。


「それで、ここに来た画家とは?」


クロードは話題をさらに変える。


「"ラルフ・ギュスタス"。私の両親の絵を描いた画家よ」


「ほう」


「どうしたの?」


「君の両親の絵を描いた、もう一人の画家がいるだろ」


「"コリン・ルノア"ね」


「昨日と今日、彼の依頼を受けてた」


「依頼?」


「絵のモデルの依頼だ」


先頭を歩くリリアンは少し黙った。

考え事をしているようだ。


「恐らく、絵画コンクールとやらが近いからだろう。この二人が最後に争うのであれば、偶然にもモデルの話が重なることはありうる」


クロードはリリアンが"絵のモデル"という単語が重なったことに因果関係がないか考えている、と予想して先に口にしたことだった。


「確かに……そうね」


「そういえば……」


ガイが何かを思い出したように口を開く。


「ゼニアは、そのラルフって画家が王宮画家になるって話をしてた気がする」


「え?それは、どういこと?」


リリアンが歩きながらも振り向き様にガイに尋ねる。

そんな話は初耳だった。


「なんでも、もう一人の方が酷い絵を描いたからって言ってた気がするけど」


「酷い絵?」


「ああ。それはコリンの部屋にあったな。布が被さっていて見えなかったが」


「そういえば最近、うちの使用人が話していた気がするわね。絵画の審査基準は"必ず正確に"というものだけど。あれほど腕のある画家がそれができないなんて……」


"絵は正確に描く"

それは絵画において絶対的に必要な能力だ。

絵は必ず正確であれ。

これが絵描きの"上手い下手"を分けるところなのだ。


「どんな絵だったのか噂すら聞こえてこないなんてね。あんなにわかりやすい題材で酷評なんて」


「ちなみに、前回のテーマはなんだったんだ?」


クロード自身、絵画にはそう興味はない。

別にコリンの依頼を受けたからと言って、その絵が気にったわけでもなかったが、これは事件に深く関係しているような気がしたのだ。


リリアンは何のためらいも無く、そのテーマを口にした。


「前回のテーマは"英雄達の肖像"よ」


リリアンの言葉にクロードは眉を顰めた。

その題材はこの事件に関係したものだけでなく、"ナイト・ガイ"の運命を大きく動かすものとなる。

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