波動数値12万の男


フィラ・ルクスには小ぶりの雨が降っていた。


ナイト・ガイのメンバーは町の平民街にある宿に宿泊していた。


それぞれ個人部屋で宿泊したが、金銭的にも、ここから先のことを考えると最初の報酬だけだと心元ない。


そこで、この町のギルドで仕事を受けて、少しの間、滞在しようという運びになった。


メンバーたちは宿前にいた。

早朝にもかかわらず、商人や町の住民はちらほらと通る様を見ると、やはり大都会であることを感じさせた。


「とりあえずギルドへ行って仕事を見つけようか」


「そうだな」


クロードの言葉にガイが答えた。

メイアも頷くが、ローラは眉を顰めて上の空だ。


「ん?どうしたんだ、ローラ」


「え、ええ……ここまで来たからには実家に顔を出した方がいいのかと思って……」


「疎遠になって帰りづらくなるよりもいいじゃないかな?」


「や、やっぱりそう思う?」


ローラの心配は当たり前だった。

結婚相手が嫌で家出してきたはいいものの、嫌なのは"結婚相手"であって"家"ではない。

このまま一生帰らないということを想像すると怖くなってしまったのだ。


「んー。僕とメイアでギルドに行くから、ガイと一緒に行ったらどうかな?」


「はぁ?」


「な、なんで、あたしがこんなやつと!!」


「"こんなやつ"ってどう言うことだよ!!」


「そのままの意味よ!!」


ガイとローラのおでことおでこがぶつかり合う。

メイアは呆れ顔だが、クロードは少し違った。


「2人の関係はどうだっていいんだ。あっちが察してくれればね」


「え?」


2人はおでこ突き放しクロードを見た。

横目でチラチラと睨んでいるが、クロードは構わず話を進める。


「貴族でも平民と一緒になる可能性はゼロではない。建前は必要だけどね。あとは社会を学ぶため……とは仰々しいかもしれないが、仲のいい冒険者と旅をすることは見聞けんぶんに繋がる……ということで話を進めてみてはどうかな?」


「それって、前後の話しが随分違うと思うんだけど。"一緒になる"と"社会勉強"って話しは関係ないんじゃない?」


「なんにでも流れはある……ということを察してもらうためさ。僕やメイアが一緒に行くよりも効果的だと僕は考えるけどね」


「そうかしら?」


ローラはそう言って横目でガイを見る。

知らぬ間に自分が顔を赤らめていることはわからなかった。


「この世界は波動数値で決まると言ってもいい。あとはか。普通の平民が貴族と添い遂げることは至難の業だがガイは特別だ。あのリリアンが求婚するくらいだからね」


「いや、だけど」


ガイが納得いかずにクロードへと詰め寄ろうとするが、すぐにそれを制止するがごとく口を開く。


「僕はきっと上手くいくと思うけどね。ガイも社会勉強さ。とにかく行ってきたらいい」


そう言うと、クロードはメイアを連れて2人でギルドへと向かった。

取り残された2人は顔を見合わせる。


「はぁ……」


「なんで、ため息つくわけ!?」


「いや、別に」


「なんか引っかかるわね!口に出して言ったらどう?」


「いいよ別に」


喧嘩越しのやり取りを続けながらも、2人はローラの実家のある貴族街へと歩き出した。

向かった先はスペルシオ家。

そこは三大貴族第二位の名家だった。



__________




クロードとメイアがギルドに到着する。

2階建ての建物で、やはりここも白を基調とした作り。

カレアやリア・ケイブスと違って大きく、冒険者たちも多く出入りしていた。


「大きいですね!形も独特で凄いです!」


「メイアは"物の構造"が好きなんだね」


「え?ええ。多分……そうだと思います」


「もしかしたら、波動も火球だけじゃなくて他の形にもできるかもしれないよ」


「はい……それは少し考えてました……でもなかなかどんな形の物がいいかわからなくて」


「ゆっくりでいい。よく観察して思考しろ。必ず波動は応えてくれる」


クロードの優しい言葉にメイアが笑顔で頷く。

そしてギルドへと入っていった。



ギルドの中は他のギルドと変わらず。

正面にカウンターがあり、4人ほど受付嬢が立つ。

入って右側に大きな木材の板でできた掲示板があり、左側には冒険者の休憩用でテーブルと椅子が多く置かれていた。


「ん?」


「なにか……様子がおかしいですね」


メイアの困惑もそのはずで、掲示板の前に立っている人間が1人もいなかった。

ほどんどがテーブルにおり、項垂れていたのだ。


「この町でも何かあったのか?」


「掲示板を見たらわかるかもしれないです」


「そうだな」


2人は掲示板の前に行く。

貼られている依頼書には変わったところはない。

ただ、異様に貼られている枚数が多く、そのほとんどが討伐任務だということだけだった。


「なるほどな」


「え?別におかしいところは無い気がしますけど」


「メイア、この町は今、どんな状況だ?」


「えーと……あっ!中には入れても外に出れない……」


「掲示板には、ほとんど討伐任務しか貼られていない。外に出れなければ任務を受けても仕事ができない」


「ど、どうしましょうか?」


「うーむ……」


その時だった。

ギルドのドアがドン!と勢いよく開き、入ってきた3人組がいた。

その中央に立つ男は大きな高笑いをしながら、ゆっくりと歩いてくる。


「あーはっははははは!!波動数値12万の男!!ルガーラ・ルザール!!ただいま見参!!」


その声はギルド内に響いた。

ルガーラと名乗った男は大柄で、黒い鎧に身を包み、赤いマントを羽織っている。

短い黒い髪に少し銀色が混ざり、容姿は"男前"と言っても差し支えない。

背中には巨大な鉄の大剣を背負っていた。

首から下げた波動石の色は"薄い水色"で白に近い色だった。


「また、凄いのが出てきたな」


「ルガーラ?って確か……」


「知ってるのか?」


「え、ええ」


ルガーラは自分の名前が聞こえたのか、メイアに近づく。

他の冒険者は顔を合わせたく無いのか、皆がそっぽを向いていた。

ルガーラの後ろ歩く、露出の高い民族衣装の褐色肌の女性と、体格のいい優しそうな男性も、大きくため息をつく。


「君、私を知っているのかい?」


「は、はい……カレアの町で聞きました」


「ああ!あの町か!随分前だね!いやぁ最初は苦労したものだよ!Bランクに上がるためにコツコツ依頼をこなしてようやくここまで来たんだ!君たちもそうかい?」


メイアはブルブルと震えていた。

それを察してか、クロードが一歩前に出る。


「まぁ、そんなところだ。まだ僕たちはDランクだがね」


「そうか、そうか!頑張りたまえ!!」


ルガーラがそう言うと、また高笑いしながらカウンターへ向かう。

その際、後ろにいた民族衣装を着た褐色肌の女性は小さい声でメイアに対して"ごめんね"と言った。


「彼らは依頼受けたのか?」


「た、確かに……」


この町の依頼はほとんど討伐依頼のはず。

メイアとクロードは顔を見合わせる。


ギルドカウンターに肘をかけたルガーラはニヤリと笑い、受付嬢へ話しかけていた。


「依頼は達成できなかった!!」


「は?」


受付嬢は目を丸くする。

周りで聞いている冒険者たちも開いた口が塞がっていない。


「この依頼者はミレーヌだとダメだと言うんだよ。仕方ないからこっちから丁重にお断りした」


「どういう意味でしょう?この依頼はただの"絵のモデル"を探しているという簡単なものだったと思いますが」


「だから、ミレーヌのような肌の女性だとダメだと言うんだ。なんでも"肌の白い女性"がいいと言って聞かないんだよ」


「はぁ……」


「仕方ないから断った。以上だ」


「わかりました」


「それで、話は変わるが、今日はお暇かな?」


「どう言う意味でしょうか?」


そう聞き返す受付嬢。

ルガーラは両肘をカウンターへ乗せると、少し前へ乗りだす。


「夜、よかったら一緒に飲まないかな?……ってさ」


ルガーラの言葉に受付嬢の顔が引き攣る。

ギルド内もため息をつくものが多くいた。


「申し訳ありませんが、お断りします」


「そんなこと言わずにさ。失望はさせないよ」


ルガーラがニコリと笑う。

気のせいか、少し白い歯がキラリと光ったように見える。


だが、そんなやり取りの途中で、再びドン!とギルドのドアが強く開けられた。


冒険者たちが今度は何事なのかと困惑する。

ギルドの入り口を見ると、立っていたのは王宮騎士団のようだった。


ルガーラも振り返り、驚きつつ目をぱちぱちとさせていた。


「なんだ?」


「ルガーラ・ルザールはいるか?」


正面に立つ重厚な鎧を羽織った男性騎士が言い放つ。


「私がそうだ。この私、波動数値12万の男、ルガーラ・ルザールに何かご用かな?」


「殺人の罪で拘束する」


「……え?」


何が起こったのか、誰も理解することはできなかった。

ぞろぞろと入って来た騎士たちは瞬く間にルガーラを取り押さえた。


「ちょ、ちょっと待てぇーい!!何かの間違いだろ!!」


「貴様、昨日の夜、どこで何をしていた?」


「知り合った女性とお酒を楽しんでいただけだ!!」


「貴様の波動属性は?」


「氷だよ!!それがどうした!!」


「やっぱりこいつだ。連れてけ」


騎士たちは暴れるルガーラの両腕を持ち、そのままギルドを後にした。

残されたルガーラのパーティメンバーはため息をつく。

この状況に何の焦りもなかった。

クロードはそれが気になった。


「どうして急いで追いかけないんだ?」


「ああ。いつものことだから」


答えたのは褐色肌でミレーヌと呼ばれていた民族衣装を着た女性だ。


「いつも?」


「私たちは皮肉って"バッドスキル"なんて呼んでるわ。よく間違えられるのよ、"犯人"に」


「うーむ。彼が犯人だということは考えないのか?」


「それは100%無いわ。断言する」


「凄い信頼だな」


「ええ。彼は正義感が強くて、悪を見過ごせない男。ただ、ちょっと女誑おんなたらしなだけ」


それだけ言うと、ミレーヌは大柄な男とゆっくり歩き出した。

恐らく拘束されたルガーラを追いかけるのだろう。

だが、ふと何か思い出したように振り向き、メイアの方を見た。


「ああ。そうだ。そこのお嬢さん」


「は、はい」


「あなたなら、色白だから、あの依頼はこなせるかも」


「え?」


「じゃあ、またどこかで」


そう言って、笑顔のミレーヌと大柄な男はギルドを後にした。

ギルド内は嵐が去ったような空気でしばらくの間、沈黙が続いていた。

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