ゼニア・スペルシオ


フィラ・ルクスの平民街。


ここから川を隔てた貴族街。

リリアンの屋敷とは真逆の方にスペルシオ家はる。

恐らく行き来するとのると、かなりの時間を要するのではないだろうか。


ガイの前をローラが歩くが、自分の屋敷が近づくにつれて口数が減り、さらにマントについたフードを深く被る。


ガイには、その行動が意味がよくわからなかった。

なぜ自分の家に帰るだけで、こうも緊張し、さらに身を隠すような真似をするのだろうか?


何か異様な雰囲気を漂わせるローラに話しかけることもできず、2人はスペルシオ家までほぼ無言のまま、ただ歩き続けた。


そして中央の橋を渡り貴族街へ入ると、まもなくスペルシオ家に2人は辿り着く。



__________




スペルシオ家もリリアンの屋敷同様の大きさだった。

ガイはもう驚かず、ここではこれが普通なのだと認識した。


大きな門の前でローラが挙動不審になる。

入ろうか、入るまいかのせめぎ合いが心の中で巻き起こっていたのだ。

屋敷を眺めては、頭を引っ込め、また屋敷を眺め……という行動を数回繰り返す。


ガイは呆れ顔でその行動をじっと眺めていたが、いい加減に痺れを切らすと口を開いた。


「おい。入らないのか?」


「え!?は、入るわよ!!入ります!!」


「なんでそんなに動揺してるんだよ」


「あ、あんたにはわからないわよ!黙って家を出た人間が、久しぶりに帰ってくる気持ちなんて!」


確かにガイには理解不能だった。

ローラは兄と一緒で家出したが、兄とは違って、親と喧嘩して出てきたわけではないらしい。

やましさはあるかもしれないが、そこまでのことなのだろうかと首を傾げた。


「とにかく、入らないと始まらないだろ」


「そうね……そうだけど……」


"入る"と言っておきながらの躊躇。

なかなか前に進めないローラを見かねて、ガイが中へ入ろうとした瞬間、後方から馬の爪音がした。

そしてすぐに"女性"の声がする。


「あら。ローラじゃない」


「え?」


ガイとローラは振り向く。

そこにいたのは馬に乗った、見るからに清楚で綺麗な女性。


青髪ストレートのロングヘア。

上半身は重厚な銀の鎧を纏い、蒼いマントを羽織っている。

下は赤いスカートで太ももは露出しているが、膝から下はやはり重そうな鎧を付けていた。


何よりも気になった部分は腕だった。

ドラゴンを模ったような銀色のガンドレットを両腕に身につけており、手の甲の部分には大きめの波動石が付いている。

波動石は濃いブルーだった。


「ゼ、ゼニアお姉様……なぜここに……」


フードを被ったローラの顔の引き攣り方は今までに見たことのないほどだった。

まるで、絶対に会ってはいけない人間に会ってしまったかのようだ。


ゼニアと呼ばれた女性は馬から降りると、満面の笑みで答えた。


「また、お父様の気まぐれでね。参っちゃうわ。それよりローラ、あなた確か家出したって聞いたけど、戻ってきたの?」


「え……いえ……私は……」


「あら、隣の子は誰かしら?」


ゼニアは横髪を掻き上げ、変わらずの笑顔でガイを見た。


「こ、この人は……その……」


「もしかして、ローラの彼氏?」


「いや、俺はそういうんじゃ……」


「見たところ冒険者みたいだけど、ローラも冒険者の真似事でもしてるのかしら?」


「真似事じゃありません……あたしは彼のパーティメンバーです」


ローラがそう言うと、ゼニアは驚いた様子だった。


「へー、そうなの。あなたがリーダー?」


「まぁ一応、そうだけど……」


ゼニアはまじまじとガイを見た。

足元から頭のてっぺんまで、じっくり観察する。

あまりの視線にガイは顔を赤らめた。


「ローラが入るくらいだから、さぞ腕が立つのでしょうね……ああ、そうだ」


そう言ってゼニアはニコリと笑った。


「あなた。私と手合わせしない?ローラを守り切れるほどの力かどうか見てみたいわ」


「は?」


「え……」


ローラはその突然の言葉に絶句し震え出す。

ガイは開いた口が塞がらなかったが、すぐに答えた。


「いや、戦う理由無いだろ!こいつだって勝手について来てるだけだし!」


「あら、そうだったの?残念だわ」


「……」


ローラは何も言わず、ただ黙っていた。


「ローラ、悪いことは言わない。帰って来なさい」


「え……?」


「別にお父様も怒ってるわけではない。受け入れられない現実から逃げたくなる気持ちもわかるから」


「……」


「あなたの婚約者のオーレル卿は、まぁ、ちょっとお年を召してるけど、悪い人じゃないし、波動数値だってかなり高い」


ゼニアの優しい言葉使い。

ローラは今にも泣きそうで俯いていた。


「オーレル卿は、あなたが低波動と知ってても結婚して下さると言ってる。それに"次の世代"に期待したいという、お父様のお気持ちも分かってあげなさい」


その言葉にローラは耐えられずに涙を流す。

唇を噛み、拳を握りしめて体を震わせた。


「さぁ。一緒に戻りましょう」


笑顔で手を差し出すゼニア。

その手をローラが握ろうと手を出した瞬間、ガイが横からゼニアの手を弾いた。


「"次の世代"ってどういう意味だよ」


「ガ、ガイ……」


「どういう意味って、そのままの意味だけど?」


「お父様の気持ちだと?ローラの気持ちはどうなる?」


「ローラは"低波動"なんだから仕方ないでしょう。貴族としてあってはならないことだわ」


「気が変わった」


「え?」


「さっきの話だ。あんたと戦うよ。俺が勝ったらローラは連れてく」


ガイの鋭い眼光がゼニアを睨む。

その瞳を見たゼニアは笑みを浮かべた。


「私が誰なのか知ってて言ってるの?」


「誰だって構わないさ。俺のパーティメンバーを侮辱するやつは絶対に許さない!」


「そう。久しぶりの対人戦だわ。楽しみ」


そう言って笑顔でゼニアは馬に跨ると、屋敷の門を潜った。


「ローラ、彼を演習場まで案内してあげて。待ってるから」


「ゼニアお姉様!!」


ローラの叫びを聞くことなく、馬は庭を駆け抜けて屋敷の裏の方にある演習場へと向かっていった。


取り残された2人。

ローラが目を真っ赤にしてガイを睨むようにして見た。


「あんた!!なんであんなこと!!」


「なんだよ。最初に戦う話をしたのはあっちだろ」


「前に言ったでしょ!ゼニアお姉様は第一王宮騎士団・副団長!この国で二番目に強い騎士なのよ!」


「それは聞いてる。だけど知るかそんなもん」


「最後まで聞きなさい!ゼニアお姉様は、この国で5本の指に入る波動数値なの!」


「なに?いくつなんだ?」


「ゼニアお姉様の波動数値は129万!この国で最も強い水の波動の使い手よ!」


その数値はありえないほどの高さだった。

メイアの5万、ルガーラの12万、リリアンの約40万を優に超えるほどの波動数値。


ガイは、そんなゼニア・スペルシオと、ローラの正式なパーティメンバー加入を掛けて戦うことになるのだった。

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