理由


大都市 フィラ・ルクス



リリアン・ラズゥの屋敷に招かれたナイト・ガイのメンバー。


全員は客間から応接間への移動していた。


「妙だな……」


そんな言葉を口にしたのはクロードだった。


「何が妙なんだよ?」


「いや、僕は客間の方が"親しい人間"と接する部屋……という認識だったからね。応接間と客間の使い方が逆なのではないかと思ったのさ」


それは普通なら応接間に待たせて、客間へ通すのが一般的なのではないかという意味だった。

平民の家なら考えられないことだが、来客が2組いた場合、親しい方を客間で応対、それ以外は応接間で待たせると使い分けするのではないのか?


前を歩くリリアンはそれを聞き、"ふふ"と苦笑いする。


「それは、さっきのメリルの影響さ」


「え?」


「メリルが、この屋敷なら逆の方がいいと言ったんだ。だからメリルが来た時だけ逆にしてるのさ」


「意味がわからないな」


「私も。彼女の考えてることはよくわからないよ」


そんな会話をしていると応接間に到着した。

部屋は客間より狭いが、それでも半分ほどの大きさで、中央に円形のテーブル、回るようにして椅子が置かれていた。


ナイト・ガイのパーティと向かい合うようにして座るリリアンは笑みを浮かべる。


ガイとメイアが瞳を輝かせて部屋を見渡す様が愛おしかった。


するとメイアがある場所をずっと眺めている。

それは壁に飾られた二枚の絵画だった。

並べて飾られている絵画にはドレスを着た綺麗な女性、そして髭の凛々しい男性が描かれていた。


「あの絵が気になるかい?」


「はい!芸術に興味がありまして……あと、絵画を見たのは初めてです!」


「初めて?そうか、もしよかったら近くで見たらいい」


そうリリアンが促すと、メイアは笑顔で頷き、椅子から立ち上がると絵画の方へと足を運んだ。


「見たところ、かなりの腕前の画家だな。もしかして王宮画家かい?」


「いえ、この町に住む二人の画家に描かせたものよ。どちらも天才と呼び声の高い者だったから。それに王宮画家なんて普通は呼べないわ」


「確かに」


「なんで呼べないんだ?」


ガイの一言にため息をつくローラ。

"しょうがないわね"と言わんばかりの表情でその問いに答えた。


「王宮画家は、その名の通り王宮に仕える画家なのよ。描くのは王宮で起こった出来事や、昔の文献をもとにした歴史絵。相手が貴族だろうと王宮から出て、個人絵を描くことはほぼありえない。もし描くとすれば王族の絵画ね」


「へー」


リリアンも続いて、お茶を口にした後、笑みを浮かべつつ口を開く。


「まぁでも、あの二人は王宮画家に匹敵するほどの腕の持ち主よ。一度、王都の人間がここに来た時、この絵を見て感動していたからね」


「王都の人間と言えば、彼女もだろ?」


クロードの言う"彼女"というのはメリル・ヴォルヴエッジのことだった。


「ええ。なんでも王族の血が少し混ざるとかでね」


「いつもここに来るのか?」


「最近はよく来るわね。なぜかはわからないけど。会合と言っても他愛もない話をしてすぐ帰るのよ」


「なるほど」


メイアが絵を見終わったのか、席に戻ってきた。

その時、ちょうどお茶が運ばれ、執事長がリリアンから順番に置いていく。


「あ、あの、王宮画家というのはどうやったらなれるでしょうか?」


「えーと……確か絵画の腕を競う大会があったはずだけど……」


そう言ってリリアンは自信なさそうに執事長の方へと視線を送った。


「ええ。左様でございます。今ちょうど取り行われておりますよ」


「そうなのか。私も知らなかった」


「旦那様と奥様の絵を描かれた、ラルフ様とコリン様が最後まで残ったようです。ここで選ばれた方が王宮画家になれるとか」


「さすが私の父が見込んだだけはあるな」


「だけど、王宮画家って大変そうだな。ずっと絵を描いてないといけないなんて、俺には耐えられないぜ」


ガイの発言にリリアンが笑み浮かべる。

再びローラがため息をつくと口を開いた。


「あんたね。王宮画家の立場を知らないからそういうこと言えるのよ」


「どう言う意味だ?」


「王宮画家はナイト称号ほどじゃないけど、その次くらいに高い位になれる。"貴族と同等"ってなれば平民が手にしたら人生が変わってしまうほどの位でしょ」


「へー。だけど部屋でじっと絵を描くのはなぁ……」


「ふふ。ガイは外で動き回ってた方がいいのでしょう。私もそうよ。もしよかったら今度一緒に狩りにでも行きましょう」


「お!いいぜ!」


このやり取りにメイアはニコニコ、クロードはニヤニヤといった様子だ。

なにせ、これは明らかにデートの誘いだった。

全く状況を掴んでないガイは笑顔で了承していたのだ。


だが、1人だけそれをあまりよく思ってない者がいた。

それはローラだった。

ムスッとした表情を浮かべ、やけに大きな音を立ててお茶をすすった。


「それで、この町を訪れた理由があるのではない?」


「……」


鋭い指摘だった。

そもそも、この町に行こうと言ったのはクロードだ。

クロードの"裏がある"という言葉もガイたちは、たった今思い出した。


「君に会いに来たのさ」


「へー。私はあなたの冗談かと思ってたけど」


「いや、ガイが君に会いたがってたのは事実さ。顔に書いてたからね」


「書いてねぇよ!!」


顔を赤らめるガイだが、なぜか隣に座るローラの歯軋りが聞こえた。


「助けた代わりといってはなんだが、一つ頼みたいことがある」


「何かしら?」


「"第一騎士団・騎士団長殿"にお会いしたい」


「なんですって?」


リリアンの顔色が変り、ローラも表情が固まる。

ガイとメイアの2人は困惑していた。


「なぜ?」


「僕の知り合いかもしれない」


「……」


応接間は沈黙していた。

リリアンもしばらく考えている様子で、誰も口を開くことはない。


しばらくして、ようやくリリアンが深呼吸し、発言し始めた。


「第一騎士団長のこと、どこまで知ってるの?」


「"仮面で顔を隠してる"くらいかな」


「それであなたの知り合いだと?なぜそう思うの?」


「彼の持ってる"武具"の噂を聞いた。戦い方も。僕の知り合いそっくりだ。恐らく土の波動の使い手。零距離戦闘を得意として、拳で戦う」


「それは私も聞いたことがある。なにせ第一騎士団長の弟子はスペルシオ家のご令嬢だからね。噂は耳にしているわ」


リリアンはそう言ってローラの方を見る。

その目を見たローラの鼓動は跳ねた。


「だが残念ながら、あなたの願いは叶えられない。いきなり平民の冒険者が会いたがってると言っても、相手は王宮騎士団の最高責任者だからね」


「そうか……それなら仕方ないな」


「力になれず申し訳ないわね」


「いや、僕も無理を言ってしまった。忘れてくれ」


ここでのやり取りはこれだけだった。

あとは少し他愛もない会話が続き、ナイト・ガイのメンバーは屋敷を後にした。


屋敷の入り口で、リリアンが名残惜しそうにしていたのが印象的だった。


「また、いつでも来るといい。私はしばらく町にいるから」


そう笑顔で語るが、"毎日でも来てほしそうだ"と思ったのはガイ以外。


夕暮れ時、それぞれが別々の思いを抱きながら、この町の平民街にある宿へと向かうのだった。

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