メリル・ヴォルヴエッジ


大都市フィラ・ルクス



王国で三大都市に数えられる大きさを誇るこの町は、白を基調としたシンプルな建造物が多く、その大きさは他の町とは比較にならない大きさだ。


中央には川が流れて大きな橋がかかる。

北と南にきっちりと区画分けされ、北は貴族が多く住む地区で、南は平民が大半を占めていた。


ガイ達が入ったのは、ちょうど中央に位置する南東門。


川沿いに面した平民街を歩き、中央にかかる橋を渡ると、そこは見たこともないほど大きな建物が並び立つ。


ガイとメイアは"屋敷"と呼ばれる建物は見た事がなかったため、2人で目を丸くした。


先頭をゆっくり馬で歩くリリアンは、そんな2人を少し振り向き見ると微笑んだ。


「もうすぐ私の屋敷だよ」


リリアンがそう言って間もなく、大きな門がある屋敷に辿り着いた。


門から屋敷までの距離は数百メートルはあり、中央には大きな噴水がある。


その光景を見たガイとメイアは屋敷の入り口前に着くまで口が開きっぱなしだった。


入り口に到着すると馬を降りるリリアン。

その馬を若い執事らしき男性がお辞儀をしながら手綱を取る。


そして、玄関先から、1人の執事服を着た白髪で初老の男性が歩いてきた。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。ご心配致しました……」


そう言ってお辞儀をした。

この立ち振る舞いで、この屋敷の執事長であることが容易に伺えた。


「すまなかったね。私も油断した」


「いえ、ご無事でなによりでございます。その方々は?」


「ああ。私の命の恩人だ。今日はお茶に招待したのよ」


「そうでございましたか……ですが、お嬢様、本日は"ヴォルヴエッジ家"のご令嬢との会合の日でございます」


執事長のその言葉に、リリアンは"あっ"と声を上げた。

その後すぐに大きくため息をつくと、ガイ達の方を見た。


「すまない。すぐ終わるから、待っててくれるかい?」


「ああ。僕たちは構わないよ」


「彼らを客間に通してくれ。失礼の無いようにな」


「かしこまりました」


執事長が頭を下げると、ガイ達を客間まで案内した。

その間、屋敷の中をキョロキョロと見渡すガイとメイア。

今まで見たことのないものだらけで興奮していた。


「あんたたち、落ち着きなさいよ」


「落ち着いてられっかよ。なんだよ、あのでっけぇ置物……」


「あれは"竜"かしら?」


「太古の昔は存在したらしいからね」


その置物にはクロードも興味を示す。

一方、ローラは呆れ顔だった。

なにせ自分も貴族で、見慣れたものばかりだったからだ。


「"竜"って昔いたのか?」


「らしいね。僕らが生まれる何万年も前の話しさ。四人の竜の子が父親である魔竜を倒す神話がある」


「すごい!」


「そして、その中でも世界最強と言われる"火の王"と呼ばれた存在に勝った伝説の男がいた。その男も炎を纏ったという」


「マジか!俺と一緒だ!」


「だが、彼が纏ったのは"黒炎"だったそうだ。波動を黒炎に転換するなんてありえない。黒い炎なんて存在しないからね。単なる御伽話さ」


ガイとメイアは目を輝かせてクロードの話に聞き入った。

ローラは相変わらず呆れ顔だった。


そんな会話をしていると客間に到達した。

中に入ると広い空間に、高そうな絨毯が敷かれ、真ん中には四角い木造りのテーブルがあった。

それを囲むように高そうな椅子が置かれ、窓方には向かい合わせるように2人掛けのソファもおいてある。


「な、なんだ、この部屋は……俺の家よりでけぇ……」


「あんた、それは言い過ぎでしょ」


「ローラさん……事実です……」


「え?」


ローラは申し訳なさそうに苦笑いした。

そこまで、この2人が貧乏だったとは思いもよらなかった。


「ま、まぁ、私の家とか、この家とか、ヴォルヴエッジ家が特別なだけだから……」


「フォローになってねぇよ……」


ガイのこめかみに血管が浮き出る。

今にもローラに殴りかかりそうな勢いだ。


「そういえば、会合に来てる方って、そのヴォルヴエッジ家のご令嬢?」


「そうみたいね。私もよくは知らないけど、めっちゃくちゃ怖い人だって聞いたことあるわ」


「へー」


クロードがその話を聞いて少し思考した。

そしてすぐに口を開く。


「確かラズゥ家、スペルシオ家、ヴォルヴエッジ家は三大貴族だったな」


「ええ。そうよ。この町にはラズゥ家とスペルシオ家。王都にヴォルヴエッジ家がある」


「ヴォルヴエッジ家の令嬢は、なぜ、わざわざこの町まで?」


「さぁ?あたしは知らないわ。家出の身だしね」


他の町の貴族がわざわざ、足を運ぶというのは稀なことだった。

あるとする可能性としては婚約だろうかとクロードは考えたが、どちらも女性である以上それは無い。


そうこうしていると、ようやく執事長が客間のドアを開けた。


リリアンがヴォルヴエッジ家の令嬢との会合を終えたらしい。


4人はリリアンが待つ応接間へと移動する。

移動する際、廊下で1人の背の高い女性とすれ違った。


その女性は女学校の制服を着用していた。

グレーの上着、赤いネクタイ、短めのスカートとブラウンのブーツ。

何よりもその透き通るほどの"白い肌"とそれに負けないほどの銀色の長髪の美しさは、誰の目をも奪うほどだ。


顔立ちも美人であったが、その眼光は鋭く、すれ違い様、ガイ達を睨んだ。


そして背後から、いきなり執事長を呼び止めた。


「ねぇ?その汚い格好の連中はなに?」


一瞬、ガイたちは戸惑った。

振り向くと、その女性は凄まじい圧を放っていた。

殺気に近いなにか……その正体はガイにはわからなかった。


「メリル様……この方々はリリアンお嬢様の命の恩人でして……」


「命の恩人?ああ。例の大失態の件ね」


「は、はぁ……」


メリルと呼ばれた銀髪の女性は嘲笑うがのような表情を浮かべる。


「いくら命の恩人だからって、汚い平民を屋敷に入れるなんてね。やっぱりラズゥ家はたかが知れてるわ」


「……」


執事長が悲しげに俯く。

メリルの言葉に何も言い返せなかった。

だが、この中で1人だけ、その言葉に我慢ができず、口を開いた者がいた。


「お前、黙って聞いてりゃ何様だ!」


そう言い放ったのはガイだった。


「何?あなた?」


「や、やめなさいガイ!相手はヴォルヴエッジ家!三大貴族の一位なのよ!」


「それがどうした!!リリアンは一緒に戦った仲だ。あいつを馬鹿にするやつは俺が許さねぇ」


「へー。平民の分際で私とやろうっていうの?」   


メリルは笑みを浮かべるが、その目は全く笑ってはいない。


「そこまでだ」


このやり取りを制止するかの如く、応接間の方から声がした。

ゆっくり歩いてくる声の主はリリアン・ラズゥだった。


「メリル、いい加減にしろ」


「あなた、こんな連中と関わるなんてやめなさい。屋敷がけがれるわ」


「どんな者と関わろうが私の勝手だろう。それに君に噛みついた、この少年の波動数値は、あなたを凌駕しているわ」


「は?」


メリルは困惑した。

舐め回すようにガイを見ると、すぐに眉を顰める。


「冗談でしょ?」


「私が冗談を言ったことがあるか?」


その真剣な眼差しにメリルはため息をついて振り返る。

屋敷の入り口へと向かって歩き始めた。


「まぁ、なんでもいいわ。でも忠告しておく。そんな人間と関わるのはやめときなさい。必ず後悔するから」


ただそれだけ捨て台詞を吐くと、メリルは屋敷を後にした。


「なんだよ、あの女」


「あんたね!貴族相手にあの態度はマズイわよ!殺されたいの!?」


「すまん……腹が立った」


ローラの必死の表情で、ことの重大さを理解した。

そんなガイにリリアンが近づく。

気のせいか少し顔が赤らんだ様子だ。


「ありがとう。ガイ」


「いや、別に、どうってことねぇよ」


「お茶にしましょう。長旅だったから疲れたでしょう」


そう言ってリリアンが先導し、応接間に通された4人。

そして彼らは久しぶりに心安らぐ時間を過ごすのだった。

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