第8話

 シス庭を宮沢さんが見守る中、むしろいっしょに一通りプレイした。

 今朝起きてすぐにスタミナ消化・調整済みだったから、それを使うライブステージ本番やスペシャルレッスンをするのは気が引けたが、リハーサルチケットは所持数に余裕があったので実際にリズムゲーム部分もプレイしてみせた。

 私がノリノリでそれらを紹介したわけではなく、あくまで宮沢さんに乗せられてである。私は人差し指と時には中指も使うプレイスタイルだ。スマホを置いて固定できるテーブルがあるのが望ましかったが、近くになかった。その旨を伝えると宮沢さんがレザーポシェットを貸してくれた。ないよりましだと思って、ありがたく使わせてもらう。


「おー、思ったよりちゃんと踊って歌っているんだね」

「そうですね。私も最初見た時は同じように感じました」


 ステージ上を動く3Dモデル、その振り付けや表情の変化。シス庭に触れるまでゲーム全般に疎かった自分には感動的だった。

 それにしても『森を隠すは恋の言の葉』は何度聞いても名曲だな。鏡花ちゃんがお披露目ライブで感極まって泣くシーンも最高だ。


「これって歌はそのままキャラボイス担当の人が歌っているの?」

「そうです。いわゆる中の人ってやつですね。私、そっちには興味ないんです。持てないし、持たない。下手に興味を持つと、キャラのイメージが壊れちゃいそうで」

「生身の人間ゆえに、か。夏目さんって普通に会話している声と歌声でけっこう違うね」


 私への配慮なのか、鏡花ちゃんのことを苗字にさん付けした宮沢さんが言う。


「鏡花ちゃんは内向的で、口数も多くない子ですからね。ルミナスガーデンの中でも、ステージに立っていない時と立っている時の差が激しい子なんです」

「十七人って数は多いほうなの?」

「調べたことありますけれど、総勢三桁にも及ぶアイドルが登場するゲームもあるみたいですよ。新規カードやメインとなるイベントの実装スケジュールがとんでもないって」

「他ゲームとの比較もそうだけどさ、吉屋さんとしては夏目さん一人をとことんプロデュースできたらなんて思うんじゃない?」

「それはそうですよ。鏡花ちゃんと仲のいい子もいて、その子との掛け合いも楽しいですが、少し妬けちゃう……って言ったら引きます?」

「愛が重いなぁって」

「私なんてまだまだです。あの、誰か気になる子はいましたか?」


 まさか鏡花ちゃんとは言うまいな。鏡花ちゃんの良さを散々にアピールしておいてなんだけれど、私は同じ担当を歓迎するタイプではないぞ。SNSで同担拒否を自己申告している庭師たちよりはマイルドな自負はあるけれど。


「途中からさ、楽しそうにあれやこれやと解説してくれる吉屋さんばっか見ていた」


 爽やかな笑みを向けて宮沢さんが、クソみたいなコメントをよこす。


「ふざけ――――ん、ん。そういう口説き文句を言うイケメン系女子もいるんですよ。相性いいかもですね」

「そんなしかめっ面しなくてもいいのに。適当に誤魔化したつもりないよ。えっと、直感で選ぶなら霧島侑理きりしまゆうりちゃんかな」

「マジか、じゃなくて本当ですか? 霧島侑理って鏡花ちゃんと一番仲良くて『Sweet Mirage』っていうデュオ曲もあるんです。泥棒猫なんですよ」

「最後のは濡れ衣なんじゃ……」


 霧島侑理は趣味がピアノの天然癒し系アイドルだ。ウェーブをなびかせた銀髪ロングが特徴的。十七歳の鏡花ちゃんが密かにお姉様と呼んで慕っている二十歳の現役大学生。一人っ子の鏡花ちゃんに妹という属性を公式に追加させた張本人なのだ。

 私服がいわゆるゴシックロリータファッションで、鏡花ちゃんのSSRの一つに侑理に馴染みの店に連れてられてドレスアップされるというシチュエーションがある。ゴシックなドレスを着た鏡花ちゃんはそれはもう女神なのだが、後方で恋人面している侑理に対抗心が燃えたり燃えなかったりだ。グッジョブと言いたいが、調子に乗るなよとも思う。

 ちなみに前述の『Sweet Mirage』は歌詞がなかなかに攻めたもので、ファンの間では略称のSMがそのままサディズムとマゾヒズムを示している扱いを受けている。楽曲実装イベントでは鏡花ちゃんにSの片鱗が現れる描写があり、良くも悪くも界隈で物議を醸した。私は後追いで知ったに過ぎないが、当時の鏡花ちゃん推しの庭師プロデューサーたちの心境を察するとハラハラする。

 という話を早口で宮沢さんに伝えると、苦笑いされた。


「吉屋さんもゴスロリ着てみれば?」

「今の話にそんな流れはないです。関心があるなら、宮沢さんが着ればいいじゃないですか。霧島侑理とお揃いですよ」

「似合うと思う?」

「想像できないです。ああ、でもこの服を買ったお店で、それっぽいのありましたよ。ゴスロリ知識は皆無ですけれど」


 あれだよね、甘めとか辛めとか、そういうの。飾り付ける女の子をお菓子に喩えているなら納得いくのかな。


「どこにあるお店?」

「ちょうどこの駅ビル内です」


 つい昨日にとは言わなかった。だってそれを口にしたら、あたかも今日のためだけに用意したふうではないか。そして事実、柚葉の助言を受け入れ、勢い任せで購入したものなのだから知られたくない。


「じゃあ、そこいこっか。まだお腹空いていないよね?」


 時刻は午前十一時半を回ったところだ。


「こうしない? とりあえずそのお店に行ってお昼まで時間潰す。それでお昼を挟んで、残りのフロアをぐるっと回って、それで最後にまたブックカフェ行ってみようよ。私、ここに来たのってまだ二度目なんだよね」

「異論ありません。ただ、その前に一つ訊いても?」

「シスターズガーデンなら気に入ったよ。腕の怪我が治ったら、インストールしてみようかなって思った。課金しない範囲で楽しむつもり。その時はいろいろ教えてね」


 にこりと。察しがいいな、この子。


「私でよければ」


 そうして私たち二人はゴミ箱に空となったペットボトルを捨て、三階にあるお店へと向かった。




 私がレトロ調のワンピースを調達したのは、ガーリー系のアイテムを中心に扱っている店で、全国の都市部に点在するそこそこ名の通った店らしい。宮沢さんがネット検索してくれて知った。彼女が引っ越す前にいた都会でも見かけたことがある店。


「私、そんなにファッションにうるさくないけどね」

「素材がいいから何でも似合うってよく言われるタイプじゃないですか」

「褒めてくれるのならもっとまっすぐな言い方がいいな」

「文学少女は婉曲表現を好むんです」

「そうなの?」

「きっとそうです。ほら、『月が綺麗ですね』ってあるじゃないですか。べつに実際に夏目漱石が言っていなくてもいいんです。誰もがそれを文学的だと捉えているのなら。私はそれに倣うだけです」


 私の意思表明に宮沢さんは微笑みで応じた。そこには理解があり、賛同があったので安心する。


「ところで吉屋さんってクラスでは、すこーし浮いた存在になっている。それも文学少女としては望ましい在り方なの?」

「浮いているでしょうか。宮沢さんが好んで話さない影の薄い女の子たちと日常会話はしていますし、オカルティックでミステリアスでグラマーな友人もいます」

「ねぇ、星見さんと付き合っているわけじゃないんだよね?」

「私と柚葉が? そんな噂があるんですか」

「なくもない。そういうのが好きな子がいるの。ええと、つまり女の子同士の恋愛事情に。ついでに言うなら男の子同士のそれにも詳しい」


 なんだそれは。

 私と宮沢さんではなく柚葉と噂になっているというのか。


「悪い子じゃないよ? ちょっと思い込みというか妄想がキツいってだけで」

「その子に今日のことは教えないほうがいいでしょうね」

「ふふっ、そうだね」


 二人で店に入り、私は彼女の後をついていくことにする。昨日の今日で新しい服を買おうとは思っておらず、彼女が言ったとおり時間を潰せればいい。

 外からではわからなかったが、奥行きのある広い店舗だった。白い壁、木目がしっかりと出た床。取り扱っているブランドのポスター。

 店内には何人かの女性客がいて、そのうちの一人はサマードレスのような格好していた。店員は皆、すっきりとした着こなしをしており、一目で客でないのがわかった。私が店内に視線を巡らせている間にも、宮沢さんは進む。しかしその歩調はとても緩やかだ。じっくりと、選んでいる。彼女は気に入ったものがあれば買うつもりなのだろうか。


「吉屋さん、頼みたいことがあるの」

「試着の手伝いならしますよ」

「あのね、試ちゃ……え? なんでわかったの」

「ここが服屋であなたは片腕を怪我をしている。他にいりますか」

「てっきり『あっちに暇そうな店員がいましたよ』って言うのかと思った」

「手伝ってほしいんですか、それともほしくないんですか?」

「せめぎ合っているの」

「はい?」

「相手が女性店員でも初対面の相手を前に脱ぐのって恥ずかしいだろうし、でも友達である吉屋さん相手でも恥ずかしいだろうなって」

「体育の時間、普通に女子みんなで着替えているじゃないですか」


 怪我をしてからは宮沢さんは制服のままであるが、それより前は当然着替えていた。小中学生のときがどうだったか知らないが、たとえばお手洗いの個室に行ってまで一人になって着替えていたこともあるまい。彼女の見えない部分、背中や他の部位に痛ましい傷や痣があるという話も耳にしていない。


「で、でもさ、試着室ってちょっとした密室でしょ? 頼りないカーテン一枚に大きな姿見。そこで二人きりってのは教室や更衣室とは違う」

「妙なことを言いださないでください。さっきまで難なく手伝えると思っていたのに、そういうの聞いたら、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないですか」

「じゃあ、やっぱり手伝ってくれない?」

「ああ、もうっ。とっとと試着したい服を選んでください。さっとやって、ばっとやって、がーっと買っちゃいましょう」

「吉屋さんに選んでもらいたいなーって言ったら怒る?」

「じゃあ、これで」

「ちょっと! いくらなんでもいいかげんだよ」

  

 宮沢さんがムッとする。癖になりそうな不機嫌顔だ。美人ってずるいな。

 私は肩を竦めて、今度は真面目に周囲に置かれた服を眺めてみた。マネキン買いしてもいいんじゃないかって思う。宮沢さんのスタイルはぴったり合いそうだ。


「ゴシックもロリータもなしでお願いね」


 それっぽい服は見ていたが、ゴスロリデビューする気はないらしい。

 私は彼女に予算をうかがう。最高額で一万円だという。ガチャ、三十連は回せるな。

 上下で分けて、かつカーディガンでも買おうものならオーバーしそうな予算だ。それらに合ったパンプスなんて買えやしない。トータルコーディネートで予算ギリギリを責めるのは私には不可能と判断し、自然と足はワンピースコーナーに向かった。


「あ、吉屋さんとお揃いってのもありだね」

「なしですね。並んで歩いたら、私が惨めじゃないですか」

「どうして?」

「どうしてって……。これはどうですか」

「チュニックワンピ? かなり脚見えちゃうよね、その丈」

「細いんだから見せておけばいいじゃないですか」

「それ、夏目さんにも言う?」

「なんで鏡花ちゃんを引き合いに出すんですか。ぶっ飛ばしますよ?」

「ぼ、暴力系文学少女だ……」

「じゃあ、これは? インナーとセット売りになっているキャミワンピ。一着持っておけば、コーデのバリエーション増えますよね」

「ごめん。似たようなの持っている」

「こっちはもう半分喪服だしなぁ、んー……こういうのはどうです?」

「可愛すぎて背の高い私に合うかな」

「綺麗系がいいってことですか? いいから、着てみてくださいよ。大きめのサイズがあるってことは着ていいってことなんです」

「そ、そうかなぁ」


 私は重ね着風のチェック柄ワンピース、色違いの二着を選んだ。そして彼女を試着室に誘導し、自分ごと押し込む。とりあえず全身鏡を使い、二着を交互に彼女にあてがう。


「ベージュかブルーか。宮沢さん、どっちがいいと思います?」

「任せちゃっていい? なんだか吉屋さん、楽しそうだから」

「は? ち、ちがいます、楽しんでないです。シス庭をプレイしているうちに可愛い女の子の着せ替えに愉悦を感じる頭になってないですから!」

「そこまで言っていないんだけど。ね? お願い。色も吉屋さんが選んで」

「……では、ベージュで」


 ブルーのほうが印象としてはクールで、宮沢さんにマッチする。しかしこのチェック柄のワンピースは大人っぽさを出してしまうと「着せられている」感が出てしまう。それなら敢えてギャップを持たせるのが一興だとみなした。


 私はそつがなく宮沢さんの着替えを手伝う。余計なおしゃべりをせずに、作業をこなすだけと言い聞かせて。露わになった上半身が目に入って、意外と地味な下着なんだとか、着やせするタイプなんだとか思いはしたが決して口にしない。


「片腕だとね、ブラをつけるのも一苦労なの」

「そういうのクラスの男子に囁いたら喜びますよ」

「吉屋さんは嫌な気持ちになる?」

「いいえ、怪我人の不便としか」

「そっか」


 着替えが完了する。二人して鏡の中を覗く。ああ、やっぱり、こういうのも似合っちゃうんだな。羨ましい。


「ねぇ、もしもの話だけどさ」


 私が髪を下ろしてみませんかと提案しかけた時、宮沢さんが鏡越しに声をかけてくる。呟きじみた声。でもここには彼女のほかに私しかいないのだから、独り言でない限りは私への声だ。


「もしもね…………私が男の子より女の子が好きだって言ったら、吉屋さんはどんな気持ちになる?」 

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