第6話


 お隣の田沼さんが亡くなったんですか?

 驚きましたよ、急にパトカーとか救急車がたくさん停まって……

 それで、えーと、奥さんを見てないかですって?


 いや、昨日は見てませんね。

 最後に見たのは……えーと、多分一昨日かな?

 家の二階から、田沼さんのお庭が見えるんですけど……

 ほら、ガーデニングとか綺麗にされてるでしょう?

 ベンチとかテーブルもあって……

 薔薇の花が咲くとすごく綺麗なんですよ。


 花壇の手入れをされているところを見ましたよ?

 お昼過ぎだったと思います。

 洗濯物を取り込んだ時に見ました。


 旦那さんは……うーん、夕方、暗くなる少し前ですかね?

 車の音がしたので、多分その時に帰って来たんだと思いますが……

 姿は見てないです。


 あ、でも出て行かれる時なら……!

 ちょうど娘を連れて外に出たんですよ。

 その時、旦那さんが登山に行くみたいな格好をされていたので……

 いつもジャケット姿しか見たことなかったので、珍しいなぁって思ったんです。

 それで覚えてます。


 いつもどこへ行かれる時もキチンとされてたイメージだったので……

 靴もいつも革靴です。


 ほら、こんな田舎だと皆さんラフな格好で、ゆるっとしてるというか、長靴とかサンダルが普通でしょう?

 お隣の旦那さんはいつも革靴だから、余計に印象に残ったというか……

 ジャージとかスウェットとか、ラフな格好をしているのは一度も見たことがないですね。

 だから、珍しいなって……


 でも、どうして急に亡くなっちゃったんですか?

 それに、奥さんもいなくなっちゃうなんて…………

 もしかして、奥さんが旦那さんを?


 いやいや、流石にそれは……

 嫌ですよ、お隣さんが人殺しだなんて、そんな恐ろしい……!!


 え、私のアリバイ?

 なんでですか?

 もしかして、私を疑ってるんですか?


 私、普通の主婦ですよ?

 子供もまだ小さいですし、そんなことしませんよ!


 ……子供なんていない?


 何を言ってるんですか!?

 突然尋ねて来ておいて、失礼じゃないですか!!

 これだから警察は……————



 *



「————と、まぁ、高田さんはこう言ってたんですけど、ほら、あの人ちょっと、アレでしょう? 証言として使えるかわからないんですけどね……」


 翌日の昼休み、刑事がまた診療所を訪ねて来た。

 昨日あの後、田沼幸子と名乗る謎の女性は、怒って家に帰って行ったが、その家が田沼さんの家だった為、結局、事件への関与を疑われ、重要参考人として本島の警察署に連行された。

 あとで精神科医を交えて、改めて取り調べを行うそうだ。


「それで、先生にお聞きしたいんですけどね、先生の目から見ても、あの若い人は嘘をついてるようには見えないですよね?」

「ええ、まぁ、私は本当の田沼幸子さんにお会いしたことがないのでわかりませんが、完全に自分を田沼幸子さんだと思い込んでいる上で、幻覚が見えているのかと……専門医ではないので、断言はできませんが」


 一体何が起きたら、あそこまで強く自分を別人だと思い込めるのかわからない。

 しかも、話を聞けば聞くほど、言っていることは田沼幸子さんそのものらしい。

 息子——……いや、娘の橘さんはあまりにも自分の母親過ぎて「気持ち悪い」と言っていた。

 姿形は全く別人なのに、言動と声が母そのものだったそうだ。


「そうですか。でも、こうなると、一昨日——……死亡推定時刻に橘優さんに電話したのも田沼幸子さんじゃなくて、あの若い人がしたんじゃないかという可能性も出て来ましてね」


 一体何の目的でそんな事をしているのか、本物の田沼幸子さんはどこへ消えたのか、わからない事だらけだった。

 隣の高田さんの証言も、本当かどうかわからない。

 でも、高田さんは自分が30代の主婦だと思い込んでいる事以外はまともだとカルテには書かれていた。


「一応、山の方を捜索してみようって事になったんです。毒キノコが生えてるあそこ。山の所有者に捜索の許可を頂きたいんですが……」

「山の所有者? それと私に何の関係が?」

「前の先生————先生が来る前にこの診療所にいたたいら先生、今どこにおられるかご存知ないですか?」



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