第7話

 山ですか?

 ええ、別に調べてもらっても構いません。


 あぁ、でもね……

 鳥居……

 あの古い鳥居の近くに生えてる植物は、できるだけ触らないようにして下さい。

 元医者の僕がいうのもなんですが、あそこには昔から神様がいるんですよ。

 あの辺には金色のキノコとか、金色の木の実とかあって綺麗なもんがいくつか生えてるんですけど、ぜーんぶ神様のもんなんですよ。


 だからね、勝手に山のもんを採ろうとすると、祟られるんです。

 昔から死んだオバァがね、そう言ってました。

 オバァの友達が昔ね、そのせいで死んだそうで。


 なんでも、オバァが学生の頃に担任の国語の先生————男の先生だったけど、その友達の父親と恋に落ちて、心中自殺をしようとしてね……

 二人で海に入ったんですって……


 それで、その父親だけが助かって、それから心を病んでしまってね……


 あの山に生えてるキノコには、心の病を治す効果があるって噂というか伝説があったから、その父親のために友達が山に行ったそうで……

 オバァが心配になって山に行ったら、ちょうどそのキノコを手に持って降りて来たところで、その友達と会ったそうです。


「これで父ちゃんの病気が治る! 元の父ちゃんに戻る!」って、言ってたそうでね、オバァもそうか良かったなぁとその時は思ったんです。

 でも、その次の日から、その友達の様子が変になったって……


 急にしか言わなくなったって……

 何を聞いても、ずぅっと、しか言わない。


 その後すぐに、もう半日もしないで、死んだそうです。

 目を見開いたまま、冷たくなってたそうで……

 神様のもん勝手に採ってきたから、祟られて死んだんです。


 僕もね、元医者ですからそんな祟りなんて、ありえないと思ってたんですけど、ほら、高田の奥さん、山に入って亡くなったでしょう?

 その遺体、僕が最初に見つけたんですよ。

 それでその時にね、手に金色のキノコ持ってて……

 目を見開いたまま仰向けに倒れてたの見て、これはオバァが言ってた祟りだってその時に確信しましたよ。


 だからね、勝手に触らないようにしてくださいね。

 採ったら、祟られますから。





 *



 父は、若い頃は東京の本社の銀行に勤務してました。

 それが私が小学5年の時に、左遷されてこの島の支店に。

 本社で何かあったらしいんですが、こっちで頑張ればいずれ戻れると信じてました。


 でもずっと、支店長のままで……

 やっと1ヶ月前くらいに、早ければ今年の秋から本社に戻れるって話が出ていて、嬉しそうに母に話していたようです。


 でも、私の事が気がかりだったみたいで……


 父は誰よりも真面目な人で、それに何と言うか、亭主関白な気質でして……

 男はこうあるべき、女はこうあるべきって、昭和の男って感じで……新しい考え方を認めない人でした。

 父がテレビとかでオネエタレントとか、ジェンダーの方が出演すると嫌な顔していたのを私は見てましたし、ずっと言えなかったんです。

 大学生になって、一人暮らしを始めてから少しずつ女装をするようになっていたことも、ずっと昔から、女に生まれたかったと思っていたことも……


 それで、毎年年始には島に帰ってきてたので、その時は男物の服を着て隠してました。

 でも、今年は妻と一緒に入籍報告に来たのもあって、やっぱり隠してはいけないと思って、性適合手術をするって話しました。

 母には前から話していて、母は気づいていたんで、喜んでくれたんですけど……


 父は何も言いませんでした。

 わかったも何もなく、突然腕を掴まれて、車に乗るように言われました。

 どうするのか聞いたら、お前は病気だから、ちゃんと医者に診てもらえって……

 隣の高田さんと同じで、心の病気だって……


 高田さんが、あんな風になっていることはその時は知らなかったので、いったい何の話か分からなかったんですが、父は私が女になりたいだなんてとても信じられなかったみたいで……

 診療所に行って、薬をもらって来いって言うんです。


 仕方なく診療所まで連れて行かれて……でも、年始だったのでその時平先生はお休みで、無理言って診てもらいました。

 ちゃんと平先生の方から性同一性障害についてお話しして頂いて、やっと理解してくれたと思っていたんですが……

 やはり気がかりだったみたいでて……


 私の事が会社に知れたら、異動の話がなくなるんじゃないかって言い出したそうです。

 今時、子供がジェンダーだからってそんな差別をするような会社なんてありません。

 でも、父はこのままだとダメだって、不安になっていたみたいです。


 きっと、それで……

 あの山に入ったんじゃないでしょうか……?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る