第5話


 死因はおそらく心臓麻痺じゃないかと。

 目立った外傷もありませんでしたし……

 詳しい事は、解剖してみないとわからないですけど……

 それより問題は、これが他殺かどうかですよ。

 部屋の中は荒らされた様子もないんですけど、窓も玄関のドアも鍵が開いていましたから……


 まぁ、こんな田舎の島じゃ、みんな親戚みたいなもんで、鍵をかける習慣がある家の方が珍しいですけどね。

 あの家には、亡くなられた崇さんと、奥さんの幸子さんの二人しか住んでないのは確認が取れているんですが……

 その奥さんの幸子さん、連絡が取れなくて……

 スマホがね、家に置きっぱなしなんですよ。


 それから台所のテーブルの上に、毒キノコが置いてありましてね。

 食べたかどうかまではわからないんですが、これを食べると心臓麻痺を起こして亡くなるらしくて……

 見た目は金色で、すごく綺麗なのに怖いですよね。

 確か、あの山の古い鳥居のそばに生えてるって聞いたなぁ


 噂だと季節関係なく、そこでは年中生えているとか。

 ほら、何ヶ月か前に、この家の隣の高田の奥さんが、息子さんのために採りに行ったキノコですよ。

 このキノコ、色々噂があって……心の病いに効くとか、山の神様のものだから勝手に取ったらバチが当たるとかって言うのもありますね。

 あぁ、でも先生が診療所に来る前の話でしたか?

 知らないですよね。

 すみませんね。


 それでほら、そのキノコをね、もし田沼崇さん本人が食べたならまぁ、自殺か事故って事になるんですけど、いなくなった奥さんが食べさせたなら、殺人でしょう?

 まぁ、詳しい事は解剖の結果次第かな……

 優さんの話だと、崇さんは全然料理なんてしない人だったみたいだから、食べたとしてもやっぱり奥さんが…………


 それで、この診療所にいる若い人は誰なんです?

 この島の住人じゃないらしいじゃないですか。

 なんで、奥さんの名前を名乗って、奥さんのバッグを持ってるんです?



 *



 刑事が二人、事情を聞きに診療所に来た。

 自分を田沼幸子だと言い張る謎の女性を先に取り調べたのだけど、まともなこたえは返ってこなかったそうだ。

 この島出身だという刑事は、幸子さんの顔もよくわかっていて、やはり、全くの別人だということがわかった。

 それと同時にもう一つ驚いたのが、橘さんだ。

 声の感じからてっきり息子さんだと思っていたのだが、いや、戸籍上の性別は息子に変わりないのだが、外見は女性だった。

 姓同一障害で、心は女性。

 恋愛対象は女性だそうだ。

 今は適合手術を受けて、完全な女性になるための資金を稼ぐために働いているらしい。

 元々、先に戸籍を女性にしてしまうと女性同士の結婚ということになり、結婚が難しいので、先に入籍してからそうするつもりでいたとのこと。

 成人式の時からはだいぶ雰囲気は変わってましたと、多田さんは言っていたが、だいぶどころか性別が変わる寸前だった。

 多田さんのスマホに入っていた昔の写真と見比べたら、もう完全に別人で女の人だ。


 田沼さんの家で橘さんを見た時は、驚きすぎて大声で思わず「誰!?」と、叫んでしまった。

 今思い出しただけでも恥ずかしい。

 この島の住人なら普通に知っている話だが、私はまだここへ来て1ヶ月も経っていない。


「先生、どうなってるんです? 早くこの人、主人の診察をしてくださいよ。私たち、ずっと待ってるんですよ?」


 謎の女性は刑事が来ても、田沼崇さんならここにいると言い、みんなが何を言っているかわからないと言う。

 今も自分の隣に座っていると言い、相変わらずしか言わないこの人をどうにかして欲しいと……


 もう私はお手上げ状態だ。

 これ以上この女性に付き合っていたら、こちらの頭がおかしくなる。

 しかも、彼女が肩からかけているバッグは、中身を警察が確認したら幸子さんの名義のカードや会員証が入っていた。

 顔写真付きの免許証やマイナンバーカード等は入っていないが、このバッグは橘さんが年始にプレゼントしたもので、行方不明の田沼幸子さんのものに間違いない。


 なぜこの女性は、自分を田沼さんだと思い、死んでいる崇さんが一緒にいると言い張っているのか……

 もう、訳がわからない。



「いい加減にしてください。あなたは誰なんです?」

「私? 私は田沼幸子です。私のことはいいんですよ。それよりこの人を……主人を見てください!」

「だから、そこには誰もいませんって!!」


 つい抑えきれずに大きな声を出してしまった。

 気づいた時には、しんと空気が静まり返っていて、その場にいた全員が私を見ていた。



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